第 伍 話  【 涅 】
 
 
 


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 先刻まで優しく降り注いでいた陽光が徐々に遠くなり、どす黒い靄が周囲を満たしていく。
 既に見慣れた新宿の風景はどこにもない。いつの間にか別の空間に閉じ込められてしまったようだ。
 少女が発散する、息苦しいほどに凄まじい《陰の氣》。不自然に強大なその《力》は既にヒトの範疇を超えている。何者かに操られているのは明白だ。
 裏で糸を引くのは、恐らく―――。
 戦慄をおぼえた京一は素早く愛用の『阿修羅』を構えると、半ば庇うように龍麻の隣に回りこんだ。
「―――昨日のコ、だな?・・・若干、中身は違うみてェだが」
 視線は前方から離さないまま、小声で囁きかける。少女を警戒してのことだが、この非常時においてもまだ、まともに龍麻と顔をあわせる勇気がないのもまた事実であった。
 昨夜、腕の中で無防備に眠っていた相棒。卑怯にもその信頼を裏切った後ろめたさは消えない。
「さすが京一。女の子の観察眼が鋭いな」
 呆れたような口調に、更に落ち込む。
 見つけ出した路地で、龍麻がいつまでも見つめていた後姿。記憶に残っていたのは、道案内などという言葉で龍麻が隠そうとした『何か』のせいではあったが。しかし実を言えば―――全く自業自得ではあるのだが―――短い時間とはいえ、自身の想い人と二人きりの時間を過ごした彼女に対する嫉妬のせいでもあった。
 そんなことは、決して言いはしないが。

「あんたらなんか、喰われちまいなッ!!」
 少女の叫びに空間が揺れ、不意に現れた無数の妖どもが襲い掛かってくる。
「桜井、そこから動かないで、届く範囲でよく狙って。美里は後ろで桜井を援護。醍醐と京一も、あまり前には出るなよ。くれぐれも彼女たちに敵を近づけないように、片っ端から雑魚を倒していけ」
 てきぱきと仲間に指示を送り、龍麻は迫りくる亡者の群を手際よく闇に沈めながら、単身で少女の許に向かう。
 無論、それを大人しく見ているような京一ではない。
「タイショー、ここは任せたぜ。俺はひーちゃんの援護に回るからなッ!」
 醍醐の返答も待たず、龍麻の許に駆け出す。相手が醍醐であるから安心して任せられるのだと、そう瞳に込めた言葉は、正しく伝わっているはずであるから。

 辿り着いた先では、龍麻が渾身の『八雲』を繰り出しているところだった。
「ああ・・・ッ」
 今まで対峙した敵ならば既に息絶えているほどの攻撃だったが、それでも彼女は倒れない。躰はとうに限界を超えているだろうに、柳生の『人形』であるがために、簡単には死ぬことすらできないのだ。
「ひーちゃん、悪ィ。待たせたな。―――怪我はねェよな?」
「京一・・・、なんで、ここに!?・・・俺、なんかより、他の、皆の援護に、回れよッ!!」
 強気な言葉とは裏腹に、肩で息をつく龍麻の前に回り込む。
「心配すんなよ。相手がおネェちゃんでも、手加減なんてしねェから。・・・ちっとは頼れよ、相棒。―――お前の考えることぐらい、ちゃんとわかってるから」
 背後で大人しく息を整える龍麻を感じながら、練った《氣》を全身に巡らしつつ、相手の隙を窺う。
「―――秘剣、朧残月ッ!!」
 剣の動きが見せる、霞む夜空に舞う桜花の幻影。相手が怯む一瞬の隙を狙い、迷わず急所に打ち込む。
「お前らなんか・・・お前らなんかにィィィ・・・ッッ!!」
 頽れる少女の躰が弱々しく痙攣し、蔓延っていた亡者たちが徐々に消えていく。
 ほどなくして、静かになった空間に、物言わぬ少女の躰だけが残された。
「終わったか・・・。にしても、閉じ込められたままってのは、どういうことだ?」
「―――ッッ!・・・京一、下がれッッ!!」
 不審に思い、横たわった骸に手をかけようとする京一を、いきなり龍麻が突き飛ばす。
 突如、空間が歪み、少女の躰が強く発光した。眩い光は龍麻をも包み込む。
「―――さらばだ、緋勇。・・・刻は戻る、過ちの原点へ。汝は帰る、相応しき世界へ―――」
 目も開けられないほどの光の中、聞き覚えのある低い声が響き渡る。
 やがて光が治まり、気がつけば新宿の雑踏の中、目の前で少女と折り重なるように倒れているのは。
「ひーちゃんッ!?・・・おい、ひーちゃんッッ!!―――龍麻ーッッ!!」
 揺すった躰は血の気がなく、乱れた髪のせいで覗いた項の仄かな朱だけが虚しく色付いていた。
 
 
 






《 蓬莱寺京一君による今回の反省と希望的次回予告 》
 
「次回は舞台を『あっち側』に移してのらぶらぶだぜッ」

―――つくづく懲りない奴だねー(溜息)。前向きと言えば聞こえはいいかもだけど。

「俺はまだ青春を『えんじょい』してねーからな」

―――ふうん?・・・じゃ、昨夜は何してたって?

「お前なあ・・・。人がせっかく浮上しようってとこを落ち込ませるんじゃねェよ・・・」

―――自業自得って言うんだよ、それ。落ち込むくらいなら最初から何もするなってば。

「若さがッ!みんな若さが悪いんだーッッ!!」

―――可愛いこと言うじゃないの。これで次回以降の内容は決まったね(にーっこり)。

「な・・・、何か寒気すんだけど・・・。きッ、気のせいだよな!?(だらだら)」
 
 


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