entreaty
すごく会いたくなった。
そんな風に思い始めたら、もう止まらなくて。
気がついた時にはビッキーにバナーまで送ってくれるよう頼んでた。
峠の道を駆け抜ける間中も、ドキドキし通しで。急に会いにいったら迷惑だろうかとか。前みたいに優しく笑ってくれるだろうかとか。ずっとそんなことばかり考えていた。
ビッキーに詰め寄る僕を見て、慌ててついてきたマイクロトフさんとカミューさんが、背後で魔物と必死に格闘してたけど、そんなのちっとも気にならないぐらい。
僕はあの人のことばかり考えてたんだ。
トランの英雄、セラウィス・マクドールさん。
『一緒に戦ってくれませんか?』
そう、聞いたら、彼はなんて答えるだろう。
「こんにちはグレミオさん!マクドールさんいますか?」
開口一番!元気一杯に挨拶する。
彼、グレミオさんはマクドールさんがトランを出て放浪していた3年間、ただ一人同行を許された人なんだ。
それだけグレミオさんが、マクドールさんにとって特別な存在ってことだよね。クレオさんが前に、「グレミオは坊ちゃんの母親みたいなものですから」って言ってたし。だから、僕の目下の目標は、グレミオさんに好印象を抱かせること。
将を欲するならまず、馬を射止めないとね!
「いらっしゃい。さあ、どうぞ中へ。ただいま坊ちゃんをお呼びしてまいりますから」
あいかわらず人当たりのいい笑顔で、招き入れてくれる。僕はお言葉に甘えていそいそと上がりこんだ。
「カイネ殿。ここは、あのトランの英雄の屋敷では……」
マイクロトフさんがおずおずと尋ねてくる。あ、まだいたんだね。途中で果てたのかと思ってたけど。
帰りはマクドールさんと二人っきり♪という野望を邪魔された僕は、それでも快く答えてあげた。まあ、あとでそれなりの報復はさせてもらうかもしれないけど。
「そうですよ。この間知り合ったんです」
「旅に出られていたと聞きましたが。お戻りになられてたとは知りませんでした」
カミューさんもすごく驚いてる。
そうか。僕この間のバナーでのこと、誰にも話してなかったからなあ。
もともと、ルックはあれこれ吹聴する性格じゃないし――ってルックは親しく話す人もあんまりいないんだけどね――カスミさんと、フッチは……。
なんだか深刻な顔して考え込んでた。普通の会話さえ口が重くなちゃって。どうしてかわからないけど、気安く知り合いに話す気にはならなかったみたいなんだよね。
だから、ナナミとサスケさえ口を噤めば、トランの英雄との邂逅は、僕達だけの秘密ってことになる。
もちろん、僕はちゃんと口止めしといたよ。だって勿体無いじゃない。簡単に教えちゃうなんてさ。
あの人にもうじき会える。
僕は逸る心を一生懸命に抑えていた。
は~どうしよ。すっごい緊張する。
突然抱きついたりしたら、やっぱ吃驚されちゃうよね。驚く顔もきっと可愛いだろうけど、嫌われちゃったら困るし……うん!何事も最初が大事。お行儀よく挨拶しよっと。今日のところはね。
僕がマクドールさんとの感動の再会をシミュレートしていると、隣でマイクロトフさんとカミューさんが、がっちがちになってた。レパント大統領の前でだって堂々としていたのに変なの。
「珍しいですね。二人ともそんなに緊張するなんて」
時間つぶしに、二人を観察してみる。
「あたりまえです。相手はあのトランの英雄ですよ」
マイクロトフさんってば、声が上ずってる。
「解放戦争の折に彼が打ち立てた数々の逸話。伝説。騎士団にいたせいで、人より多くそういったものを耳にしている身としては、やはりかの人に対する崇敬と畏怖を禁じえませんね」
マイクロトフさんほどじゃないものの、カミューさんも表情が硬い。自慢の甘いマスクが強張ってるよ。
「……そんな大層なものでもないんだけどね」
くすりって小さな苦笑が漏れた。僕は慌てて振り返る。
若草色のバンダナ。赤い服。身長は同じくらいなのに、僕よりずっと花車な身体。夢に描いていたままの、ううん!それ以上に麗しい花の顔(かんばせ)が僕を見て微笑んでる。
「マクドールさん!!!」
僕は叫んで思いっきり立ち上がった。ソファーがものすごい音を立てる。二人の騎士が、ソファーが倒れないよう抑えている姿が目の端に映ったけど、見なかったことにした。
だって、僕の意識はマクドールさんに集中しているので全部だったから。背景処理にまで気を使ってる暇はなかったんだもんっ。
「あいかわらず元気だね。カイネ」
はあ~、うっとり。やっぱり、素敵だよなあ、この人。
「はい!もちろん、目一杯元気です!!」
一番に話し掛けてくれたのが嬉しくて――この中で顔見知りが僕しかいなかったせいかもしれないけど――精一杯返事をする。マクドールさんは僕のそんな姿がおかしかったのか、くすくすと笑った。……もうちょっとアダルトな再会を演出すればよかったかな。まあ、笑ってくれたからなんでもいいけど。
「坊ちゃんは、カイネさんのこと随分と気にかけられていたんですよ」
お茶とお菓子を手に後から入ってきたグレミオさんが教えてくれる。
「えっ、ほんとですか!?」
グレミオさんっ、なんてナイスなことを教えてくれるんだ!ありがとう!!
