第 拾 弐 話 【 惑 】 |
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何をされているのかわからなかった。 何が起こっているのかわからなかった。 肩に食い込んでくる指。髪を鷲掴まれ押さえ込まれた頭。 ―――相手の熱を伝えてくる、触れ合わさった場所は。 「ちょ・・・やっ、京一っ!?なにを・・・っ」 咄嗟に自分にのし掛かる胸を押し返すと、苛烈な瞳が至近距離から龍麻を射抜いていた。 「ふざけるなよ」 低く呻くように絞り出された声。 「仲間達(あいつら)がどんな気持ちで眠るお前を見ていたと思う?日に日に《氣》が薄くなっていくお前の傍で俺がどれだけ・・・っ」 悲痛に歪む口元に言葉を返す遑(いとま)もなく再び視界が塞がれる。深く深く重ねられた唇は、激する感情のままに貪られながらもどこか優しくて、哀しい。 熱を帯びる吐息を感じ、龍麻の睫が震えた。 相棒を激怒させたのは、おそらくは先ほど自分が口にした言葉。告げた内容を反芻し、思い当たった節に己の迂闊さを呪いたくなった。京一や仲間達をどれだけ信頼しているかを伝えたつもりでいたのだが。あの言い方では一人だけ彼岸に逃げるつもりであったと受け取られてもしょうがない。ましてや龍麻は昨日まで生死の境を彷徨っていたのだ。冗談ごとではすまされない。京一が腹を立てるのも道理だった。 抗う力が全身から失われる。ぱさりと床に落ちた手首に首筋に顔を埋めていた男が動きを止めた。 「・・・ひー・・・ちゃ・・・」 上から覗き込んでくる瞳。降りてくる眼差しは狼狽と僅かな困惑が入り混じっていた。 「ごめ・・ごめん、京一・・・」 白い頬を伝う透明な雫。声もなく、音もなく。龍麻は静かに涙を流す。 「俺、いまお前に非道いこと言った。卑怯、だよな。お前達に重荷を押しつけて自分だけ先に楽になろうだなんて・・・」 仲間達に甘え、京一の好意に寄り掛かって。後に残される者の気持ちも苦労も考えず、心ない科白を口にした。 「違う!そうじゃねェよ。お前はいつだって俺達の前に立って一番辛い想いを背負い込んできたじゃねェか。むしろもっと俺達を頼れって言いたいくらいなんだぜ」 龍麻ごと上体を起こし、床に座り込んであやすように背中を撫でてくれる。 「悪りィ。お前が死んだ後なんてこと口にするから、頭が煮えちまって・・・」 気遣いながらそっと目元を拭ってくれる指の動きに、新たな涙が滲みそうになった。 誤魔化すために頭を振り、肩に手を置いて強引に距離をとる。 「いいよ。けどお前、いくら嫌がらせする為だからってこんなことするか普通。女の子が相手だったら完全にセクハラだぞ。殴られているところだ」 極力明るい口調を装って言い放つと、京一が酢でも飲んだような顔になった。 「・・・へ?いや、あのな・・・」 「そういえば、お前この間俺が寝ている間にも悪戯しただろう。比良坂に言われてすっごく恥ずかしかったんだからな。元はといえばお前に窮屈な思いをさせた俺が悪いにしてもさ・・・」 京一にとっては他愛のない悪戯に過ぎなくても、自分の心臓には悪すぎる。たぶん首の痣の理由もこんなところだったのだろうと見当をつけ、ついでだからと諫めておくことにした。、 「京一?どうかしたのか?」 「・・・・・・・・・・いや、なんでもねェ」 見れば京一は床に両手をつき、がっくりと打ち拉がれている。 「気持ち悪ィ思いさせて悪かったよ。次からは気をつけるからよ」 ―――別に気持ち悪くはなかったんだけどな。 虚ろな笑いを響かせながら謝罪してくる相棒に頷きを返しつつ、龍麻は心の奥底でひっそりと呟く。 どころか、触れてくれたことが嬉しかったなんて口が裂けても言えない。胸を灼く熱は、今の関係を毀したくないのなら厳重に鍵を掛け封じ込めておくべきものなのだ。いつか息もつけないほどの感情が穏やかなものと変わるまで。けれど―――。 伝えられなくなってから、大切なことに気づき後悔することもある。 龍麻は未だ熱を残す己の肩に手を当て、高鳴る鼓動を相棒から隠すように微かに唇を震わせた。 |
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《 緋勇龍麻君と豪華ゲストによる希望的次回予告 》 |
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【今回のゲスト : 御門 晴明】
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