第 壱 話  【 還 】
 
 
 


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「ただいま、ひーちゃん。遅くなって悪かったな」
 快活に呼びかける京一の声にも、病室の簡素なベッドに横たわる相棒からの反応はない。
 4日前、龍麻はその身に柳生の凶刃を受けた。奇跡的に命は取り留めたものの、依然意識は戻らない。
 運び込んだ先がこの桜ヶ丘中央病院でなければ、とっくに絶命していたであろう重傷だった。


「―――ひーちゃんッ!?」

 京一には、ただ叫ぶことしかできなかった。
 龍麻が一歩踏み出すと同時に、煌く白刃が襲い掛かる。
 頽れる躰を辛うじて抱き止めると、腕の中の龍麻は一瞬だけ確かに微笑んで、目を閉じた。
 それは、炎に消えていく比良坂の微笑みそのもので。

 本当に護りたいものは、東京などではないのに。
 いつか真実を伝えるために、自分はここにいるのに。

 京一の《力》では、あの緋色の男に敵うわけもなく。
 美里の《力》でも、深すぎる傷を癒すこともできず。
 己の手の小ささに打ちのめされる暇もなく、否応なく訪れる日常が新たな事件を連れてくる。
 常世の淵で戦い続ける龍麻同様に、大切な仲間を護るべく、京一たちも戦う。


「まあ、こっちもやっと片付いたからよ・・・、そろそろ起きてくれよな」
 もうじき日付が変わろうとしている。あと数分もすればクリスマスイブだ。
 龍麻の意識が戻っても、一緒に過ごしたいなどとは到底言えないが。

 少し乱れた長い前髪を梳き上げて、閉じられた瞳と滑らかな額を露わにする。
 昨日はかなりうなされていた龍麻だが、今日の寝顔は穏やかで、うっすらと微笑んでさえいるようだ。
 その姿はお伽話に出てくる姫君を思わせて、京一はごくりと唾を飲み込んだ。
 優しげに頭を撫でていた手が止まり、視線はじっと一点に注がれでいる。
 やがて、おずおずと動かされた左手が龍麻の頬に添えられ、親指がゆっくりと唇をなぞった。
 その動きに促されるように僅かに開いた唇から温かい吐息が漏れ、乗せられた指をくすぐる。
 京一は躰が熱くなるのを感じた。跳ね上がる鼓動が、呼吸まで荒くさせる。
 数秒の逡巡のあと、卑怯者になる決心を固め、眠れる佳人に顔を寄せる。

 闇色の瞳が、至近距離から自分を見つめていた。

「ひーちゃん・・・ッ!?」
 龍麻は慌てて仰け反る京一をぼんやり眺めている。まだ覚醒しきっていないらしい。何日も意識がなかったのだから無理もないが。
「目が覚めたみてェだな。・・・なんかうなされてたみてェだけど、嫌な夢でも見たのか?」
 平静を装うも、内心、未遂とはいえ自分の行為に龍麻が気付いていないらしいことに心底ホッとしている。
「ゆめ・・・?」
 呟いた龍麻の両眼から、不意に涙が零れ落ちた。普段からは考えられないことだ。
 京一は激しく狼狽しながらも、とにかく宥めようと、誰より大事な相棒の頭をそっと撫でた。本当は抱き締めて気の済むまで泣かせてやりたいところをぐっと堪える。
「あんな事があったんだ。気が昂ぶってんのも仕方ねェ。だが、しっかりしろよ、ひーちゃん。そんなのは、お前には似合わねェぜ。・・・しっかり目を開け。お前が本当に見るべき世界はここにある」
 お前は、ここへ帰ってきたんだから。

「―――ただいま、京一」

 どこか照れくさげな鳶色の瞳を真っ直ぐに見つめながら、龍麻は数日振りの笑顔を浮かべた。
 
 
 






《 蓬莱寺京一君による今回の反省と希望的次回予告 》
 
「次回はひーちゃんとのクリスマスデートだッ!!」

―――あれ?『一緒に過ごしたいなんて到底言えない』んじゃなかったっけ?

「う・・・それは・・・。俺は過去には拘らねェ男なんだッ」

―――つくづく信用できない奴だねー。ひーちゃん寝てるのをいいことに手ェ出そうとするし。

「出してねェだろうが!?よく読めっての!俺は何一つやましいことは・・・」

―――できなかったんだよね(にっこり)。

「うるせェッッ!!―――とにかく次回は、ひーちゃんとらぶらぶだッ!」(握り拳)

―――ま、言うはタダってことで。

「不吉なコト言うんじゃねェよ・・・」
 
 


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