第 拾 伍 話  【 切 】
 
 
 


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 混乱に一時苦痛を忘れていても、体調が最悪なのには変わりなく。無理矢理摂った食事は、皮肉にも疲れた胃袋を空にする手助けとなるばかりだった。
 冷たいタイルの床に跪きながら、京一は生理的なものだけではない涙を滲ませた。
 龍麻を護ると。いつまでも傍にいると決めたはずなのに―――この不甲斐なさはどうだ。
 こうしている間にも、《龍脈》は活性化を続けている。一刻も早く柳生を倒さねば、全てが失われてしまう。己の邪な恋情にかまけている場合ではない。
 口をゆすぎ、顔を洗い、呆けた頭を切り替える。それでも鏡に映った顔は青白く、情けないことこの上ない。
「ざまあねェな・・・」
 起きた時に比べればかなり楽になったものの、未だアルコールの抜け切っていない躰は重く、酷い頭痛に歩くのがやっとという有様だ。その上、おかしな姿勢で寝てでもいたのか、躰の節々が妙にだるい。
「とりあえず、寝るしかねェか」
 昨夜、何をしでかしたにせよ。済んでしまったことをあれこれ考えても仕方がない。龍麻が求めているのは普段通りの『親友』であり『相棒』なのだ。恐らく、最後の決戦が済むまでは諍いを起こしたくないのだろう。もはや二人を繋ぐものが期限付きの偽りの友情であっても、京一としてはそれに甘んじるしかなかった。
 全てを終えた後に与えられるのが、侮蔑の言葉であろうとも。まずは柳生を倒さねば、未来は永久に訪れない。
 ―――しばらくは、厄介な想いを強引に封じ込めるから。せめて最後にいい夢を。
 未練がましく祈りを捧げ、ベッドに潜り込んだ京一は再び目を閉じた。


「・・ふっ・・・・・アッ・・・・」
 薄い下衣の上からそっと掌を這わせれば。乱れた息の下から、羞じらいを含んだ声が小さく漏れた。
 敏感に反応する躰が、艶かしい声が、更なる欲望を煽り立てる。
 恐怖を与えぬように。気持ちが伝わるように。上体を斜めに走る刀傷に沿って口付ける。胸から腹へと優しく滑らされた舌は、臍を過ぎた辺りでその動きを布地に阻まれた。
 細い腰を浮かせ、下衣に手を掛けても。佳人は抵抗する素振りも見せず、必死に喘ぎを飲み込むばかりだった。

 そのまま一気に下衣を剥ぎ取ろうとしたところで目が覚めた。枕元の携帯電話が軽やかなメロディを奏でている。
 鳴り続ける電話を恨みがましい目で睨め付けると、京一は諦めて通話ボタンを押した。《宿星》の仲間うちでしか使っていない電話だ。無視するわけにもいかない。
『醍醐だが。・・・取り込み中だったか?都合が悪ければ掛けなおすが』
 なかなか応答しなかったのを誤解したらしい。生真面目に尋ねる親友に夢が途切れた苦情を言うわけにも行かず、当り障りのない説明を返す。
「悪ィ。寝てたもんだからよ。・・・今日は済まなかったな、突然休んだりして」
『寝ていただと?・・・京一、お前病気だったのか?』
 醍醐の反応から察するに、龍麻は欠席の理由を適当に言い繕ってくれたらしい。しまったと思ってみても後の祭りだ。病気でない以上は正直に話すしかない。
『この大事な時に二日酔いとは何事だ。たるんどるぞ。だいたいお前は未成年のくせして・・・』
「わかってるって、タイショー。ちゃんと反省してっから、勘弁してくれよ。―――なあ醍醐、それより・・・今日のひーちゃん、どこかおかしくなかったか?その・・・不機嫌だった、とか」
 長くなりそうな小言を遮り、話題を変える。昨夜のことは忘れようと思うものの、やはり気になる。
『不機嫌ということはなかったな。どちらかというと上機嫌だったが。それより用件だが・・・』
 電話の向こうでは醍醐が明日の鍛錬について話し出していたが、上の空で相槌を打つ京一の耳には全く届いていなかった。
 つい今朝方、悲壮な決心をしたばかりだが。昨夜の自分が潔白ならば。龍麻の態度に感じた不自然さが杞憂であるならば、また状況は変わってくる。
 この闘いが終わった暁には、晴れて想いを伝えられる未来が開けているかもしれない。
 ふと、先程の夢が脳裏に蘇る。やけにリアルな内容だったが、所詮夢には違いない。
 いつか現実に龍麻を抱けるように。大いなる決意を胸に、京一は柳生への新たな闘志を燃やした。
 
 
 






《 蓬莱寺京一君による今回の反省と希望的次回予告 》
 
「ったく、醍醐のヤツ・・・。あんなタイミングで電話なんか掛けてくんなよな」

―――水潜り本館開設以来のサービスシーンだったんだけど。

「折角なら最後までいかせてくれたっていいだろ!?」

―――所詮夢でしょ、今回は。続きがあっても虚しくなるだけだと思うけど?

「わかってっけど!・・・せめて夢ん中ぐらい、イイ思いさせてくれてもいいじゃねェか」

―――で、この内容よりも情けなさ10倍増しのオチがつく、と。

「!?―――おッ、俺が悪かった!!だからそのオチだけは勘弁してくれッ!!」

―――了解。ってことで次回からラブシーン抜きでさくさく進めようね。

「そりゃねェだろ!?・・・見てろよ、意地でもらぶらぶ貫いてやるからなッ!」
 
 


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