第 拾 七 話  【 誠 】
 
 
 


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 普段の所業を考えれば至極珍しいことに。京一が中央公園に到着したのは、待ち合わせの刻限より四半時も前のことだった。
 龍山の言によれば、最後の闘いまで残された時間はあと半日。この貴重な時間にわざわざ皆で初詣に出向くのは、何も必勝祈願だけが目的ではない。柳生との戦を前に、自分の心―――つまりはプレッシャーに負けぬよう、精神統一を図る意味もあった。
 とはいえ、京一は別に怖気づいても血気に逸ってもいない。寧ろ平素より落ち着いている。
 わざわざ早めに家を出てきたのは、どうしても事前に一人で行っておきたい場所があったからだ。待ち合わせのベンチを素通りし、人気もない公園の奥へと向かう。
「―――ここ、だったな」
 結界を護る濃い霧の中でも決して見誤ることはない地点で足を止める。
 忘れもしない13日前。今自分が立っている目の前で、龍麻は柳生の凶刃をその身に受けたのだ。
 あの時は、何もできなかった自分を恥じ、復讐を誓うことしか頭になかったけれど。

『俺、お前が好きだ・・・』

 昨夜、電話越しに聞いた言葉を胸で反芻する。響きは新たな《力》となり、言霊のように京一を穏やかに包み込む。勿論、その色合いが京一の想いと相容れないことは重々承知だが。
 復讐ではなく。正義でもなく。柳生を倒して東京(ここ)を護り抜くのは、ただ龍麻が望むから。
 もうこれ以上、哀しませないために。傷つけないために―――。
「絶対、勝ってみせるからな・・・」
「一緒に、だよな?―――京一」
 振り返ると、龍麻が晴れやかな笑顔を向けていた。恐らく、京一と同じ目的でここに来たのだろう。
「ったり前だろ?ひーちゃん。一緒に生きて戻ってきて、それで・・・」
「それで?」
 この闘いが片付いたら。伝えたい想いも、叶えたい望みも、山程あるけれど。
「―――ヒミツ。続きは、終わってからな」
「そうだね。そろそろ時間だし。・・・醍醐がヤキモキしてるかもしれない」
 自分たちに『もしも』はない。これからも未来は続くのだから。今伝えるべき言葉は他にある。
「ひーちゃん、明けましておめでとうさん。・・・今年もよろしくな」
「おめでとう、京一。―――こちらこそ、よろしく」
 お互い少しだけ改まって。そしていつも通りの笑顔を交わし、待ち合わせ場所へ走り出した。


 醍醐と3人で花園神社に向かい、美里たちと合流して。遅れて到着したマリアと7人で参拝を済ませて―――そこまではよかったのだが。
「・・・アヤシイ」
「何が?」
「何がってそりゃ・・・なァ」
 軽く問う小蒔に何と言ったものか。
 神社に来る途中に会った御門も、『何か』が起こるのは今夜だと明言したというのに。
 明らかに思いつめた風情のマリアが龍麻一人を呼び出すことも。参拝後、少し遅れて比良坂と追いついてきた龍麻の《氣》が微妙に乱れていたことも。何かあるのでは、と思ってしまうのは杞憂だろうか。
 じわじわと胸に広がる、しかし根拠のない不安。口に出すことは、徒に皆を動揺させるだけかもしれない。
「余計な心配するなよ、京一。―――俺は大丈夫だから」
「大丈夫って、ひーちゃん・・・」
 今は《氣》の乱れもなく、いつもの龍麻ではあるが。だからといって一人で無理をさせるわけにもいかない。
「何て顔してるんだ。先生との話が終わったら、すぐ帰ってくるって。―――お前の相棒を信じろよ、京一。一緒に生きて戻って、さっきの続きを聞かせてくれるんだろう?」
「・・・そう、だな。―――わかったよ、ひーちゃん。また後でな」
 相棒を信じろ、という言葉に逆らえるはずもなく。京一にできるのは、一人去って行く龍麻の背中にただ無事を祈ることだけだった。
 
 
 






《 蓬莱寺京一君による今回の反省と希望的次回予告 》
 
「しかしアレだな・・・。よく考えると、俺ってすっげえ虚しいコトしてねェか?」

―――今更気づいたの!?

「だけどよ、ひーちゃんが俺のコト好きって言ってくれたのはホントだもんなッ」

―――確かに。京一も美里も紗夜もみんな大好きって言ってたよね。

「その辺は掘り返さなくっていいっての!」

―――ところで、私の記憶が正しければ、初詣って結構なキャラが登場したよね?

「だーかーらッ。そういう雑魚どもはどうだっていいって言ってんだろ!?」

―――雑魚呼ばわりとはいい度胸だねー。次回をお楽しみにね♪

「お・・・俺は別にアイツを雑魚呼ばわりしたワケじゃ―――おいこら、俺の話も聞けーッ!!」
 
 


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