番 外 編 【 星 合 】 |
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淡い夢見草の色合いに誘われて。始めて訪れた土地の見知らぬ駅に降り立った。 緩やかな土手の傾斜を上り車窓から見た景色の中に身を置く。人混みを避け隅の方に立ち尽くして、ただ呆然と春を謳歌する花枝を見上げていた。 どのくらいそうしていたのだろうか。突如として背後から腕を捕まれ、龍麻は驚いて振り返った。 「あ、悪ィ……」 睨まれたと感じたのか慌てて手を放したのは、同じくらいの年頃の青年。竹刀の入った袱紗を担いでいるところをみると、学校の部活動か近所にある道場からの帰りなのだろう。 「何か用かな?」 荒削りながらも鍛錬の後が窺える相手の《氣》に、僅かな緊張を覚える。接近を許してしまったのは此方が油断していたためだけではなさそうだった。 「いや、お前ェがなんとなく危なっかしく見えたもんで、つい……。悪かったな、驚かせちまって」 目線を泳がせ狼狽える様子に演技は感じられない。龍麻は首を傾げた。 「確かに、桜に気を取られてはいたけど……」 指摘を受けるほど、自分は浮ついて見えたのだろうか。 「そういうんじゃなくてよォ」 ぽりぽりと頭を掻き、青年が言葉を探しあぐねる。 「今にも消えちまいそうっつーか、なんていうか……。そう、神隠しにでもあっちまいそうな雰囲気だったからよ」 「…………は?」 まさか、見るからに今時の若者といった彼の口から『神隠し』などという時代錯誤めいた科白がでてくるとは。予想もしていなかった言い回しに思わず吹き出した。 「ナンパにしては変わった誘い文句だな」 「そんなんじゃねェよ!」 茶化して告げると、さっと頬に朱を履きムキなって反論してくる。その素直すぎる反応に口元が綻んだ。相手に対する警戒心が霧散していく。 「からかって悪かった。男相手にナンパもないよな」 柔らかな微笑みを浮かべたまま青年を覗き込むと、馬鹿にされたと感じたのか拗ねた顔で視線を逸らされた。 鳶色の瞳が陽光に透けて輝くのを目で追い、次いでその虹彩から己の姿が消えてしまったことを惜しいと感じている自分に驚愕する。 「俺、春からこっちの学校に転校することになったんだ。この土地へは今日来たばかりだから、知らないうちに不安が態度に出てしまっていたのかもしれないな」 湧きあがった感情を気の迷いとして振り払い、己を誤魔化すように言葉を重ねた。 「へェ、転校生か。新しい学校ってのはこの近くか?案外同じ学校だったりしてな」 新宿からこの場所までは各駅停車の電車で15分ほど。余裕で通学圏内に入る。 「だったらいいね」 龍麻は儚く微笑した。こんな青年と行動を共に出来るのなら、学園での生活は楽しいものとなろう。 しかし、それは彼から平穏を奪うことを意味している。 自分は、人には過ぎる大望を胸にこの街へ足を踏み入れたのだから。 (だから君は俺とは関わり合いにならない方が幸せなんだよ) 「せっかくだから自己紹介でもしておくか。俺は……」 言いかける口先を制し龍麻は首を振る。名を知ることは互いの縁(えにし)を深めるということ。迂闊な交わりで彼を自分の運命に引き込みたくはなかった。 「今日は知らないままにしておかないか?新学期に逢えたら改めて挨拶をしよう。その方が俺も新しい学校へ行く楽しみが増えるしな」 「違う学校だったらどうするんだよ?」 「縁がなかたっということで諦める」 にこやかに言い放つ龍麻に、冷てェこと言うなよ。と青年が口を尖らせた。 「このまま別れちまうなんてもったいねェだろ……って、いや!変な意味じゃなくてだぜ!!」 先程、ナンパ呼ばわりしたことに拘っているのか青年が忙しなく手を振る。その慌てぶりがおかしくて龍麻は笑みを零した。こんな風に屈託なく笑声を発したのは久しぶりのことだ。 「まァ、俺は同じ学校じゃねェかって気がしてるんだけどよ。結構あたるんだぜ俺の勘は」 「それなら、答え合わせをしようか」 太陽みたいな笑顔につられ、するりと口をついてでた提案。 「お前の勘が当たっていてもいなくても。またこの場所で話をしよう」 この東京でお前は多くの敵と仲間に出逢うことになるだろう──と龍麻の師は彼に告げた。 目の前の相手が仲間であるかはわからない。どころか敵である可能性さえある。だが、龍麻は青年に対してごく自然な好意を抱いた。 友達になりたいと考えてしまったのだ。 快諾する青年と次なる逢瀬を約束し、互いに後ろ髪を引かれる想いを秘めながらそれぞれの帰路を辿る。 この邂逅が後に何をもたらすのか、二人はまだ知らない。 ただ、惑わされるように。 魅せられるように。 胸に淡い情感が宿る。 瞼の奥には、舞い散る桜の情景が焼き付けられていた。 |
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