ever after

 お祭りを見に行きませんか?


 そう誘いを掛けたら、とても驚いた顔をされた。
 当然だよね。何年も会ってなかった人間が急に目の前に現れて、開口一番にこんなことを言い出したんだから。
「・・・・・・カイネ。・・・ナナミと・・・・・・ジョウイ、はどうしたの?」
 別れたときと変わらない僕の姿を見て、セラウィスさんが戸惑いがちに問いかけてくる。あいかわらず、どうでもいい他人の心配ばかりしてるんだね。
 駆け寄って抱きついてきてくれるぐらいのことはして欲しかった僕としては不満だったけど。とりあえずは彼の不安を取り除いてあげることにした。
「大丈夫、生きてますよ。どこか遠くの街で元気にやってるんじゃないかな?」
 僕も長いこと会ってないから、今の様子はわからない。でも、あの二人のことだから心配はいらないと思う。
「それなら、どうして・・・・・・」
 自分に会いに来たのかと訊きたいのか、なぜ僕が不老になっているのかを尋ねたいのか。
 僕はどちらの答えも、一言で片づけた。
「迎えに行きますって、約束したでしょう?忘れちゃったんですか?」
「・・・・・・それは、覚えているけど」
 どうしてもこの人に会いたかった。
 同じ時を過ごしたかった。
 半ば奪うようにしてジョウイから紋章を譲り受け、旅に出たのが別れてから2年ほど経った頃。だから僕は、厳密にはあの時よりも2歳ほど年をとっている。ただ身長はほとんど伸びなかったし、体重も変わらなかったから見た目にはあんまりよく分からないけど。
 使用者の生命力を削って威力を発揮するという中途半端な紋章は、そんなところにまで影響を及ぼした。御陰で、大きく格好良く育った僕をセラウィスさんに見て貰う計画が台無になっちゃったよ。
「少し遅くなりましたけど、ちゃんと約束を守れたでしょう」
 セラウィスさんは自分の痕跡を消すのが上手い。しかも『英雄』にあやかって名前を付けられた子供達が相応の年頃に成長しちゃってるから、同じ名前、似たような特徴の人物があちらこちらにごろごろいたりするんだ。
 星見のおばさんは役に立たないし、ルックは非協力的で、途中で何度めげそうになったか知れないよ。もちろんこの人を諦めることなんてできようはずもないんだけど。
「ジョウイたちの元へ帰ってあげたほうがいい・・・・・・」
 地面に目線を落としたまま、セラウィスさんがひっそりと言う。
「ご迷惑でした?」
 僕を見てくれないことが悲しくて項垂れると、過去の英雄はゆるく頭を振った。
「そうじゃないよ。この辺は情勢が芳しくないから・・・・・・君がここにいるのはあまり良いことじゃない。あの二人だって君の帰りを待っててくれているだろうしね」
 かつて都市同盟と呼ばれていたこの地区は、再び動乱の時を迎えようとしている。
 中央には同盟軍の中枢を担っていた人たちが、まだまだ現役で頑張ってるんだ。もし彼等が僕を見つけたら、もう一度旗頭に据えちゃおうなんて莫迦な了見を起こさないとも限らない。僕と同じく・・・・・・ううん、それ以上の実績を有する隣国の英雄の危惧は至極当然なものだった。
「心配してくださってありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。たとえ僕を見つけだせても、シュウにはどうこうする余裕なんて残ってないでしょうから」
「カイ・・・・・・ネ?」
「建国より十数年。あの融通の利かない軍師が采配を振るったにしてはよく持った方ですよね」
 短気な彼がどんな顔をして国を治めてきたのかと思うとなんだか、おかしい。
 胃に穴のひとつやふたつは空いたんじゃないかなあ。
 一国の主となるのは、レパント大統領みたいに鷹揚で民衆を惹きつける性質の人物が適している。あるいは圧倒的なカリスマと支配力で他の追随を許さないセラウィスさんのような覇王タイプの人間か。
 あいにくとシュウはそのどちらでもなかった。彼はあくまでも軍師で、自分が立つよりは他者を引き立てる方が向いてる。シュウ自身もそのことはよくわかっていたんだろうけど。人手不足の同盟軍には適任者がいなかったから、しかたなく・・・・・・ってとこだったんだろうね。
「僕はもうこの国のために動くつもりはありません。それと、あなた以外の場所に還りたいと思うこともないですよ」
「カイネ、まさか君・・・・・・」
 セラウィスさんの顔が僅かに曇った。さすがに良い勘している。

―――そう、この騒ぎの切欠を作ったのは僕だ。

 中央の強引な政策に不満を募らせている人たちを先導して、徒党を組むように促して。
 ほんの少しだけ後押ししてあげたら、あとは坂道を転がり落ちるように走っていった。
「何故、そんなことを?」
「さっきから僕に質問しばかりですね、セラウィスさん」
 以前は僕が一方的に訊いてばかりいたのに。
 何故かなんて決まってるでしょう。
「あなたに、会いたかったんです」
 会いたくて、声が聞きたくて――温もりを感じたくて。
 この腕に抱き締めたくて気が狂いそうだった。
「争いが起きれば、あなたは必ず近くに現れると思った。そろそろ『これ』に餌を与えないといけないんでしょう?」
 右手を取り上げて手袋の上から口づけると、セラウィスさんが小さく震える。
「力、同盟軍の城に遊びに来ていたときと比べると、随分と弱まっちゃってますよね。一体どれだけ長い間飢えさせていたんです?」
 身近な人の生命を喰らって成長する紋章――『ソウルイーター』
 主たるセラウィスさんの肉親も、親友も、尊敬していた人をも吸収して力を付けてきた、27の紋章中もっとも因業深き紋章と称されるそれ。
 だけど、僕は知っていた。『身近』っていうのはなにも、血縁とか親しみとかのことだけを指してるわけじゃない。単なる距離的な近さでもかまわないんだ。
 そりゃあ、紋章が得る力には多少差がでるみたいだけど。質が足りない分は、量で補えばいいわけだから。戦場はソウルイーターが力を蓄えるのに最適の餌場だった。
「そのためだけに、平和だった土地に火種を投げ込んだの?この国は君が築いたものなのに?」
 セラウィスさんが始めて顔を上げた。闇の中に篝火が灯るような不可思議な色合いの虹彩に、にっこりと微笑む僕が映る。
「僕が作ったんだから、壊す権利も僕にありますよね。あ、でもさっきも言ったとおり、もう手出しするつもりはありませんよ。お祭りは参加するのも面白いですけど、見ているだけでも充分に楽しめますから」
 握りしめていた手を軽く引き、胸に倒れ込んできた身体を柔らかく抱き締めた。
「あなたには一番の特等席で見せてあげますね」
 だって、これは僕があなたのために用意した供物なんだから。

 あなたと共にあるために。
 あなたと共に墜ちるために。

 大地を染めるほどの血と、空を揺るがすほどの怨嗟の声を捧げよう。

 囁きかけて間近から覗き込む。もう視線が逸らされることはなかった。
 そこにあるのは恐怖でも蔑みでも嫌悪でもなく。ただ少しの哀しみだけ。

「きっと盛大なものになるんだろうね・・・・・・」

 小さく頷いて応えてくれた綺麗な顔に手を添えると、触れあう寸前の唇が微かにそう呟いた。
2003/03/17 UP
時節は3開始の5年くらい前になるでしょうか。
これを書いた時点ではまだ3は出てませんでしたが(笑)
なんとなくつじつまが合ってしまったのでそういうことに決めました。