第 弐 話  【 慮 】
 
 
 


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 もうひとつの東京で。自分を見送る若者達の涙に、胸の痛みよりも安堵を覚えた。
 今度は取り残されずに済んだのだ――と。

 意識の戻った龍麻は、診察に現れたたか子から半ば強引に退院の許しを取り付けた。
 一旦学校に戻り、放課後再び迎えに来た京一と連れだって桜ヶ丘病院を後にする。
「本当によかったのか?俺なんかと一緒でよ」
「いまさら何を。お前が夕飯を奢ってくれるって言ったんだろ?」
 そうなんだけどよ、と相棒が頭を掻いた。
「せっかくのクリスマスイブだろ。会いたい女の子とか、・・・その、この機会に言っときたいことのある相手とかがいたんじゃねェのか?」
 そういう彼こそが引く手数多であっただろうに。大好きなおネェちゃんたちの誘いを断ってまで、龍麻に付き添ってくれている。その行動事由が、本調子ではない自分を気遣ってのことなのか、あるいは目前でむざむざと相棒を斬らせてしまった悔恨からくるものなのかはわからないが。
 青年の気持ちは嬉しく、反面後ろめたさを抱かせるものであった。

 紅蓮をまとう男の《氣》に貫かれ、視界は緋色に染め上げられた。
 全身を嘖む灼熱。崩れ落ちる我が身を抱き留めた青年の悲痛な叫び。
 朧に霞む意識の奥底で、それらのすべてがひとつの過去に収束されていく。

 猛り狂う炎の華とともに散っていった、栗色の髪の少女。
 愛しき者を腕に抱き、覚悟を決めた彼女の微笑みは美しく。この上なく倖せそうに見えた。

 おいて逝くことのできる――幸福。
 おいていかれる者の哀しみを知っているから、簡単に逃げ出すことはしないけれど。
 剣鬼に斬られたとき、龍麻はたしかに満ち足りたものを感じていた。
 大切な『誰か』を護る術となれたなら。このまま常世に旅立つことになろうともかまないと・・・寧ろそうありたいとさえ、願ってしまう。

「なァ、ひーちゃんは好きな奴とか、いないのか?」
 隣を歩く青年の問いに顔を上げ、見返す双眸に視線を絡める。真っ直ぐで、歪むことのない《氣》を全身に浴びながら、龍麻はゆっくりと瞬きをした。
「―――京一」
「えっ?!」
 月が太陽によって輝くように。青年の持つ明るさに、龍麻はいつも救われてきた。
 彼こそが龍麻の『太陽』。そうと告げる日は決してこないけれど。
「ひー・・・、ちゃん?」
「そろそろ、どこへ入るか決めないとまずいんじゃないか。時期が時期だから店だって混んでるぞ」
 軽い調子で付け加えると、からかわれたと思ったのか京一が頬を紅潮させた。
「あ?あ、ああ――。そ、そう・・・だよな。そんなことあるわけねェか・・・」
 なにやら煩悶を始めた相棒の横顔に、俺はずるいんだよ、と心の中で語りかける。

 いつかきっと、自分は京一をおいていく。
 青年においていかれないこと。ただそれだけを望むが為に、龍麻は彼の前から姿を消すだろう。

 卑怯な自分にできるのは、青年が殊更に苦しむことのないように自らの想いを封じ込めることだけで。
 一日も早く自分を忘れてくれるように。残された彼の人生が倖せなものであるようにと、自分勝手な祈りを捧げる。

 隠微に昏い情念に捕らわれた龍麻の表情は、儚くも危うい笑みに彩られていた。
 半ば無意識に伸ばされた京一の手は、しかして寸前で動きが止まる。
 触れるか触れないかの曖昧な距離。大気を通じて頬に熱が伝わる。
「・・・悪ィ。俺、ちょっと野暮用を思い出した。すぐ戻ってくっから、ここで待ってくれ」
 早口に告げ、唐突に踵を返した青年を呼び止めることもできず、龍麻は温もりの残る頬にそっと掌で触れた。
 
 
 






《 緋勇龍麻君と豪華ゲストによる希望的次回予告 》
 
【今回のゲスト : 美里 葵】

龍麻 : 「俺って押しが弱いよな。次はもう少し頑張らないと駄目か?」
美里 : 「・・・龍麻。今からでも遅くはないわ。考え直すつもりはないの?」
(まったく、龍麻ったらあんな赤毛猿の何処が良いのかしら)
龍麻 : 「美里?・・・やっぱり変かな。俺みたいなのが京一を好きだなんて・・・【悲】」
美里 : 「そんな顔しないで!貴方は何も悪くないわ龍麻。大丈夫よ。きっとうまくいくから」
(ああ。憂いる龍麻も素敵。私ならすぐにでも慰めてあげてよ)
龍麻 : 「ありがとう美里にそう言って貰えると心強いよ(極上の笑顔でにっこり)」
美里 : 「 ・・・うふふ。京一君たら幸せ者ね。こんなに龍麻に想って貰えるなんて」
(でもね、幸せは大きいほど対比して不幸も大きくなっていくもの。覚悟してね京一君)
 
 


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