The right method of counting a fish

 穏やかな午後の日射しに映える、真っ白なテーブルクロス。
 磨き上げられた銀製の三段トレーには、作りたてのサンドイッチとマフィンが体裁良く並べられている。
「今日の具材は坊ちゃんのお好きなサーモンとアスパラ、それに卵とポテトサラダです。スコーンの方はクルミ入りとプレーンの2種類で、生クリームと蜂蜜の他、ブルーベリージャムも用意してありますからね~」
 一番下のトレーに色とりどりのフルーツタルトを配置しながら、グレミオがうきうきとした口振りで語りかけてきた。ゆったりとした姿勢で読書をしていた僕は、栞を挟み込むと、本をサイドテーブルの上に乗せる。
「お茶はどういたしましょう?春摘みの茶葉をいくつか仕入れてきてますけど~」
「そうだね、シントンにしてもらえるかな?」
 少し考え、クセのない品種を選んだ。
「では、ストレートでお召し上がりになるのですね」
「うん……あ、レモンのスライスを用意しておいてくれる?」
 赤月帝国ではお茶はミルクを入れて飲むのが一般的だ。僕のように気分でストレートにする者さえ少数派だろう。レモンを浮かべるのは帝国よりも遙か西、山脈を越えた向こうにある地方の習慣であると聞いた。テッドがよく好んでいる。
「テッド君、いらっしゃるんですかねぇ。本日はまだ、一度もお顔を拝見してませんが……」
「小屋の隣にある物置の整理をしているらしいよ。この時間には顔を出すと言っていたから、そろそろ来るんじゃないかな」
 テッドが僕の父の許しを得て、敷地の隅にある狩猟小屋を住居と定めたのは、彼がマクドール邸へ初めて足を踏み入れてより一月程経た後のことだった。あれから二ヶ月。廃屋同然だった建物は彼の手により、住み心地のいい空間へと姿を変えつつある。
「何も、あんな襤褸屋に住まなくても。私達と屋敷でお暮らしになればいいのに」
 果物ナイフでレモンをスライスしながら、グレミオが繰り言を述べた。元来、世話好きであることに加え、戦災孤児としてテオ・マクドールに引き取られたという経緯が昔の自分と重なるのだろう、暇さえあれば何かと気を遣い、あれやこれやと構いたがる。
 テッドが住居を移した理由のひとつに、そうしたグレミオの心配りに気詰まりを感じていたことが上げられるのではないかと、僕は密かに推測していた。
 疎ましいからではない。素直に好意を受け入れることが出来ない己を心苦しく思うから。
 彼には人懐っこい笑顔や誰とでも直ぐに打ち解ける性格とは裏腹に、必要以上に他人を近づけさせまいとしている節があった。
 それが何故なのか……も、なんとなく想像がついていたけれど、僕はそれを誰かに告げるつもりはなかった──テッド自身にさえも。
 だからグレミオには、いつも別の理由を聴かせることにしている。
「僕達の暮らしは決まり事や慣習に縛られているからね。窮屈に感じたんじゃないかな?それに、この間遊びに行ったら、見違えるようになっていたよ」
 雨漏りを直したり、ベッドの綿を詰め替えたりと、テッドはとても器用だ。先日訪ねたときには、自分で仕留めてきたという雉料理が出てきて驚かされた。僕は自分の住む領地内に雉がいることすら知らなかったのに。
「お布団とシーツは新しいものをご用意させて頂きましたけれど、本当にそれだけでよろしかったのでしょうか。もっと他に必要な物だってたくさんあるでしょうに」
「テッドは感謝していたよ。グレミオが事前によく干しておいたくれたお陰で、久しぶりにお日様の匂いのする布団にくるまって眠ることができたって。そんなに心配しなくても、欲しい物があったら遠慮無く頼みにくると言っていたし、大丈夫じゃないかな」
「そうですか……?」
 一応は頷くものの、尚も案じる風の付き人の手元から輪切りにされたレモンが一枚摘み上げられる。
