第 参 話  【 緒 】
 
 
 


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 いつの間にか降り出した小雪が、アスファルトに吸い込まれていく。
 落ちては消える雪の如く。風に流される白い吐息の如く。
 ごく薄く刷いた笑みそのままに、目の前の佳人は儚く消えてしまいそうで。
 抱き締めて閉じ込めたい衝動を必死で押さえる京一の目に、龍麻の頬で融けていく一片の雪が映る。
 こぼれた涙を思わせるその痕は、寒空の下、白磁の頬をさらに凍えさせるに違いない。
 ―――せめてこの手で包み込んで。できることなら、冷えた吐息も暖めて。
 僅かに掌で感じた頬の冷たさに、京一ははっと我に返り、すんでのところで手を止めた。

「―――やべェ・・・」
 人気のない路地。電柱にもたれた京一は、走ったせいでさらに跳ね上がった鼓動を宥めつつ、その右手を見つめていた。正しくは、右手を通して、先程の光景を思い返していたのであるが。
 龍麻の質の悪い冗談に。あの危うげな微笑みに。もう少しで理性を失うところだった。
 冷えた夜風を深く吸い込み、気持ちと呼吸を整える。龍麻に悟られてはいけない。―――そばにいるために。

 別れた場所に戻ってみても、そこに相棒の姿はない。
 怒って帰ってしまったかと焦りつつ覗き込んだ暗い路地で、ようやく求める相手を探し当てた。向けられたその視線の先には、長い髪を揺らし、去って行く少女の姿。
「ひーちゃん、どうした?こんなトコで。・・・何か、あったのか?」
「・・・別に。道案内をしてあげただけだよ。悪かったな、待ってなくて。探しただろう?」
 何もないはずはない。無論、そんな言葉に騙される京一ではないが、一度龍麻が話さないと決めた以上、決して口を割らないことは、これまでの付き合いで熟知している。
 ならば、自分で知るしかない。・・・いや、正直なところ京一には、ごく些細なものでさえ、龍麻の謎を解き明かすような自信はないのだが、そんなことを言ってもいられない。
 どうせまた、このお人好しがひとりで何か大変なことを抱え込んでいるのは明白だ。この相棒は、他人のためならどこまでもその身を犠牲にしてしまう。現にそのせいで命を落としかけ、つい昨日まで意識がなかったのだから。
「何だよ、その不満そうな顔は」
「・・・仕方ねェな、今日のところは騙されてやるよ。その代わり、夕飯はいつものラーメン屋でいいだろ?お前が探させるから俺もう、腹が減ってたまんねェよ」
 龍麻が何も言わなくとも、何を隠していても。どこまでも共にあり、全てに立ち向かうのだという京一の強い決意が揺らぐはずもない。
 ひとりで解決なぞ、させはしない。面倒ごとなら、意地でも一緒に巻き込まれてやる。
 もう二度と、龍麻に庇われたりしないように。足手纏いにならないように。相応しくあるように。そして護れるように―――もっともっと、強くなってみせるから。
「最初からそのつもりだったくせに、人のせいにするんじゃない」
「バレたか」
 他愛ない会話に、龍麻はやっと自然な笑みを浮かべた。


「じゃあ京一、今日はご馳走さま。また明日、学校で」
 いつものようにラーメンを啜った後。取るに足りない話をしながら、龍麻のマンションの前で足を止めた。
「ああ、また明日――――――」
 同じように挨拶を交わそうとした京一だったが、不意に言葉を止めた。
 今から龍麻はひとりで暗い部屋に戻るのだ。意識がなかった間のように悪夢にうなされても、京一には気付いてやることはできない。
「京一?」
「―――やッべェーッ!俺んち、今日誰もいねェんだけどよ、俺、うっかり鍵忘れて来ちまったぜ!・・・なあ、ひーちゃん。悪ィけど、今夜一晩、泊めてくれねェか?」
 勿論嘘だ。勘の鋭い龍麻の目には、白々しい演技と映ったかもしれないが、それでも構わない。京一はどうしても、龍麻のそばにいたかった。
「・・・仕方ない奴だな」
 困ったように笑うその顔もどこか儚げで、京一は今更ながら己の理性に真摯な祈りを捧げた。
 
 
 






《 蓬莱寺京一君による今回の反省と希望的次回予告 》
 
「・・・・・・俺、次回理性保てると思うか・・・?」

―――それはもう絶対に無理だろうね(きっぱり)。

「だよな・・・・・・。俺もそんな気がすんだよ。・・・やべェよなァ」

―――わかってんなら、最初から泊まるなんて言わなきゃいいのに。

「だってお前、あんなひーちゃんを放っとけるか!?」

―――今回も血迷ってたくせに。決意が甘いよ?悟られないようにするんでしょうが。

「おうッ。何とか気張ってみらァ!次回は紳士な俺を楽しみにしてろよッ!!」

―――誰も本気にしないと思う、それ。

「何だと!?・・・面白ェじゃねェか。俺の本気を見せてやるぜッ」(←意味深だね)
 
 


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