第 七 話 【 幾 】 |
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ちょうどそれは、堅牢なガラスケースに収められた宝石の如く。 剣道で鍛えた自分とは大違いの、華奢な躰。長い前髪でも隠しきれない美貌。 そして、事故の後遺症で声を喪ったという事実と、それで知れる繊細さ。 嬉しそうな美里に世話を焼かれる緋勇を目にして、佐久間たちが放っておく訳がなく。 「大丈夫か?」 体育館裏、卑怯な輩を追い払った後で。地面に蹲る緋勇の胴に手を回し抱き起こす。殆ど筋肉の付いていない躰は予想外に軽く、バランスを崩した京一は、情けなくも緋勇を腕に抱いたまま後ろに倒れてしまう。 「・・・ッてェ・・・。悪ィな、緋勇。怪我に障らなかったか?」 そのままの姿勢で細い肩を慎重に抱えあげれば。露わになった黒琥珀の如き双眸が穏やかに細まり、桜唇が柔らかな弧を描く。 「・・・そっか。ならよかった」 その表情に、何故か鼓動が速まり。焦って視線を逸らした京一は、事の奇妙さに気が付いてしまった。 あれほど痛めつけられていたはずなのに。緋勇は怪我どころか、制服に埃さえつけていなかった。 放課後の教室で。緋勇はひとり、ぼんやりと外を見ている。 声を掛けるも、京一に向けられた視線は、やはりどこか霞んでいて。目の前にいながらも遠すぎる存在が悲しい。 佐久間たちの拳が、どれ一つその身に届いていなかったように。交わす言葉の一片さえも、緋勇には届かないのかもしれない。 そして。真っ直ぐに自分を見つめてほしいと。その唇で自分の名を呼んでほしいなどという願いなど、到底届くことはないのだろう。 せめて、粗野な自分を拒まないでいてくれるように。その微笑みを向けてくれるように。 諦めと、愛しさから。京一は持てる限りの優しさで緋勇を包んだ。 「うふふふふ〜。京一く〜ん。緋勇く〜んに目をつけるなんて〜、なかなか鋭いわね〜。見直したわ〜」 気配もなく背後から不気味な声を掛けられて、京一は廊下の真ん中で硬直しそうになる。それでも緋勇の名に反応した躰は瞬時に振り返り、怪しげな人形を手にした少女と向かい合う。 「鋭いって何のことだ?裏密」 オカルト研究会の部長である裏密は、奇妙な言動ながらもその占いの的中率には定評がある。京一の直感が、彼女であれば緋勇の秘密を知っているかもしれないと告げた。 「幾重にも重ねられし宇宙は〜、黄泉平坂(よもつひらさか)にて結ばれり〜。輝く魂は狭間に落とされ〜、異なる道を歩まんとす〜。待つは逃れられぬ災いなれど〜、客人(まろうど)なりし魂は〜、黄泉神(よもつかみ)によってのみ〜、あるべき宇宙へ帰る〜」 「・・・もっと分かるように話せ」 裏密は得意げに占いの結果らしきものを披露するが、京一にはさっぱり理解できない。ただでさえオカルト関係には疎いのに、宇宙まで持ち出されてはお手上げだ。もっとも、仮に自分が地学に明るくとも、今の話が理解できたかどうかは不明だが。 「大丈夫〜。残念だけど〜、京一く〜んだけじゃなくて〜、ミサちゃんだって〜、時が来れば〜、今のこの瞬間(とき)さえも〜、忘れ去ってしまうから〜。うふふふふふ〜」 「忘れ去るって何だよ?―――あ、おい、裏密ッ。待てったら!」 制止も聞かず、意味深な言葉を残して裏密は去ってしまい、京一の胸には疑問だけが残った。 ある日の放課後。ラーメン屋に向かう途中で緋勇にぶつかった、栗色の髪の少女。 何故か胸騒ぎを感じた京一は、緋勇が茫然と、しかし真っ直ぐに彼女に視線を向けるのを見た。 嫌な予感に、鼓動が速くなる。自分を包む空気が、急に薄くなったようで息苦しい。 ―――あるべき宇宙へ帰る――― 為す術もなく立ちすくむ京一の脳裏を、不意にその言葉が過ぎっていった。 ―――時が来れば、忘れ去ってしまうから――― |
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《 蓬莱寺京一君による今回の反省と希望的次回予告 》 |
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「『こっち側』の俺ってよ、見てて歯痒くねェか?もっとドーンと行きゃあいいのによッ」 ―――いや、でも手の早いのは相変わらずだよね。初日から抱き締めてるし。 「お、俺はそんなオイシイことしてねェぞ!?・・・畜生、羨ましすぎるぜッ」 ―――だってこっちの方がいい男だもん。ひーちゃんに対して思いやりがあるし。 「ひでェ・・・。ま、でもこいつも『俺』にゃ違いねェから、イイ男なのは当然か」 ―――そうそう。『京一』には変わりないからね。次回はそれなりの待遇だよ(笑) 「それ、何か二重の意味で引っ掛かるんだけどよ・・・」 ―――気にしない気にしない、ひと休みひと休み。しばらく舞台は『こっち側』だしね。 「これ以上ヒドイ目に逢うってか!?・・・おい、『こっち側』の俺!リベンジしろよッ!!」 | ||
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