「何の話をしてるんだ?」
 いつの間に来たものやら、噂の主が果実のもたらす酸味に顔を顰めながらグレミオの肩口から顔を覗かせた。
「よ、セラウィス。どうやらお茶の時間には間に合ったみたいだな」
「テッド君、お行儀の悪い!ちゃんと手は洗ったんですか?!」
 挨拶を返す暇もなく、横から叱責の声が飛ぶ。僕の教育係を兼ねていることもあって、青年は行儀作法に大層煩かった。
 しまった、という顔で首を竦める少年に助け船を出すべく僕は急いで口を開く。
「テッド、その右手に持っているのって釣り竿だよね?」
「あ、ああ!物置の隅で埃を被ってたのを見つけたんだ。問題なく使えそうだから、グレミオさんに糸がないか訊こうと思ってさ」
 テッドも心得たもので、すぐさま話を合わせてきた。
「釣り糸ですか?確か、どこかにあったような……」
 探して後でお届けしますね、と答える青年に親友が大見得を切る。
「だったら、明日は大物を釣り上げてくるよ!夕食のおかずは任せてくれよな!」
 つられた付き人の頬が緩んだ。
「期待して待ってますよ」
 ……うん。グレミオの意識は逸れたみたい。もう、大丈夫だね。
 僕とテッドはこっそり視線を交わすと、気付かれない程度に頷き合った。これで春摘みダージリンをのんびりと味わうことができそうだ。
「さあ、テッド君も早く席についてください。お茶が冷めてしまいますよ」
 グレミオに促され、テッドが差し出されたボウルの水で丁寧に手を洗う。釣り竿は近くの木に立てかけられた。
「朝から根詰めて片付けしてたら、うっかり昼飯を食いはぐっちまってさー」
 腹ぺこで死にそうだと嘆く彼の視線が、僕の目の前にある三段トレーの前で止まる。続く台詞は、予想通りのものだった。
「セラウィス、一生のお願いだ!そのサンドイッチを分けてくれ!!」
 『一生のお願い』はテッドの口癖。簡単な願い事でも、聞き入れがたい願い事でも、彼にこう言われると叶えて上げたくなってしまう。僕は笑みを深くして、トレーから皿を外した。
「はい、どうぞ。まだ、たくさんあるから一杯食べてね」
「サンキュー!」
 嬉しそうに少年がパンを頬張るのを眺めつつ、僕もタルトに手を伸ばす。暫くは無言でカスタードクリームの上品な甘さとフルーツの微かな酸味を、お茶の香りと共に楽しんだ。
 再び口を開いたのは、友人が二皿目のサンドイッチでお腹を満たした時。
「ね、釣りって面白いのかな?」
 テッドは傾けたカップの中身を一気に飲み干すと、顔を上げた。
「釣りをしたことないのか?」
 返された問いに頷くと「そうか。お貴族様のスポーツっていったら狩猟とかだよな」と妙な納得の仕方をされる。
「だったら、明日お前も一緒に行くか?」
「いいの?」
 許されるのなら行きたいけど……。
 僕は期待を込めて、ちらりと付き人を仰ぎ見た。幼い頃に何度か誘拐されかけたり、実際に誘拐されてしまったことがある所為で、グレミオは僕の外出にあまりいい顔をしない。現在は父が遠征に出掛けていることもあって特に厳しかった。今ならもう、簡単に誘拐されたりはしないんだけどね。
「いいだろ、グレミオさん。場所はグレッグミンスターを出てすぐのとこにある小川にしておくからさ。なあ、頼むよ」
「グレミオお願い……」
「………しかたありませんねえ」
 二人掛かりで懇請すると、グレミオが苦笑を浮かべた。
「いいの?」
 顔を輝かせる僕に、付き人が頷く。
「ええ、あまり遅くならないように。二人とも風邪を引かないようちゃんと上着を着ていくんですよ」
「うん。ありがとうグレミオ」
 そうと決まれば、明日はお弁当を用意しましょうね、との言葉にテッドが歓声を上げた。
  

 大きなお弁当の包みと水筒、それに釣り竿と魚籠を手に僕達はグレッグミンスターの小高い丘を登っていた。
