番 外 編 【 夜 天 光 】 |
| |
|
↑ | go index |
渋々顔を出した部活も、体を動かし始めればそれなりに楽しくて。武道場を一歩出ると外はすっかり暗くなっていた。 「ひーちゃん、帰っちまっただろうな・・・」 適当なところで抜けてくるつもりで、一緒にラーメン屋に行く約束をしていたのだが。ここまで遅くなってしまっては、いくら寛大な龍麻でも待ってはいないだろう。 というか、できれば帰っていてほしいと思う。この時間まで空腹で待たせておくというのは、あまりに申し訳ない。 だが、予想に反して。渡り廊下から校舎を見上げれば、夜空を映し出すガラスが幾つも並ぶ中、3−Cの窓だけが明るく浮かび上がっていた。 単なる電気の消し忘れかもしれないけれど。誰か他の生徒が残っているのかもしれないけれど。 逸る気持ちのままに階段を駆け上がり、開けっ放しの教室に飛び込んだ。 「ひ・・・」 室内に目をやり、呼びかけるはずだった相棒の名を飲み込む。 静まり返った教室では、ひとり待ちくたびれたらしい龍麻が小さな寝息を立てていた。 細心の注意を払って前の席の椅子を引き出し、腰掛ける。 濡羽色の前髪をそっと掻き上げると、閉じられた瞳からは、長い睫毛の所為だけではない翳りが感じられた。以前に比べて華奢な肩はますます薄くなり、今は隠れている頬から顎のラインも幾分きつい印象になっている。 栗色の髪の少女が炎に消えてから、まだ1週間余り。 誰よりも己を責めているくせに。誰よりも他人を思いやる龍麻は、ほぼ完璧に『いつも通り』を演じている。 それが痛々しくて。見ていられぬほど辛くとも、誰にも寄り掛からないと龍麻が決めたのなら、自分には見守ることしかできない。 相棒として、きっと乗り越えてくれると信じてはいるけれど。 それでもこうして憔悴しきった様子を目の当たりにしてしまうと、抑え込んだ気持ちが溢れそうになる。 「―――龍麻・・・」 細い躰を抱き締めて。総てを投げ出そうと言えればどんなにいいか。 けれど、龍麻がそういう性質ではないことは解りきっている。だからこそ惹かれたのだから。 行き場のない想いを、溜息に溶かして逃がす。 今はそれよりも。灯をともして待っていてくれた龍麻のように、彼を蝕む闇を消し去る陽(ひかり)になりたくて。 京一は決意を胸に、柔らかな黒髪を優しく撫で続けた。 |
| |
|
↑ | go index |