第 拾 参 話  【 紆 】
 
 
 


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 軽蔑の眼差しも、罵倒の言葉もなく。いつも通りの龍麻がここにいる。
 それはとても幸運な結果―――なのかもしれないけれど。
 要するに、自分は全く相手にされていないということで。

「―――うわッ!?」
 茫然と座り込んでいると、突如柔らかい布地で視界を覆われる。被されたバスタオルを慌てて剥ぎ取れば、呆れたような瞳がすぐそこにあった。
「ぼうっとしてないで先にシャワー浴びてこいよ。・・・この間もそうすればよかったんだよな。お前、俺が寝ぼけてた所為で眠れなかったんだろう?本当に悪かったよ」
 さっさとしろよ、と言い置くと、龍麻は至極当然のように京一を泊める準備を始めてしまう。
「あの・・・、ひーちゃん?」
 確かに今夜は泊めてもらうことになっていた。明日は朝から旧校舎で鍛錬をする約束があるからだ。
 こういう時、早起きが苦手な京一は、いつも面倒見のよい相棒の世話になる。人のいい龍麻が、つねづね遅刻魔に頭を悩ませていた仲間達から押し付けられた感もあるが―――それは置いておいて。
 それでも流石に、この状況で泊まりたくはないのだが。
「ほら、早く浴びてこいって。待ってるんだから」
 人の気も知らずに。誘っているかのような言葉に、もはや反論する気力さえ失われる。
「・・・・・・わかった。先にシャワー借りるな」
 とにかく一人になりたくて。京一は重い躰を引きずって風呂場へ向かった。

 濡れた髪を拭いつつ部屋に戻ると、龍麻は本を読んでいるところだった。集中しているらしく、京一に気付く様子もない。
「悪ィ。待たせたな」
 声を掛けると、ハッと顔を上げる。ごく一瞬だけ、無防備な表情が覗いた。
 吸い込まれそうな瞳が。僅かに開いた唇が。ひどく艶めいて見えるのは、目の錯覚だろうけれど。
「・・・ああ、上がったのか。本に夢中になってて気付かなかった」
 ばたばたと支度をする後姿を眺めながら。京一はからからに渇いた喉から、深く深く溜息を吐いた。
 先刻、己の内で中途半端に燃え上がっては揉み消された炎が、再び燻り始める。このままでは眠れそうにない。それどころか、今度は完全に理性を失ってしまうかもしれない。
 想いが龍麻に通じなくとも。傍に居られなくなることだけは避けたくて。
 持て余す長い夜のために、キッチンの戸棚から暗緑色の壜を取り出す。アルコールの力でも借りて無理矢理眠らないことにはどうしようもない。
 穏やかな琥珀色の液体を薄めもせずに、京一は何度もグラスを呷った。

「・・・京一。そろそろ起きた方がいいけど・・・。大丈夫か?」
 控えめに肩が揺すられ、ゆっくりと意識が浮上する。
 窓から差し込む爽やかな朝の光に、次第に鮮明になる―――吐き気と頭痛。完全な二日酔いだ。
「気持ち悪ィ・・・」
「あれだけ呑めば当然だろう。急性アルコール中毒にならなかっただけでもましだと思え」
 突き放すような言葉だが、響きには優しさが感じられる。心配してくれているのが嬉しい。
「迷惑、かけちまったな。すまねえ」
 昨夜は床に転がって寝ていたであろうに、今はちゃんと自分用の布団の上にいる。龍麻が寝かせてくれたのだろう。
「―――それより京一、起きられるか?欲しくないだろうけど、お粥作ったから」
「・・・ああ。サンキュ」
 なぜか謝罪の言葉を振り切られた気がした。それに、視線も意図的に外されているようで。
 もしかして。昨夜眠っている間、龍麻にとんでもないことをしてしまったのかもしれない。
「ひーちゃん、何か怒ってるか?」
「別に何も。・・・じゃあ、俺はもう出掛けるから。お前は食事したら、大人しく寝てろよ」
 龍麻の様子からは、確かに怒りは感じられないけれど。どこか態度が不自然だ。
「ひーちゃん?」
 重ねた問いの答えは、無言で閉じられたドアで。
 湧き上がる不安感に苛々と頭を振る。二日酔いの症状はいつの間にか気にならなくなっていた。
 
 
 






《 蓬莱寺京一君による今回の反省と希望的次回予告 》
 
「ひーちゃんのあの態度って、やっぱ怒ってんだよな!?」

―――うーん、どうかなあ。気が済んでなければ怒ってるかもねー。

「・・・俺、一体何したんだ・・・?まさか取り返しのつかないことを・・・」

―――叩き出されたわけじゃないんだから、そんなに心配しなくてもいいじゃない。

「でも気になるじゃねェか。・・・畜生!何で俺、全然思い出せねェんだよ」

―――そんなに気になるなら、ひーちゃん帰ってから聞いてみれば?

「その勇気がねェから悩んでんだよ・・・。これじゃ当面らぶらぶな未来は望めねェし」

―――ふうん。ではご希望通り今後は一切らぶらぶ無しということで。

「ええッ、そりゃねェだろ!?・・・前言撤回!次回以降、濃厚らぶらぶ目指すぜッ!!」
 
 


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