 テッドが背負ったリュックには薄手の毛布が入っている。近所に遊びに行くにしては少々大仰な装備は、もちろんグレミオが押しつけて寄越したものだ。
「ごめんね、テッド。重かったらその辺に置いていっても構わないよ」
 運が良ければ帰りに拾って帰ってこれるだろうし、なくなってしまったとしても言い訳は立つ。
「いいさ。実際、地面に長い間座ってると尻が冷えてくるからな。敷物はあるに越したことはない」
 恐縮する僕の謝罪を少年は軽く受け流してくれた。
「そう?重くなったら交代するからいってね」
「お前は弁当を運ぶ係だろ。いいからそれ、しっかり持ってろよ。おかずは何が入ってるんだろうなあ」
 どうやら彼の意識は己の背の荷物より、僕が手からぶら下げている大きな風呂敷包みの中身にあるようだ。
「気が早いね」
 さっき朝食を食べたばかりなのに。
「しょうがないだろ、食べ盛りなんだから。グレミオさんの作るメシって旨いし」
「あれで、もう少し献立を考えるのが上手だったらよかったんだけどね」
 ひとつひとつの料理は美味しいのに、何故かグレミオは献立でいつも失敗をする。昨夜のメニューなど、いなり寿司にクリームシチュー、飲み物は赤ワインでデザートが杏仁豆腐というちぐはぐな組み合わせだった。
「……まあ、鮃の活き作りに牛乳が出てきたときよりはマシさ」
 遠い目でひっそりと呟かれたその献立は、テッドの歓迎会の時に用意されたものだ。あの時のデザートは水羊羹だったと記憶している。
「確かカレーも出てきたんだったよね」
 思い返して胸焼けがしてきた僕は、それ以上の口を噤んだ。

 柔らかな草を踏みしめる度に朝露が散る。肌を撫でる大気はひんやりとしていて、残った眠気を吹き飛ばしてくれた。
 道を外れて更に歩き、一本だけ生えている木の根元に位置を定めて荷物を降ろす。
 魚は岩の影や木陰になった場所などに多く集まるのだと友人は言った。
 釣り竿に餌を付け、教えられるままに糸を垂らしてみる。
「この辺では何が釣れるの?」
「鮎とか岩魚とかじゃないか?川幅が狭いからそうそう大物は掛からないだろうけどな」
 そんな会話を交わしている内に糸が引かれ、釣り竿の先が大きくしなった。
「おっ!さっそく来たな!慌てるなよ。魚の動きに合わせて竿を動かすんだ」
 親友の助言に従いながら、徐々に釣り糸をたぐり寄せていく。川岸で元気よく跳ねる銀色の尾に向かい、テッドが網を差し入れた。
「始めてにしちゃ上出来だ。見ろよ、山女魚だぜ!」
 友人が目の高さまで持ち上げてくれた魚は、引きの強さから想像していたよりもずっと小さい。それでも、キラキラと光る綺麗な鱗を眺めていると胸が弾んだ。
「テッドの方は何が掛かるかな?」
 魚籠を川の中に沈め、捕らえた魚を中に入れる。
「当然、お前より大物が掛かるに決まってるだろ。ビギナーズラックには負けられないぜ!」
 振り返ると、テッドが針を引き上げて餌を付け替えているところだった。
「それまでには僕の方にも、別の魚が掛かるかも知れないでしょう」
 同じ場所で釣りをしている以上、魚が餌に食いついて来るかどうかは運次第だと思う。獲物が針に掛かってからなら、経験や腕前で差がでることもあるかもしれないけど……。
「言ったな!!じゃあ、勝負するか?」
 にやりと頬を歪め、少年が僕を覗き込んだ。
「夕刻までに、どちらがより多く釣れるかだね?」
 僕も口角を上げて親友を見返す。
「負けた方が勝った方の願い事をなんでもひとつ訊くんだからな」
 他愛のないことで張り合い、勝者が敗者にささやかな頼み事をする。これはテッドと僕がよくやる遊びだった。
「なんなら、3匹ぐらいハンデを付けてやっても良いぜ。お前は初心者だしな」
 よほど釣りに自信があるのか、余裕を窺わせた彼の提案には、皮肉を返す。
「その初心者に負けないように頑張ってね」
「……相変わらず負けず嫌いだなあ」
