第 拾 八 話  【 渇 】
 
 
 


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 大地が揺れている。闇が震えている。
 来るべき時代の節目に。それを無理に捻じ曲げようとする男の妄執に。正しき形になさんと抗う力無き者達の願いに。星光は戦き、夜は息を潜めて成り行きを見守っていた。
 東京という小さな都市に、今まさに満ちんとする龍脈の《力》。
 《器》を求めて荒れ狂う龍の鼓動を龍麻は精神の奥深い場所で感じ取っていた。己が身を主軸に迸らんとする力の奔流を、胸を押さえるようにして宥め賺す。
 屋上で待ち受けていたマリアは、そんな生徒の様子に微笑みとも泣き顔ともつかない表情を浮かべた。
「マリア先生・・・」
 時計の針が頭上で重なろうという頃。教師が生徒を呼び出すには些かそぐわない時刻。
 それでも龍麻は彼女の求めに応じ、こうして学舎まで足を運んできた。
 縋るような目をしていた担任教師を放ってはおけなかったのだ。
「何か、ワタシに訊きたいことはある?」
 漆黒の風に嬲られ豪奢な髪が翻る。龍麻は無言で首を振った。
「そう・・・。ならば用件だけ言わせてもらうワ。その《力》は人の手に余る。暴走させてしまう前にワタシに寄越しなさい」
 彼女は夜の眷属。闇の同胞。人工の光に追いやられてしまった夜を。人の世界の片隅で滅びを待つしかない一族の権勢を。《龍脈》の《力》によって今一度取り戻さんと目論んでいた。
 青年が拒むなら力ずくでも手に入れる。威嚇を込めて睨むマリアに、何を思ったか龍麻が突然頭を下げた。
「ありがとうございます。俺のこと心配して下さってるんですね」
「な・・・っ?!違うワ!ワタシは・・・ッ!!」
 驚愕に目を瞠る教師を、青年は静かな表情で見つめる。
 《力》を求める彼女の望みは本物。けれど、そこには強大な《龍の力》に押しつぶされるやもしれない生徒への気遣いが垣間見えた。その優しさに龍麻は心から感謝の念を抱く。
「それでも。この《力》は渡せません。正しき者であろうと、悪しき者であろうと。何人たりともこれに触れることは許さない。そう『俺』が決めました」
 だから貴方の望みはどうあっても叶わないんですよ、先生―――。
 いっそ穏やかに囁かれる残酷な真実。彼こそは正統なる《黄龍の器》。新たなる時代の担い手。彼の下した決定こそが世界の意志となる。未来は彼の想い描くとおりに形作られていくのだ。
 覆す方法はただひとつ。龍麻の気持ちを変えさせること。暴力でそれが為せるなら、いくらでも拳を振るおう。情で流せるというのなら、泉ができるほどに涙で袖を濡らしてみせる。だが、如何なる方法を用いようと強固な意志に塗り固められた龍麻の心は動かせない。鳶色の瞳を持つ青年ならばいざしらず、マリアでは不可能なのだ。
「ナゼ、どうして・・・目の前にあるのに手に入らない・・・」
 絶望に膝を突く美女を龍麻は哀しげに見下ろす。掛ける言葉は見あたらなかった。
「ひとつだけ──ワタシ、良い先生だったかしら・・・」
 項垂れ、消え入りそうな声で担任教師が今一度問いを発する。これには心からの頷きを返した。
「貴方は俺達にとって生徒思いのとてもいい先生です。それだけ知っていれば充分だと思ったから・・・」
 あえて何も訊こうとはしなかったのだと。告げる青年にマリアは淡い微笑みを浮かべる。
「・・・ありがとう」

 呟きは、闇に解けた。



「ひーちゃん、遅ェな・・・」
 一方、龍麻を待っていた京一は一向に顕れない佳人の姿に業を煮やしていた。遅刻ばかりしている己と違い時間には正確な龍麻のこと。何かあったのは明白だった。こんなことなら無理にでもついていけば良かったと後悔する。いっそ今からでも行ってみようかという考えが脳裏を過ぎった。
 実行に移せなかったのは、背後から青年を呼び止める声が聞こえたためである。
 振り返った京一は、声の主の思い詰めた顔に少しだけ驚く。決戦を前にして緊張しているのだろうか。
「どうしたってんだよ、一体?」
 心配そうに覗き込んでくる青年の顔をしばし見つめ、少女は意を決したように口を開いた――。
 
 
 






《 緋勇龍麻君と豪華ゲストによる希望的次回予告 》
 
【今回のゲスト:犬神 杜人】

龍麻 : 「先生、助けてくださってありがとうございました。マリア先生のこと、お願いします」
杜人 : 「ああ・・・」
(ついに俺の出番はなかったな。まあ、面倒がなくていいんだが・・・)
龍麻 : 「はやく皆の所にいかないと・・・。きっと待っているだろうから」
杜人 : 「そうだな。特に蓬莱寺はお前の到着を待ち侘びてるだろうよ」
(なにせ生きるか死ぬかの瀬戸際のようだからな)
龍麻 : 「きょ、京一が・・・。先生、俺のことからかってますね(ちょっと睨んで)」
杜人 : 「俺は、事実を言ったまでだ。早いとこ行ってやるんだな」
(ふっ、せめて死に目には間に合うよう祈っててやる。頑張れよ蓬莱寺)
 
 


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