第 拾 四 話  【 景 】
 
 
 


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 胸の奥に咲いた、花。

 待ち合わせの場所には既に皆が揃っていた。遅れたことを軽く詫び、合流して旧校舎へ足を踏み入れる。京一のことはただ、所用で来られなくなったとだけ伝えた。

 立ち込める瘴気の渦。足に絡みついてくる泥土。右手から迫り来る水妖に掌底を打ち込み、仲間達に指示を与えて連携を促す。無限螺旋を刻む階段を下へ下へと降りながら、龍麻の双眸は目の前の景色をほとんど映してはいなかった。昨夜の出来事が繰り返し脳裏に浮かんでは己が意識を支配していく。

 せき立てるようにして京一をシャワールームに追い遣った。肩を掴んできた指の力強さが。触れ合わさった唇の熱さが。今なお躰に深く余韻を残している。激しく脈打つ鼓動を沈めるべく本を手に取れば、しかして内容はさっぱりと頭に入ってこなかった。じわりと染み出し全身を浸たす熱に浮かされて唇を噛みしめる。目を瞑り胸の裡で想い人の名を画けば、意外なことに間近から応えが返された。
「悪ィ。待たせたな」
 単なる偶然だと。頭では理解しているのに、心臓が大きく脈を打った。京一は何でもない顔をしてタオルで頭を拭いている。自分だけが引きずっていることを知られたくなくて必死に取り繕った。相手の視線から逃れるように風呂場に駆け込み頭から冷水を浴びる。
 どのくらいそうしていただろうか。心の鎧を強化し意を決して部屋に戻ると、相方はしたたかに酔っていた。安堵と言いしれぬ寂寥感に苦笑を漏らしつつ京一を抱き起こす。肩を貸し、立ち上がらせることまでは成功したものの、すぐにバランスを崩した相棒に巻き込まれ下敷きにされた。衝撃で覚醒したのか京一の睫が震える。ゆっくりと開かれた鳶色の瞳が龍麻の姿を捕らえ、そして―――。

 茜色に染まる洞窟で一角の鬼を斃し、本日の鍛錬は終了した。
 いつもより効率よく戦闘が終わったことに満足し、今後の予定を交わし合いながら仲間達が方々へ散っていく。それを見送っていた龍麻の隣に、癖のない黒髪を靡かせた青年がすっと並んだ。
「随分と心が浮ついていたようですね」
 他の誰も気づかなかった事柄をあっさりと告げ、陰陽師の青年は涼やかな眼差しを龍麻に向ける。責めているというよりも確認を求める口調だった。
「すまない、晴明」
「大方、急に欠席した『彼』のことでも考えてらしたのでしょう?」
 ズバリと指摘されて顔に朱が上る。龍麻は御門から表情を隠すように顔を伏せた。
「・・・・・・ごめん」
「私に謝って頂く必要はありませんよ。ただし本番もそのようなことでは困りますがね」
 自分のことを他人に話すのが苦手な龍麻に気を遣ってくれたのだろう。いつも影のように付き従う式神・芙蓉の姿がない。この場にいるのは、御門と龍麻のふたりだけだった。
「晴明。俺、生きたいと思ってもいいかな?」
「龍麻?」
「この戦いが終わったら、自分の望むとおりに生きてみたいって・・・そう思ってもいいのかな?」
 心に芽吹いた小さな白い花。
 何度踏みつけられても、光を閉ざされても。枯れることなく健気に開いた可憐な花を大切にしたいと願ってはいけないだろうか。包むような暖かさで見守ってくれた太陽を、愛しいと感じることを許してもらえるだろうか。陽が自分の元へ降りてきてくれるなどと自惚れたことは考えてない。ただ、その姿を見つめ続けていたいと、その為に生きてみたいと望んでしまったから。
「生きることには多くの苦しみが伴います。貴方はそれに立ち向かっていける強さを得た。月並みな表現ですが、自分の生を望まぬ者に他者を救うなど――ましてや世界を救おうとすることなど出来ようはずもありません。先程の鍛錬で貴方がその答えに行き着いたのだとしたら、今日一日も無駄ではなかった・・・と、いうことでしょう」
 なにより、私達は貴方の犠牲など望んではいないのですから。
 告げる陰陽師の表情は相変わらず取り澄ましていたけれど。その瞳に浮かぶ優しい色合いに、龍麻は微笑みを返した。花を咲かせてくれたのは京一だが、その土壌を育んでくれたのは大勢の仲間達と友人だ。自分を案じてくれる人達がいる。彼らの笑顔を曇らせないためにも。
「・・・ありがとう、晴明。必ず皆で生きて帰ろう」
 決戦の時は刻一刻と迫っていた。
 
 
 






《 緋勇龍麻君と豪華ゲストによる希望的次回予告 》
 
【今回のゲスト : 織部姉妹】

龍麻 : 「俺、京一に告白しようかと思うんだけど・・・」
雪乃 : 「え、そ、そうなのか龍麻くん」
雛乃 : (この間の夜一体何があったんですの?でもそのようなことご本人にはとても聞けませんわ)
龍麻 : 「やっぱり迷惑かな。俺みたいなのが京一に・・・」
雛乃 : 「そんなことございませんわ。気持ちの篭った言葉を嬉しく思わない人などいませんもの」
雪乃 : (特に龍麻くんからだったら、相手があの猿じゃなくたって・・・)
龍麻 : 「うん・・・俺、がんばってみるよ。ありがとう織部姉妹(ふわりと笑って)」
雪乃 : 「・・・・・・・・・龍麻くん」
雛乃 : (・・・・・・・・・龍麻様)
龍麻 : 「俺、京一が待ってるから帰るよ。それじゃあ」
雛乃 : 「・・・わたくし、美里様と比良坂様に電話いたしますわね」
雪乃 : 「藤咲と高見沢にも頼むぜ!」
雪乃 : 「いくぜ雛乃!打倒蓬莱寺京一!!いまこそ草薙の力見せてやる!!」
雛乃 : 「はい!姉様!!龍麻様を簡単に蓬莱寺様の手になど渡しはいたしませんわ!」
 
 


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