第 弐 拾 壱 話  【 毅 】
 
 
 


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 境内に足を踏み入れた途端、周囲の《氣》が一変した。どんよりと重い冷気は息を吸うごとに胸に凝り、柔らかな棘の如き風がちくりと肌を撫ぜる。
 凄まじい陰氣に思わず立ち竦むと、前方から笑い声が低く響いた。
「―――待っていたぞ。《黄龍の器》に《菩薩眼の娘》、そして《力》持つ者共よ。その《力》で龍脈を活性化させた礼に、ヒトの滅びる様を見せてやろう」
 濃い闇の中から、紅蓮を纏った男が悠然と姿を現した。

 その禍々しい色彩に、決して忘れ得ぬ光景がまざまざと脳裏に浮かび上がる。

 迷わず歩を踏み出した、黒い学生服の華奢な背中。
 陽光を受けて煌く白刃と、一瞬遅れて迸る鮮血。
 腕の中に広がる緋色の海。急速に温もりを失っていく躰。閉じられた睫毛の落とす小さな翳。

「確かに人は愚かで無力かもしれない。でも同時に、お前の失くした《力》を持ってる」
 静かな声音に、ハッと正気に帰る。どうやら柳生の発する陰氣に呑まれていたらしい。
 言葉は光に。光は希望に。希望は想いに。そして想いは《力》に。龍麻の言葉ひとつひとつが陰氣を祓い、闇に立ち向かう勇気を与えてくれる。
「大切な何かを護るためなら、人はいくらでも強くなれる。奪うだけの《力》になど、絶対に負けない」
「愚かな。―――俺の《力》を見せてやろう。その身を以って己の愚かさを知るがいい」
 不意に辺りの《氣》が大きくざわめき、柳生の姿が掻き消えた。虚無の空間より文字通り湧いて出た大勢の剣鬼たちが、得物をかざし次々と向かってくる。
 雑魚とはいえ、柳生に操られた妖共は難敵だった。心を持たぬ故に、迷いも隙もない剣先は正確に急所に切り込んでくる。速さと力に任せて叩き臥せるか、《氣》を昇華させた炎気や凍気で動きを封じるか。いずれにせよ気力と体力の勝負である。
 明らかに時間稼ぎを意図した襲撃だった。こうしている間にも黄龍の覚醒が進んでいるのだろう、大地の鳴動は次第に激しさを増していく。
 ならば、取るべき道はひとつ。逡巡している暇はない。
「劉に霧島ッ!―――お前ら、ひーちゃん連れて先に行けッ!!」
「え・・・京一先輩ッ!?」
 立ち塞がる敵を発勁で跳ね飛ばし、傍らで刀を振るう二人の背中を強引に押し出す。一瞬だけ龍麻が振り返る気配を感じたが、敢えて無視して剣鬼に向かう。視線を交わせば、決心が揺らいでしまう気がした。
 《黄龍の器》たる龍麻と、柳生を不倶戴天の敵とする劉。彼らが終わらせるべき闘いに己の授けた剣技が活かされることを信じ、霧島を名代に立てた。
 龍麻が何より望むのは、仲間の身を護ること。今は共にあるよりも、代わって役目を果たしてこその相棒だろう。無論、仲間を大切に思う気持ちは京一とて同じなのだから。
 血路を切り開き進む三人の背を見送りながら、追い縋ろうとする敵に幻惑の凍気を浴びせ一刀両断する。この選択に悔いはない。今はただ、残る仲間と共にこの場を切り抜け、龍麻に追いつくことを考えるだけだ―――が。

「何をしておいでです。常に傍らであの方をお護りする―――それがあなたの役目ではありませぬか」
 感情を持たぬはずの芙蓉が、僅かに苛立ちを滲ませた声音で言い募る。それを皮切りに、仲間たちから口々に声が上がった。
「京一。あんたに護ってもらわなくても、あたしたちは大丈夫。・・・見くびんじゃないよッ」
「そうだよッ。だいたい、ボクと葵がふたり一緒なら、怖いモノなんて何もないんだからねッ!!」
「うふふ・・・小蒔ったら。―――でも、本当に平気よ?京一くん。皆、ちゃんと闘えるわ」
「お前の代わりに俺が二人分闘うぞッ。・・・押忍ッ、行くぞ醍醐ッ!荒ぶる肉体に全てをかけろッ!!」
「よっしゃあ、どっからでもかかって来いッ!―――京一、さっさと行かんとお前から片付けるぞ!」
 京一を囲む敵の視界を朧の蝶が埋め尽くし、幾重にも連なるヒドラの首の如き鞭撃が襲い掛かる。艶やかな桜吹雪が次なる相手を翻弄し、不動尊の猛々しい威力が触れる者全てを石に変えていく。
「皆・・・ありがとよッ。お前ら信じて、先に行かせてもらうぜッ。・・・早く追いつけよ!」
 藤咲から激励の投げキッスを受けながら、格段に緩くなった囲みを抜けて参道を疾走する。
 進むごとに濃くなる陰氣の中に身を置いてさえ、決して翳ることのない《陽》を胸に宿して。
 
 
 






《 蓬莱寺京一君による今回の反省と希望的次回予告 》
 
「いよいよ次回は柳生戦だなッ」

―――何か、妙に嬉しそうだね?

「相手は柳生一人だからな。早いトコ終わらせてらぶらぶモードに突入だッ!」

―――いや、それってかなり無理があると思うけど。

「じゃ・・・じゃあせめて、次回はひーちゃんと話をさせてくれッ!!」

―――今回は初セリフの人もいたからね。劉ちゃんはカットされちゃったけど。

「あの野郎は前回でひーちゃんにひっついてやがったから、当然だろ?」

―――じゃ、今までもっとイロイロしてた人も、当然おあずけってことで。

「そッ、それだけは勘弁してくれッ!ただでさえ禁断症状で辛いんだッ!!」
 
 


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