第 拾 九 話  【 動 】
 
 
 


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「―――龍麻を、迎えに行くのね?」
「美里・・・」
 図星を指され、内心で舌打ちする。今は軽率な単独行動が許される局面ではない。ましてや龍麻本人から同行を止められている身なら尚更だ。こうして美里に見咎められた以上、不本意ながらも龍麻を追うのは諦めざるを得ないだろう。
 だが、溜息混じりの謝罪は予想外の言葉に遮られた。
「誤解しないで、京一くん。理由も聞かずに止めるつもりはないわ」
「・・・どういうことだ?」
 確かに美里の言葉に強制の色は微塵も感じられない。先程もごく目立たぬよう仲間たちの輪から抜け出してきたらしく、周囲にもこちらへ注意を向けている者は見られなかった。
「龍麻の言葉でも止められなかったものを、私が説得できるとは思えないもの。だけど―――」
 無意識にか否か。祈るが如くに組まれた手の中で、《力》持つ指輪が鋭く光った。聖女の瞳が戦乙女のそれに変貌する。
「あなたの返答如何によっては、絶対に行かせるわけにはいかない。・・・教えて、京一くん。あなたは何故、龍麻を追おうとするの?」
「何でかって、そりゃ・・・」
 業火を纏う眼差しに気圧されながら、必死に言葉を探す。半端な返答が許されるとは思えないこの状況で、胸に凝るこの感情を何と表現したものか。己の語彙不足が恨めしい。
 心配なのは信頼していない所為ではない。龍麻が独りで無茶をしていないかが気になるのだ。―――否、多少の無茶であれば覚悟している。それを見届けられないことが問題なのだ。要するに。
「―――好きだから、側に居てェんだよッ。・・・悪ィか!?」
 数秒の対峙の後、美里の視線がふと和らいだ。口許に仄かな笑みが浮かぶ。
「よくできました。・・・行ってらっしゃい、京一くん。早く龍麻を連れてきてね」
「お・・・おう」
 いつの間にか仲間中から注目を浴びていた。戻ってからのことを思うと背筋が寒いが、ひとまず美里に後を任せて学校を目指して駆け出す。

 大地が揺れている。闇が震えている。
 進むにつれ激しくなる地鳴りは即ち、震源に向かっている証拠だ。返す返すも、龍麻を独りで行かせてしまったことが悔やまれる。
「―――うわッ!?」
 焦りの所為で注意力が散漫になっていたらしい。反対側から角を曲がってきた人物と衝突しそうになり、寸前で踏み止まる。バランスを崩したところに伸ばされた手を咄嗟に掴むが、全力で疾走してきた勢いは殺しきれない。そのまま相手を引き摺り込む形で尻餅をついてしまった。
「・・・この馬鹿。何慌ててるんだ」
 抱き込んだ腕の中で聞き慣れた声が響く。
「ひーちゃん!?・・・いやあの、これは別にお前を信用してないとかじゃなくて―――うおッ!?」
「判ってる。判ってるから黙ってろ。少しだけ・・・休ませてくれ」
 しがみ付いてきた龍麻からは、微かに血と香水の匂いがした。理由までは判らないが、マリアとの間に何があったのかはだいたい見当がつく。
「よく頑張ったな。けど・・・もう、独りでなんて行かせねェよ。―――あんまり心配、させんな」
「京一・・・」
 胸に顔を埋めていた佳人がゆっくりと身を起こした。闇よりも深い双眸が近付き、閉じられ―――遠ざかる。
 するりと身を離した龍麻が立ち上がる頃、ようやく何が起こったのかを認識する。こちらは驚きで更に腰が砕けるばかりだ。
「ひ、ひーちゃん・・・」
「行くぞ。皆待ってるんだろう?」
 そのまま振り返りもせずに先に行ってしまう。遠ざかる背中を慌てて追いかける。
「・・・ったく、どうしてくれんだよ。死んでもいいなんて思っちまったじゃねェか」
 不機嫌に顔を背ける青年に追い付き毒づく。黒髪から覗く桜色の耳が艶かしくて困る。
「―――あれで気が済むなんて、随分と命を安売りするんだな」
「・・・・・・へ?」
 思わず足を止め、闇に溶ける後姿を呆然と見送った。
 ほどなく前方で上がった歓声で我に返る。見れば皆との集合場所は目の前だった。
「―――よっしゃ。こうなりゃ早いトコ片付けてやろうじゃねェかッ!」
 大声で気合を入れると、仲間たちの元へ走り出す。

 それぞれの胸に抱いた想いが、ぶつかり合おうとしていた。
 
 
 






《 蓬莱寺京一君による今回の反省と希望的次回予告 》
 
「うおおおおォッ!!待ってろよひーちゃんッ!待ってろよ柳生ッ!!」

―――喚いてないで早く行っといで。皆さん首を長くして待ってるよ。・・・美里とか特に。

「みッ、美里・・・(滝汗)。何だったんだあの迫力。戦闘ん時より怖かったぜ・・・」

―――死を覚悟してるぶん一生懸命なんじゃない?ひーちゃんもそうでしょ。

「俺は絶ッッ対に死んでなんかやらねェからなッ!勿論ひーちゃんも死なせねェよ」

―――ひーちゃんのご期待に沿えなくてガッカリさせるよりは、今死んどいたほうが。

「縁起でもねェコト言うんじゃねェッ!」

―――ふーん、自信あるんだ。皆さんに教えてあげようっと。きっと喜ぶよー。

「ばッ・・・馬鹿野郎ッ!お前、寛永寺に辿り着く前に俺を殺す気か!?」
 
 


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