僕が感動に眼をうるうるさせていると、マクドールさんはちょっと困ったように、「グレミオ」って嗜めた。
……本当なんだ。どうしよう、すっごく嬉しい。
「あの、大変失礼なことをお伺いしますが」
じ~んっって浸っていると、マイクロトフさんが横槍を入れてきた。
せっかくいいトコロだったのに邪魔するなんて酷いよ。この次の戦争で最前線送りにしちゃおかな。……って、マイクロトフさん、なんでそんな怪訝な顔でマクドールさんを見てるの?
「貴殿が、セラウィス・マクドール殿ですか?」
「そうですけど?」
マクドールさんがちょこっと首を傾げる。
そんな仕草も可愛いっ!とか思いながら、僕も同じように首を傾げた。
「マイクロトフさん?どうしたんですかいきなり」
「いや、その……」
口篭もる青騎士の後を引き取り、カミューさんが口を開く。あいかわらず相方のフォローに追われるんだねカミューさん。
「マイクロトフは驚いているんですよ。まさかトランの英雄が貴方のような、その、お若い方だとは思わなかったものですから」
かく言う私も、驚いていますが。
「もっと見るからに豪傑な人物でも思い描いてましたか?」
気分を害した風も無く問い掛けるマクドールさんに、言いかけてしまったことだからと二人はしぶしぶ頷いた。
「二人とも、マクドールさんに失礼じゃないですか!」
そりゃ、僕も最初は驚いたけど。何も莫迦正直に面と向かって言わなくったって、いいじゃない。
前言撤回。この二人、次の戦争では最前線改め囮役に決定。敵の本陣に置き去りにしてきちゃえ!
憤慨する僕をマクドールさんがやんわりと宥めた。
「噂なんてそんなものだよ、カイネ。僕が聞いた君の噂も実物とは随分かけ離れたものだったしね」
「そ、そうなんですか?」
僕は顔を赤らめた。マクドールさんが聞いた僕の噂。一体どんなものだろう。
興味津々で訊ねても笑って答えてくれなかったってことは……そんな変な噂だったのかな。
場合によっては、裏から手を回しておかなくちゃ。他の人はどうでもいいけど、マクドールさんの耳にだけは、あんまり変なこと入れて欲しくないもん。
よしっ、帰ったらさっそくリッチモンドさんに相談にいこう。
ガッツポーズを決める僕の肩を、マクドールさんが軽く叩いた。
「とりあえず、落ち着いて座ったら?お茶が冷めてしまうよ」
……反省。僕って時々、ちょっと思考が走っちゃうところがあるんだよね。気をつけなくちゃ。
「マイクロトフ殿とカミュー殿もどうぞ」
「……まだ、名乗ってなかったと思いましたが」
促されたとたん、カミューさんが変な顔をする。あれ?そういえばそうだったかな。僕もマクドールさんを窺い見た。
「貴方がたが騎士団領の出身であることは一目でわかりますし、カイネが青騎士団長マイクロトフ殿の名を呼ばれてましたから」
ごくあっさりとマクドールさんが種明かしをする。
「それに、お二方が最近騎士団領を抜け、同盟軍の傘下に入った話は有名ですし」
そうか、噂っていいかげんな嘘ばっかり流れているわけでもないんだね。何が本当か見極める目が大事なわけだ。僕が感心していると、カミューさんがひとり納得したように何度も頷いた。
「解放軍のリーダーは頭の切れる人物だと窺っていましたが、なるほど。噂に違わぬ御仁のようですね」
おみそれいたしました。と立ち上がって優雅に一礼する。
あ、マクドールさん困ってる。僕は気まずくなる前に、さっさと用件を切り出すことにした。
決してカミューさんたちばっかり、マクドールさんと話してずるい!なんて思ってたわけじゃないよ。
「マクドールさん。今日はお願いがあってきたんです」
息をすって、吐いて。
意を決して、何度も何度も頭のなかで練習した言葉を口にする。
「僕と一緒に戦ってくれませんか」って。
お茶を口に運ぶ、マクドールさんの手が止まった。
マイクロトフさんとカミューさんも唖然として僕を見つめてる。
「カイネ殿……」
「それはちょっと……」
いくらなんでも無茶だと言いかける二人を、睨み付けて黙らせる。勝手についてきたくせに。人の恋路を邪魔するんなら、蒼き門の紋章で異界に飛ばしちゃうからね!
