ever after2
お祭りを見に行きませんか?
背後からそう声を掛けられてひどく驚いた。
それは、僕の中で鮮やかに息づく記憶の欠片。遠い昔に失われてしまったはずの響きだったから。
「……カイネ。…ナナミと……ジョウイ、はどうしたの?」
振り向き、思い出の中と寸分変わらぬ姿を見いだしたとき、僕はまだこれが現実のものとは認識できずにいた。
カイネが持つのは真なる紋章の半分のみ。不老を得るためには、中途半端に分けられた紋章をひとつに統合する必要がある。
その方法とは『始まりの紋章』の残りの半身を持つ、彼の親友の命を奪うこと――。
義姉と幼なじみのささやかな幸せを願っていた彼が。そのために必死に闘っていた彼が、ジョウイを手に掛けるなんてことあるはずがない。
こちらの戸惑いを感じ取ったのか、カイネが僕を安心させるように頷いた。
「大丈夫、生きてますよ。どこか遠くの街で元気にやってるんじゃないかな?」
ちょっとした裏技をね、使ったんです。
「それからずうっと、あなたを探し続けていました」
悪戯の成功した子供みたいに、楽しげに瞳を輝かせて。内緒話を打ち明けてくれる少年。
懐かしくて、僕に会いに来てくれるという約束を覚えていてくれたことが嬉しくて、綻びそうになる口元を慌てて引き締めた。
いま、この領土は揺れている。かつて彼が心血を注いで築き上げた礎は、一部の反対勢力によって乱されようとしていた。
おそらく戦は避けられない。
カイネがあれほどに強く願っていた平和が、多くの血で汚されようとしている。
悲しい思いをする前に、家族の元へ返してあげた方がいいのだろう。
「ジョウイたちの元へ帰ったほうがいい……」
押し殺した感情を知られたくなくて俯いたまま告げる。カイネの表情が暗く翳った。
「ご迷惑でした?」
「そうじゃないよ。この辺は情勢が芳しくないから……君がここにいるのはあまり良いことじゃない。カイネはこの国の救世主として多くの人たちに知られ過ぎているからね」
中央の者たちがこの少年を見かけたら、必ず利用しようと考え出す。十数年前の英雄伝説の再来を演出しようとするだろう。
「心配してくださってありがとうございます。でも大丈夫ですよ」
シュウには、僕に手出しをする余裕なんてないでしょうから。
確信を抱いた顔でカイネが笑う。無邪気に。なんの屈託もなく。
「カイネ、まさか君……」
感情的には子供で、我が侭を言って周りを困らせることもしばしばあったけれど。彼は決して無能な軍主ではなかった。カイネがこの不穏な空気を読みとれないはずはなかったんだ。
すべてを承知で……どころか、彼こそがこの騒ぎの元凶だとしたら……。
「言ったでしょう、お祭りを見に行きませんか――って」
他者の魂を喰らって成長を遂げる僕の紋章の性質を知ればこそ。彼は戦場の中心となるであろうこの地で僕を待ち受けていた。
「セラウィスさんにどうしても会いたかったんです。すべてあなたのためにしたことですよ」
カイネの両手に包み込まれた魂喰いの紋章が、彼の紋章に共鳴して熱を帯びる。
「そのためだけに、平和だった土地に火種を投げ込んだの?この国は君が築いたものなのに?」
ただ、僕に会いたいという、その理由だけで。
「だって僕が作った物なんですから。壊す権利だって僕にあるでしょう?」
子供が堆く積み上げた積み木を、自分の手だけで崩したがるように。カイネは己が裁量のみで一国の滅亡を招こうとしているのだ。
手前勝手な理由で、人には到達できない高見から、駒を動かすように歴史を操作する。
それはさながら見えざる神の手。
これが、真の紋章を持つということ?
普通の人たちの幸福や営みを、些細なことで弄んでしまえる――力。
「あなたには一番の特等席で見せてあげますね」
心弾む様子で言い募る少年に始めて視線を合わせると、満足そうな笑顔が返された。
伸ばされる手に頬を寄せ、僕は小さく頷く。
結局の所、僕も彼と同じなのだ。
大地を染め上げる血の色に嫌悪を覚えるよりも。人々の嘆きに痛みを抱くよりも。カイネの気持ちに感じる悦びの方が強い。
彼を責めることはできない。もとより僕の中には正気など残ってはいないのだから。
「きっと盛大なものになるんだろうね……」
さらなる温もりを求めて顔を寄せてくる子供に囁きかけ、僕は静かに目を閉じた――。
2002/01/11 UP