第 拾 六 話 【 希 】 |
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闇に響きて、夜に溶け込む――。 ぼんやりとテレビの前に座り込んでいた龍麻は、窓の外から聞こえてくる音色に顔を上げた。 「除夜の鐘・・・もう、こんな時間だったんだ」 今頃、仲間達は家族と団欒の刻を過ごしているのだろうか。 共に過ごした時間は決して長いものではなかった。真神の者達とさえ、出逢ってからまだ1年とは経ってない。その限られた日々の中で、自分達はあまりにも多くの物を見、多くの体験をし、支え合って生きてきた。彼等がいなければ龍麻はとうに挫けてしまっていたに違いない。満足な礼を返すことも出来ないこの身は、せめて今この時の彼等の平穏を祈ることぐらいしかできないけれど。 また、ひとつ。鐘が鳴った。 近づいてくる運命の時。負けることの出来ない、最後の戦。 「俺にもっと《力》があれば、皆を危ない目に遭わせずにすんだのにな」 誰に頼らずとも戦い抜けるほどの揺るぎない意志さえあったならば。誰一人血生臭い世界になど近づけさせはしなかったものを。 「ごめん・・・なんて、謝って済むことじゃないけど」 仲間達が親元へ無事に帰れるように。帰りを待つ者達の迎えを笑顔で受け入れられるように。闘いの果てに何が待ち受けていようとも、それだけは絶対に護らなければならなかった。それが龍麻にできるせめてもの贖罪であり、義務であり、願いでもある。 「誰も死なせはしない。絶対に――!!」 膝の上で拳を強く握りしめると、軽やかな電子音が静寂を裂いた。壁に掛けておいた制服のポケットから慌てて携帯を引っ張り出す。ディスプレイが示す名に、とくんっと心臓が脈を打った。 108の煩悩を払うとされる聖音の中に身を置いてさえ、ざわめく胸に苦笑が込み上げる。龍麻は小さく息を整えると、通話ボタンに指を滑らせた。 「京一・・・どうしたんだ、こんな時間に」 電話越しに伝わる相手の《氣》に乱れはない。どうやら緊急事態ではないらしいと見当をつけ、龍麻は一応の安堵をみた。 「お前、一人だろ。どうしてっかな、と思ってさ」 耳元で告げられる内容に、龍麻は緩く目を伏せる。 青年の気遣いが有り難く、不覚にも込み上げてしまった涙を悟られぬよう精一杯平常な声を装った。 「そろそろ寝ようかと思っていたところだ。心配しなくても、もうひとりで無茶はしないから」 「そっか・・・悪かったなこんな夜遅くに。けどよ、お前ひとりで悩み出すとどんどん暗い方向へいっちまうことがあるから、また小難しいこと考えて落ち込んでんじゃねェかと思ってよ・・・」 「きょ・・・いち・・・」 頬を暖かな温もりが伝う。春の日射しに雪が解けるように。心を萎縮させていた氷がじわりと溶けた。 「俺、お前が好きだ・・・」 どれほど伝えたくとも。声にならなかった言葉が、するりと唇を滑り出る。 「ひー・・・ちゃん?」 「大好きだよ。京一も、美里も紗夜も他の仲間達も――」 好き、だから。この世界で生きていきたい。哀しませたくない。一緒にいたい。 ただひとつの感情を中心に、湧き上がる想い。それはこれまで怖れてきたような後ろめたさを伴ったものではなかった。太陽の光を受けて淡く輝く月のごとく全身を包む柔らかな情感。再び朝陽が登ることを信じ、夜を越えていける活力の源となるもの。 「ごめん、急に変なこと言って。だけど俺・・・」 声の震えを止めることはもう出来なかった。聡い京一にはわかってしまったに違いない。しかし、電話口の向こうで呆けていたらしい青年は、気を取り直すと明るく答えてくれた。 「・・・サンキュな。俺もお前のこと好きだぜ」 少し照れを孕んだ声音。電話の向こうに浮かぶのは、きっと龍麻の大好きな笑顔だろう。 「ありがとう京一。今度こそ総ての闘いに終止符を打つために俺、頑張るから」 「間違ってるぜ、ひーちゃん。そこは『一緒に頑張ろうな』って言うべきだろ」 「うん。そうだね。一緒に生きて戻ってこよう」 闇に解けて、夜に拡がる。 龍麻は不思議と落ち着いた気持ちで目を閉じると、愛おしむように携帯を握りしめた。 |
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《 緋勇龍麻君と豪華ゲストによる希望的次回予告 》 |
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【今回のゲスト:高見沢 舞子】
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