第 四 話 【 懐 】 |
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夜半過ぎより空の支配権を取り戻した月が、薄化粧を施した街を蒼く染め上げている。 5日ぶりに出歩いた為に疲れを覚えた龍麻は、シャワーを浴びた温もりの残る躰をベッドの端に預けて微睡んでいた。 考えなければならないことは山ほどあるのに、どうしてもうまく思考が回らない。 「ひーちゃん?眠いならちゃんと布団の中入れよ」 風呂場から出てきた京一の忠告が届くも、動く気にはなれなかった。 近づいてくる温度。逞しい腕が胴に回され上体を浮遊感が包む。重い瞼を僅かに開けると、思いも寄らぬほど近くに相棒の顔があった。 「・・・きょ、いち」 「少し熱があるな。悪ィ、お前、本調子じゃねェのに無理させた」 自分を懐深くに抱き、額を寄せて囁く声はいつもより少しだけ低い。甘く染み渡るその響きに、狂おしいほど切なさが込み上げた。 「うぉっ、ひ、ひーちゃん?ど、どうした、どっか具合が悪ィのか?!」 背中に手を回して肩口に顔を埋めると、大袈裟なほどに京一が狼狽え始める。 委細かまわず無言でしがみついていると、ひとしきり慌てふためいていた青年が息を吐き、強張りを解いた。 「なんだよ、寝ぼけてんのか?」 しょうがねェなあ、と苦笑しながら優しく背中を撫でてくれる掌。おそらく京一にとっては子供をあやす程度の気持ちでしかないのだろう。 鍵を忘れたなどという見え透いた嘘も、ひとりになりたくなかった龍麻の気持ちを慮った彼の優しさ。 わかっていても縋り付いてしまう自分の浅ましさに吐き気さえ覚えた。 罪とわかっていても。許されざることであると知ってはいても。 今だけは、何も考えずにこの温もりを感じていたかった。 聖者の生まれし夜の小さな奇跡でかまわないから。 少しだけ早い京一の鼓動に耳を当てながら、龍麻は声にならない想いを密かに胸に刻んだ、。 明くる日。朝から様子のおかしい京一に、龍麻は幾度目になるか分からない溜息をひっそりと吐いた。 ずっとこちらを見つめ続けているくせに、振り返ると視線を合わせないように顔を背けてしまう。 「ねえ、ひーちゃん京一と喧嘩でもした?」 いつもどおりの5人揃った帰り道。ちらちらと双方の様子を窺っていた小蒔がこっそりと訊ねてきた。 「俺、昨日寝ぼけて迷惑を掛けたから、それで怒ってるんだろう」 「えェ、ひーちゃんが?京一がじゃなくて?!・・・けどさ、京一があんなに顔真っ赤にして怒ってるなんて、キミ一体何したの?」 無邪気に重ねられた問いには、苦笑して肩を竦めるに留める。 京一が泊まりにきたことは数え切れないほどあるが、これまで同じ布団で眠ったことはなかった。 それはそうだろう。龍麻のベッドは多少広めではあるもののシングルであることに変わりはなく。標準規格以上の高校生男子二人が並んで眠るには窮屈極まりない。昨晩は龍麻がしがみついたまま眠ってしまったために、かなりの不自由を強いてしまった。 目の縁が赤いのは怒りのためだけではなく、寝不足の所為でもあるのだろう。 「しょうがない、後でもう一度謝って・・・」 言いかけた科白を半ばで呑みこむ。背筋を伸ばして首を巡らせた龍麻に倣って、仲間達も前方を見据えた。視線の先には、癖のない黒髪をさらりと背中に流したひとりの少女の姿がある。龍麻はその容貌に見覚えがあった。 それは昨日、京一と離れていた間に暴漢から救い出した相手だった。人あらざる力を発揮した自分に向かい、少女は己も同じだと、化け物と呼ばれて当然の《力》を有しているのだと気弱に微笑んで告白した。 あの時怯えを孕んでこちらを伺っていた瞳が、いまは鈍色の輝きを放っている。全身を覆うどす黒い《陰の氣》は少女本来のものとは似ても似つかず。何者かの干渉を受けているのは一目瞭然だった。 少女が操られていると知れば、仲間達は闘いを躊躇する。その時は自分こそが皆を護らなければなるまい。・・・たとえ罪なき血に手を染めようとも・・・。龍麻は瞳に決意を宿し、静かに拳を構えた。 |
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《 緋勇龍麻君と豪華ゲストによる希望的次回予告 》 |
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【今回のゲスト : 村雨 祇孔】
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