 親友の苦笑は涼しい顔で聞き流し、持ち場に戻った。

 草の上に敷いた毛布の上、ゆるりとした風に吹かれながら浮きの動きを目で追う。
 魚籠に入った魚は3匹。僕が最初に釣った魚に、約束を取り交わしてすぐにテッドが釣り上げた2匹が加わっている。
 その後は、どちらにも当たりが来ていなかった。
「そういえば魚って1匹、2匹じゃなくて、1尾、2尾って数えるのが正しいのかな?」
 ふと、浮かんだ疑問を口にする。テッドは大きく伸びをすると、頭の後ろで手を組んで仰向けに寝ころんだ。
「種類にもよるんじゃないか?鰈や鮃なんかは1枚、2枚って数えたりするだろ。烏賊とか蟹とかは1杯、2杯だし、鮪みたいなデカイ魚だと『本』で数えたりもするしな」
 間違ってるわけじゃないし、好みで平気だろ。
「そうなんだ。じゃあ今日は、何尾釣り上げるかで勝負?」
「何匹釣り上げるかで勝負!」
 魚だけではなく、ザリガニや貝類なども数に入れていいということらしい。
 初心者である僕に、気を遣ってくれたということなのだろう。
 徐々に高度を増す太陽の光が、川面に反射して目に痛い。僕は立てた両膝に乗せた腕で頬杖を付きながら、ぴくりとも動かぬ竿の向こうにある空を見つめた。
 このまま当たりが来なければ、勝負は僕の負けとなる。
 テッドのお願い事ってなんだろう。前回はおやつを分けてあげることだったから、今度は夕食のおかずかな。
「ま、昼間は魚も岩陰なんかに引っ込んじまってあんまり出てこないからな。……飽きてこないか?」
 ぼんやりそんなことを考えていると、眠そうな目をしたテッドが欠伸混じりに語りかけてきた。
「大丈夫だよ。次に釣れるのはどんな魚かなって考えていると、待つほどに期待が高まるし」
 既に周囲の空気は暖められて、上着は要を為さなくなっている。昨日に引き続き今日も良い天気だ。
 陽気に眠気を誘われて、少しだけこのままお昼寝してしまいたい誘惑に駆られけれど、僕は退屈だとは感じていなかった。
「テッドも一緒だし、すごく楽しいよ」
「なら、お前は釣りに向いてるんだよ」
 微風に軽く目を閉じた僕を暫し眺めてから、テッドがふっと口許を緩めた。
「釣りってのはさ、入れ食い状態で獲物がひっきりなしに針に掛かる──ってことも、まあ、あるにはあるけどさ。滅多にはないんだ。寧ろ待ってる時間のが長い。だから、向き不向きは腕前がどうとかってよりも、この待っている時間をどれだけ有益に使えるかにあるんだ」
 待つのに退屈したり、魚が掛からないことに苛々する人種なら釣りなどやらない方が良い。狩りでも乗馬でも、もっと自分に合ったものを探す方がいいだろう。
「有益って……僕は、とりとめのない思考を巡らせていたぐらいで、あとは、ぼんやりしていただけだよ?」
「どうでもいいことを延々と考えていられるのは、この国が平和である証拠だな。難題抱えて頭痛を覚えるより、よっぽどマシだぜ。たまには心にも休養を与えてやらないとな」
 毎日そればっかりってのはどうかと思うけどさ、と笑うテッドに、僕も目容を緩めて首肯した。
 そうだね、たまにならこんな日があってもいい。
「おい、お前の糸引いてないか?」
 再び空を見上げようとした僕の意識を親友が引き戻した。
「本当だ」
 僕は立ち上がると、友の教えを反芻しながら竿を操る。
 岸辺に引きよせられた獲物を捕まえに向かったテッドが、呻き声を上げた。
「テッド?どうかした?」
 竿を置き、身を強張らせた友人の傍に駆け寄る。彼の手に握られた網には水色の藻のようなモノが絡みついていた。
「…………もさもさ?」
 『もさもさ』は、平地に棲息する低級の魔物だ。戦闘力が低いため群れて行動することが多い。こちらから手出しでもしない限りは襲ってくることのない、温和しい種族だった。誤って川に落ちてしまったのだろうか?