僕の熱意が伝わったのか、とりあえず二人は口を閉ざした。こころなし青ざめて、僕を見る眼が怯えを含んでるけど……きっと気のせいだよね。
マクドールさんはちょっと考えてから、茶器を静かにテープルに戻した。そんな動作にも気品が漂うのは、やっぱり大貴族たる所以だろうか。うっとりしている僕を正面から見つめる。
「カイネ、僕がこの間言ったことを覚えてる?」
もっちろん!僕がマクドールさんから聞いたことを忘れるなんてありえない。
大きく頷く僕にマクドールさんは微笑んでくれた。大変よく出来ましたってことなのかな。
「君が困っているときは、出来る限り手助けをしようと僕は言った。その言葉に偽りはないよ」
「はい!」
じゃあ、じゃあ、OKなんだと密かに拳をぐってしていたら、
「でも、僕は同盟軍に入ることはできない」
「あ……」
莫迦みたいだけど、そのときになって僕はやっと気づいた。
そうだよね。マクドールさんはトランの英雄だもん。都市同盟の戦争に参加すれば、あちこちに影響が出てしまう。トランは僕みたいなのが、マクドールさんを顎でこき使う――絶対そんなことしないけど、端から見ればそう見えるかもしれないでしょ――のを良く思わないだろうし、反対に都市同盟は、トランが機に乗じて侵攻するつもりなんだって邪推するかもしれない。
シュウさんあたりが、いかにも考えそうなことだもん。ほら、あの人って人の好意とか、無償の奉仕とか考えられない人だから。ついつい物事に裏を見ちゃうんだよね。いやだなあ、心の狭い人は。
ふうっ……ってため息ついてる場合じゃなかった。
明日の幸せのためには、こんなところでメゲるわけにはいかない。
「じゃあ、お客様として招待します。戦争とかも参加してもらう必要なんてぜんっ……ぜん!無いです!!」
そりゃあね、マクドールさんの戦闘能力が欲しくないって言ったら嘘になるけど。
……少しでも長くそばにいたいから。
本当はね、一緒に戦ってください、なんて単なる口実に過ぎないんだ。マクドールさん真面目そうだから、好印象を与えられる理由を考えただけで……逆効果だったみたいだけど。
「僕、マクドールさんともっとお話ししてみたいんです……それでも、駄目ですか?」
必殺、捨てられる子犬の目攻撃!
ジョウイなら、これでたいていの我が儘は通るんだけどな。
「僕が同盟軍を訪れれば、皆がいろいろ言うだろう。随分と不愉快な思いをするかもしれないよ?」
さすがマクドールさん、簡単には絆されてはくれないか。
しかーしっ!ここで引いたら男が廃る!!
