第 拾 壱 話  【 蕩 】
 
 
 


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 翌日。桜ヶ丘へこっそり様子を見に行くと、病室では今回も無理矢理退院許可をむしり取ったらしい龍麻が途方に暮れていた。
 何くれと世話を焼きたがる仲間たちを微笑みひとつで引き下がらせたものの、枕元に積まれていた大量の品々の処理には気が付かなかったらしい。もっとも、入院時は身一つで運び込まれたはずなのだから無理もないが。
 冬休みということもあり、この3日間、仲間たちが入れ替わり立ち代り現れては見舞いの品を置いていった。花束や果物籠は勿論のこと、未発売のCDから手編みのセーター、果ては様々な護符や手作りヒーロー人形などなど。明らかに迷惑なものもいくつか混じっているが、龍麻がこれらを処分できるような性格でないことは重々承知だ。
 細く開けた病室のドアの先では、龍麻がベッドの上に広げた品々を前に溜息を吐いている。些細なことでも役に立てることが嬉しくて、京一は既に開けたドアをリズミカルにノックした。
「・・・来てくれたんだ」
「ったり前ェだろ?お前のことぐらい、俺にゃお見通しだぜ」
「―――相棒、だもんな」
 自分に言い聞かせているようなその響きには、どこか無理があるような気がして。返す言葉を持たない京一はただ曖昧に微笑むと、持参した紙袋に見舞いの品々を詰め込んでいった。
「あ。ちょっと待て、京一。折角だから、それ着て帰る」
 知ってか知らずか。わざと袋の底に押し込もうとしたセーターを取り返され、京一は心の中で舌打ちした。柔らかな手触りや趣味のいいデザインに、これを編んだ人物の想いの深さは容易に量れる。せめて自分が傍にいる間くらいは、袖を通してほしくないのだが。
「・・・京一?どうかしたのか?」
 つい作業の手を止めたところを、気遣わしげな瞳に覗き込まれる。
 龍麻はこんな些細な感情の変化は決して見逃さないくせに、肝心なことには気付かない。その鈍感さにかなり救われているのは分かっているが、時には歯痒いと思ってしまうのは身勝手だろうか。
 だからといって勿論、このどろどろした気持ちを看破されても困るのだが。
「いや・・・、そのセーター、ラーメンの汁が飛んだら目立ちそうだなって思ってよ」
「そういえば、こういう時に限ってお前が汚すんだよな。・・・今日はやめとくか」
 咄嗟に出てきた言い訳は悲しいほどに情けなかったが、どうにか龍麻を誤魔化すことには成功したようだ。向けられた眼差しからは翳りが消えている。
 京一は無理矢理自分を慰めながら、渡されたセーターを遠慮なく紙袋に押し込んだ。

 3日ぶりに訪れた龍麻の部屋は、当然ながら二人で家を出た朝のままだった。ベッドの傍、結局使わなかった客用布団があの夜の出来事を想起させ、京一は狼狽しながらキッチンに向かう横顔を盗み見た。
「お湯が沸いたらコーヒー淹れるから、しばらく待ってろよ」
 変わらぬ笑顔を向ける龍麻は、細い首筋を仄かに彩る朱には気付いてないらしい。あれこれ考えを巡らしたものの、巧い言い訳を思いつけなかった京一は心から安堵した。今は、何より先に伝えるべき言葉がある。
 だが、再び向かい合った後、先に口を開いたのは龍麻の方だった。
「―――今回のことだけど。初めから、柳生は俺一人を狙ってた。お前たちは運悪く巻き込まれただけなんだ。・・・だから京一、間違ってもお前の所為だなんて思うな。謝るべきは俺の方だから」
 京一の考えなど、龍麻には全てお見通しらしい。喉元まで出掛かった謝罪をきっぱり拒まれる。
「でも俺は何もできなかった。・・・こんな便りにならねェ奴なんざ、相棒失格だよな」
「そんな訳ないだろう?俺は、お前がいてくれるから安心して闘えるんだ」
「・・・どういうことだ?」
 何気ない信頼の言葉のはずなのに。嫌な予感が、ざわざわと背筋を這い登る。
「例え、俺に何かあっても。お前なら、必ず俺の遺志を継いでくれると信じてる」
「な・・・何言い出すんだよ!?」
 湧き上がる怒りにまかせて薄い肩に掴みかかるも、穏やかな瞳は揺るがない。
「《力》持つ者がこれだけ集まったんだ。俺がいなくても、きっと東京(ここ)は護れるから」
 龍麻なき世界に、護る意味なぞ存在しないのに。それは信頼の名を借りた拒絶で。
 渦巻く怒りも、絶望も。どこか陶然と微笑む佳人は何一つ理解していない。気付こうともしない。
 このもどかしさを、どうにか伝えたくて。京一は薄く弧を描く唇を強引に自らのそれで塞ぎ、掴んだ肩に体重を掛けていった。
 
 
 






《 蓬莱寺京一君による今回の反省と希望的次回予告 》
 
「・・・やべェ・・・。今まで折角我慢してたのに、とうとう・・・」

―――我慢、してたっけ?

「いじらしいほどにしてたじゃねェかッ!」

―――自分で言うなって。それに大体、誰も京一の我慢なんて期待してないのに。

「クソッ、俺の努力はなんだったんだ!それならもっと早くこうしてれば今頃らぶらぶに・・・」

―――なるわけないって、まだわかんないかなあ。いい加減学習能力つけようよ。

「で、でもこの展開で・・・。まさかお前、血の雨が降るとか言わねェだろうな!?」

―――やだなー。いくらなんでもそんなことしないって。大丈夫大丈夫♪

「・・・信用、していいのか・・・?」
 
 


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