「わっ、冷て!!」
 網から抜け出ようと水色の塊が暴れ出す。水飛沫を掛けられたテッドが悲鳴を上げた。
 濡れそぼり、潤んだ目でキュイキュイと泣く姿に憐れみを覚えた僕は、もさもさを抱き上げると慎重な手つきで絡みついた網を取り除いてやる。
「大丈夫?ちょっと乱暴だったけど、引き上げてあげられてよかった。少しこの辺りで日向ぼっこして躯を乾かしていくといいよ」
 言葉が通じたのか、自由になった魔性の生き物が僕の隣に場所を移して目を閉じた。
 少しばかり様子を見ていたけれど、眠ってしまったのかほとんど動きがない。とりたてて害もなさそうなので、そのまま釣りを続けることにした。
「後でお弁当のおかずを分けてあげようね」
 どうせ二人だけでは食べきれないほどあるのだしと、反対隣にいる友人を伺う。
 テッドが呆れたように肩を竦めた。
「お前って、ほんっとうに変なモノによく懐かれるよなあ」
「今日は、たまたまでしょう」
 いや、違うな。と、少年が大真面目な顔でぴんと立てた人差し指を左右に振る。
「お前のそれは既に趣味の域に入っているぞ」
「趣味ってテッド……人聞きの悪いこと言わないでくれる?僕だって何も好きこのんで魔物を釣り上げたわけじゃないんだよ」
 乾いてきたのか、ふわふわと風に靡き始めたもさもさの毛皮に誘われ指を伸ばした。枕にしたらさぞや心地良いだろうと思わせる手触りだ。
「そうとも言えないんじゃないか?………のことだってあるし」
「え、なんて言ったの?」
 外からの刺激に目を覚ました小さな魔物が、はしゃいだ声で擦り寄ってくる。そちらに気を取られていた僕は、親友の小さな呟きを聞き逃した。
「魔物と一緒に弁当を食いたいなんて言い出すのはお前ぐらいだろうなって言ったんだよ」
 懐かれてるし。と、僕の膝上に飛び乗ってきたもさもさに、テッドがなんとも言えない表情になる。
「食事は大勢でしたほうが楽しいでしょう。……駄目かな?」
「駄目ってことはねえけどさあ」
 彼が言い淀む理由はわかっていた。
 確かに、非常識ではあるだろう。世の中には魔物と聞いただけで震え上がる者がいる。闇より生まれ出し種族は恐怖と嫌悪の対象であり、破壊と混沌の使者なのだから。
 だけど……。
「……それがお前だもんな、しかたない。グレミオさん達には言うなよ」
 ふうっと諦めたように息を吐いた友人に、僕は忍び笑いを漏らした。
「わかってる。テッドの前でだけ」
 闇も死も混沌も。彼の前では意味もなく怯えたフリをする必要はない。
「そっか。……ならいいや。勝負を再会しようぜ!」
 何故か嬉しそうな顔をした親友が、気合いを入れるように両手で拳を握り締めた。
 

 空が赤く染まる頃。
 魚籠の中身を数えていたテッドが、顔を上げて自慢げに胸を反らした。
「セラウィスが1匹、俺が4匹で合わせて5匹だ!思ったより大漁だったな」
 父が遠征中だから、マクドールの者達とテッドで丁度1尾つづ分けられる。グレミオが大層喜ぶことだろう。
「ってことで、賭けは俺の勝ちだよな」
 ふふん、と鼻を鳴らす親友に、僕は目線で自分の膝の上を示した。
 そこには、昼間釣り上げたもさもさがすっかり寛いだ様子で鎮座している。その両隣には、カットバニーとあるまじろんが。肩の上にはムササビがべったりと懐いていた。全て僕の釣り竿に掛かったものだ。
「あるまじろんって初めて見たけど、本当に手触りがいいんだね」
 彼等のお陰でたくさんあったお弁当も綺麗に片づき、腹八分目といったところ。夕食が美味しく食べられそうだ。