「そんなの、ちっとも気にしません!これまでだって、いろんなこと言われてましたから。何もしないで、憶測して、勝手に噂している人たちなんてどうでもいいです。僕にはマクドールさんがいてくれることのほうがずっと大事ですから」
力説しすぎて、途中ちょっと本音がでちゃったけど、まあいいか。大切なのは僕がどれだけマクドールさんを必要としているかってことだもん。
うまく伝わってくれてるといいな。
入試の結果を待つ受験生のような気持ちで返事を待っていると、マクドールさんが「いいよ」って頷いてくれた。
「え?」
「さっきも言ったとおり、僕は君達の戦争や軍事行動には参加できないけどね。友人としてなら、できるかぎり協力するよ」
約束もしたしね。
「マクドールさん!!」
感激のあまり、僕はテーブルを踏み越えてマクドールさんに思いっきり抱きついた。あーあ。お行儀よくしようって誓ってたのに。でも、幸せだからいっか★
「ちょ……とっカイネ」
マクドールさんは、最初ちょっと抵抗するみたいに身じろいだけど、僕が張り付いて離れないから諦めてくれたみたい。
しょうがないなあ、っていう風に軽く背中を叩いてくれる。
「僕はね、カイネ。君が将軍だから協力するんじゃない。友人だから手助けするんだよ。そのことをちゃんと覚えておいて」
間近で覗き込まれて、頭がくらくらしていた僕は、だからことのときは気づかなかったんだ。
マクドールさんがこの一言にどれだけの想いを込めてくれていたのかを。
わかったとき、僕がどれだけ感謝したかなんて、もう、もう!口では言い表せないくらいなんだけど、これはもう少し後の話。
とにかく僕は今、天にも上る気持ちっていうのを、身をもって体験している最中だった。
「坊ちゃん、出かけられるんですか?」
いつの間にか僕達の後ろ――正確にはマクドールさんの座るソファーの後ろだけど――にグレミオさんがいた。
「うん、ちょっと行ってくるよ」
そういえば、マクドールさん、長旅から家に帰ってきたばかりなんだよね。連れ出しちゃって怒られちゃうかな。
僕が内心びくびくしながら待っていると、グレミオさんは、なんだかやけに嬉しそうに微笑んでいた。
「わかりました。いってらっしゃいませ。夕食までには帰ってきてくださいね」
……もしもし?グレミオさん。遠足じゃないんだから。
バナーの峠越えるだけだって、まる半日はかかるんだよ?ビッキーのテレポートはグレッグミンスターまで届かないみたいだし。どう考えても無理なんじゃあ……。
でもマクドールさんは、ちゃんと頷いてあげていた。
「わかった、なるべく早く戻るよ」って。
やっぱり優しいんだなあ、マクドールさん。
「あっ、お二人とも、そのままにしておいていいですよぉ」
ふいにグレミオさんが大きな声を上げるから、なんだろうって思ってみたら、二人の騎士が、倒れた茶器を一生懸命片付けていた。
帰りの道すがら聞いたところによると、この茶器、遠い異国の有名な工房で焼かれた作品で、一客で青磁の壺1コと同じくらいの値打ちがあるんだってさ。どうりで二人ともいやに慌てふためいていると思ったよ。
えへへっ、失敗。
「笑い事じゃないでしょう!もし弁償なんてことになっていたら、軍師殿がなんと仰ったか」
……ごめんなさい。シュウさんには黙っていて下さい。
それでなくとも、勝手に外出しちゃったことでお小言喰らうんだろうし。う~。やだなあ、このままマクドールさんと駆け落ちしちゃおっかな。
「気にしなくてもいいよ。陶器なんていつかは壊れるものなんだからね」
そう言って、マクドールさんが慰めてくれなかったら、僕は実行に移していたと思う。別に、それでもよかったんだけどさ。
「あ、でも、ナナミもマクドールさんに会いたがってたからな」
おいてくと恨まれちゃうよね。
ひとりごちると、マクドールさんが僕を振り返った。
「カイネ、君と一緒に行くのに、ひとつだけ条件をつけさせてもらってもいいかな」
……?なんだろう。
「えっ?はい、僕に出来ることなら」
「できたら、名前で呼んで欲しいんだ」
名前?名前!?それは、願ってもない!!
「えっと……セ……セラウィスさん?」
恐る恐る呼びかけると、マクドールさん……じゃなかったセラウィスさんは「うん」って頷いてくれた。
し、幸せ……。これで僕達の関係も一歩前進だ!
バナーの峠の魔物は、僕達二人がそろうと、格下もいいところの雑魚と化す。
幸福の絶頂で気分が大らかになっている僕は、やさしく出会った魔物たちを見逃してあげた。セラウィスさんと協力攻撃するのもいいけど、今日はゆっくり話したい気分なんだ。
後ろでは、マイクロトフさんとカミューさんがちょっとだけ瀕死に陥ってたけど、気づかないフリをしてどんどん先に進んでしまう。
邪魔者がいなくなれば、ふたりっきり、だもんね。
2001/03/25 UP