第 拾 話 【 過 】 |
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栗色の髪の少女と手を繋ぎ、黄泉の回廊をどこまでも登っていった。 ねっとりと纏わり付いてくる濛昧な闇。地底の底より谺する亡者の嘆き。絶望を促す乾いた風の音。ともすれば虚脱に呑み込まれてしまいそうな龍麻を支えてくれたのは、握りしめた掌の暖かさと耳の奥底に残る相棒の己が名を呼ぶ声のみだった。 脆くて細い蜘蛛糸のような上り坂と、果てしなく続く道のりに次第に意識は朦朧となり――。 次に己を取り戻したときには堅い寝台に横たわり、病室の仄暗い天井を見上げていた。龍麻を揺り起こしてくれたのは、先程まで握りしめていた少女の柔らかな手。彼女の知らせを受け、仲間達が病室の中に雪崩れ込んでくる。 悦びと安堵に満ちあふれた懐かしい顔ぶれに迎え入れられ龍麻は己が帰還を果たしたことを知った。様々な言葉を持って迎えてくれる友人達に微笑を返し、視線を相棒へと転じる。 「よぉ・・・おかえり。ひーちゃん」 拗ねたように照れたように告げる青年の顔は疲労を宿し心なしか窶れたように見えた。軽佻浮薄を装いながら実のところ誰よりも仲間思いである京一のこと。今回のことでも、きっと心を痛めていてくれていたのだろう。申し訳なく感じながらも、龍麻の気持ちは此岸からは離れた場所に向けられていた。 あれほど望んでいた声をようやく聴くことが出来たというのに、心に浮かぶのは後に残してきてしまった『彼』の縋るような眼差しばかり。 おそらく『彼』はもう自分のことなど綺麗に忘れさってしまっている。 残していけるものはなにもなかった。また残してはいけないと思っていた、己の考えは間違っていないはずなのにどうしてか胸の奥に痛みが走る。 「本当にこれでよかったんだろうか・・・」 たか子に追い出され誰一人いなくなった病室で。やりきれない思いにひとり寝返りをうった。遠慮がちに窓が叩かれたのは、まとまらない思考に眠ることを諦めた時。馴染んだ気配に慌てて身を起こしカーテンに手を掛ける。 「京一、皆と一緒に帰ったんじゃなかったのか?」 薄い月明かりの向こうに佇んでいたのは、予想に違わず鳶色の瞳を持つ青年の姿だった。 「途中で用事があるっつって、俺だけ引き返してきたんだ。わりぃ。寝てたか?」 「いや、考え事してた・・・けど、どうしたんだ一体、何かあったのか?」 そうじゃねェんだけど・・・と口籠もりながら窓枠を乗り越えた京一はそのままそこに腰を掛ける。 「なんか、まだお前が帰ってきたんだって実感がわかなくてよ」 青年にしては珍しい苦い笑み。伸ばされた不安げな指先に龍麻は自分から頬を寄せた。 「ごめん・・・迷惑掛けた」 「お前が謝ることなんてなにもねぇだろ。俺の方こそ助けてもらったってのにお前に何もしてやれなかった・・・すまねェ、ひーちゃん」 ぐっと何かを堪えるような眼差しを向けた後、京一は頬に添えた手を首の後ろに滑らせ華奢な躰を抱き締める。 「きょ、京一?」 身じろぐ龍麻の動きを制し、背中に回された腕に力が篭もった。 「おまえが本当にここにいるんだって信じられるように、もう少しだけこうしていてくれ」 苦渋に満ちた声を絞り出す相棒に、不謹慎とは知りながら龍麻の心に喜びが湧き上がる。自分はまだこの青年に必要とされている。二度に亙る無様な敗北を喫してなお、傍にあることを許してもらえていることが溜まらなく嬉しかった。 「うん、京一。俺はここにちゃんといるから・・・」 肩口に顔を埋める相棒の背中に腕を回し、柔らかな髪を梳きあげる。時の狂いし迷宮の中、どれだけこの青年の面影を追い求めたことだろう。記憶を奪われ異境に墜とされても、龍麻は京一を忘れることが出来なかった。すべてをなくしたと思っていても、胸の奥に残る何かがある。 「ひと言だけでも、伝えておけばよかったな・・・」 喩え形としては残らなくても。消えることのない想いがあることを信じて。なにより彼のことを覚えている自分のために。感謝と謝罪の気持ちを彼に渡してくるべきだった。 どれほど慚愧の念に囚われようとも、どれほどに願おうとも。二度と逢うことは叶わないのだけれど。 「ひーちゃん?何か言ったか?」 小さな呟きを聞き咎めた京一が顔を上げる。龍麻は小さく微笑んで首を振ると、青年の頭を再び抱え込みそっと月を見上げた。 せめても『彼』が、この柔らかな銀の光に癒されていることを祈りながら。 |
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《 緋勇龍麻君と豪華ゲストによる希望的次回予告 》 |
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【今回のゲスト : 藤咲 亜里沙】
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