「…………それ、帰るまでには全部捨てて行けよ?」
 なんでそんなものが釣れるんだかなあ、とこめかみを抑える少年に、僕は小首を傾げてみせる。
「彼等と最初に釣った一匹を合わせたら僕の勝ちだよね」
「それは魚じゃないだろ」
 そうだね、と一度頷いてから、とびきりの笑顔で告げた。
「でも勝負は、何『匹』釣れるか、だったでしょう」
 何『尾』釣ったかじゃなかったはずだよ。
「お前っ!!!?」
 魔物は大抵1匹2匹と数えるから、僕の釣り上げた獲物は全部で5『匹』となり、テッドの成果よりも1匹多い。
「僕の勝ち、だよね?」
「~~~~~っ!!!」
 念を押すと、目を白黒させていた少年が、ヤケになったように叫んだ。
「あーもうっ!!わかった、わかったよ!なんとなく理不尽なものを感じないでもないけどな!」
 敗北宣言と共に、がっくりと地面に両手を付き頭(こうべ)を垂れる。
 僕は自分が釣り上げたモノ達の頭を撫でると、勝たせてくれたお礼を述べた。
 あるまじろんだけでも連れて帰っちゃ駄目かな、とこっそり思う。
「しかたない、今日の夕飯のおかずはお前に譲ってやるよ!」
「テッドのお願い事ってやっぱりそれだったんだ」
 肩を落としつつ胡座を掻く少年に、僕は声を上げて笑った。
「それでもいいけど、僕は2匹も魚を食べられないし、願い事は別のことにしたいな」
 テッドはグレミオに釣った魚を塩焼きにしてもらうのを、それはそれは楽しみにしていたから、取り上げてしまうのは可哀相だしね。
「何がいいんだ?」
 どうやら、おかずを獲られないで済むらしいと気付いた少年が愁眉を開いた。
 僕は朝からずっと考えていた願い事をゆっくりと口にする。

「また、こうやって僕に釣りを教えてくれる?」

 お弁当を持って。一緒に道を歩いて。
 次の機会には、パーンやクレオを交えても楽しいだろう。

 釣り糸を垂らして空を見上げ。
 空を渡る風に目を細め。
 移りゆく季節を肌で感じて。
 つかの間の平穏を噛みしめるように。
 ただ、のんびりと。二人で。

「…………それが、お前の願い事か?」
 不意をつかれたようにテッドがぽかんと口を開けた。
「うん、お願いしてもいい?」
 もしかして迷惑だったのかな、と心配する僕の視界いっぱいに親友の笑みが拡がる。
「もちろんいいに決まってるだろ!絶対に約束だぜ!!」
 快諾されたことにほっとした僕は、右手を差し出した。
「じゃあ、指切りしよう」
 双方の小指を絡めて、交わした言葉が真実となるよう願った短い童唄(わらべうた)を唱和する。行為は他愛のない子供の遊びだったけど、こうして約束したことをテッドが破ったことは一度もなかった。
「そろそろ帰らないとグレミオさんが心配するな。片付けて帰ろうぜ」
 少しだけぶっきらぼうに、早口で喋るのはテッドが照れたときの癖。
 僕は名残惜しげに擦り寄ってくる魔物達に別れを告げると、釣り竿を肩に背負って彼と共に歩き出した。

 楽しかったねテッド。絶対にまた遊びに来ようね。
2004/11/29 UP
終始ほのぼのしているように見えて、実は微妙に暗いかもしれない話。
いちゃいちゃしているだけ、と言われればそうかもしれませんが(笑)
元ネタはとある方とのチャットから。最初は2主との話にしようと思っていたのに、気がついたらテッドが出番を奪ってしまっていました。
お相手がテッドなせいか、セラウィスが異様にはしゃいでます。