Sequel
グレッグミンスターの皇城で一番立派な部屋。
その中央に置かれた巨大な寝台に潜り込みながら、僕は隣の人物を伺い見た。
「僕、前から気になってたことがあるんですけど……」
「なにかな、カイネ」
ふかふかの枕に寄り掛かり、分厚い本を開いていた総帥がページから顔を上げる。
「どうしてこの組織に『悪の秘密結社』なんて名前を付けたんです?」
別に幼稚園バスをジャックするわけでもなし。悪事に手を染めているわけでもないのに。
ああ、とセラウィスさんが頷いた。
「この名前にするべきだって、強く薦める人がいたからね。僕は別になんだってよかったし……」
「……誰ですか一体」
そんな悪趣味なセンスの持ち主は。
「レックナート……組織の体裁が整ったばかりの頃に『運命の執行者』と名乗って突然現れた星見の女性だよ。そういえば、ルックは彼女のお弟子さんだったよね」
僕は自己陶酔の入った演説好きのおばさんの顔を思い出して頭を抱えた。
「…………そのおばさん、レジスタンスのところにもきたんですけど」
そうみたいだね、とセラウィスさんがくすりと笑う。
「あの人も『真の紋章』の保持者だから。僕たちよりずっと長く生きているようだし退屈なんだろうね。時折、人々の前に姿を現しては騒動の種をまき散らしていくみたいだよ」
ってことは僕たち、あのおばさんの暇つぶしにされてたわけ?
「……すっごく傍迷惑ですね、それって」
「そうだね。けど、それなりに利用価値のある人ではあるよ」
さらりと言って本を閉じ、サイドテーブルに乗せる。邪魔になったら片づければいいんだしね、と小さく付け加えられた言葉に僕は協力を申し出ておいた。
「ね、セラウィスさんはこの先もずっと大陸の統治を続けていかれるおつもりなんですか?」
『真の紋章』の主となった者は、寿命の枷から解き放たれる。彼が望むなら未来永劫国を治めていくことも可能だった。
「まさか。もう少し国が落ち着いたら他の人の手に委ねるよ」
圧倒的な支持率を以て玉座に君臨する覇王。されどいかに優れた人物であろうとも長きに渡る統治は停滞を呼び起こす。セラウィスさんはちゃんとそのことをわかっているんだ。
「わかりました。では旅に出るときはいつでもお声掛けくださいね。ちゃんと支度をして待ってますから」
「いっしょにくるつもりなの?」
きょとんとしてセラウィスさんが目線を上げる。僕は重々しく頷いた。
「もちろんです!当然でしょう」
「でもカイネはここで働きたかったんだよね。せっかく得た職場を失ってしまってもいいの?」
思いっきり勘違いされてるし。
就職してみてわかったことだけど、総帥は予想以上に天然ボ……もとい、おっとりした人だった。そのおかげで周囲の積極果敢なアプローチにまったく気づかず、特定の相手がいなかったわけなんだけど。いい加減僕の気持ちぐらいには思い当たってくれてもよさそうなのに。
「僕はここで働きたかったわけじゃない。セラウィスさんの傍にいたかったんです」
婉曲話法なんて使ってると百年経っても進展がなさそうなので、直接的な表現を使ってみた。
「そ、そうなの?」
僅かに目元を紅く染めてセラウィスさんが目線を逸らす。珍しくこちらの感情が伝わったらしい。この機会を逃さず、顎に指をかけて引き戻し余った方の手を彼の頬のすぐ脇についた。
「僕と一緒なのは嫌ですか?」
「そんなことはないけど……カ、カイネちょっと……」
僕の腕に閉じこめられる格好になった総帥が身動ぐ。もちろん放すつもりはまったく無かった。
「はい、なんでしょう?」
シーツについていた方の手を彼の背中に滑らせる。総帥の肩が僅かに跳ね上がった。
「……自分の部屋があるでしょう。どうして毎晩ここで寝るの?」
今頃になってそんなこと聞いてくるなんて、本当におっとりした人だなあ。まあ、そんなところも可愛いくはあるんだけど。
「僕、お茶汲み係ですから、セラウィスさんが望んだときにいつでも美味しいお茶を入れて差し上げたいんです。その為にはなるべく一緒にいないと」
「眠っているときまでお茶を飲みたくなったりはしないけど……」
うわ~、折角爽やかな笑みを作ってみたのに、あっさり切り返されちゃうし。
「夜に喉が渇いて目が覚めることだってあるでしょう。……僕がここにいるとご迷惑ですか?」
もし、頷かれちゃったらどうしよう。不安を滲ませた声で恐る恐る問いかけると、セラウィスさんがそっと僕の頭を撫でてくれた。
「そんなことはないよ。……カイネと旅ができるのも、嬉しいし」
「はい!一緒にいきましょう!!」
感激!セラウィスさんがこんなことを言ってくれるなんて!!
嬉しくなってぎゅうっと抱きしめる。
「カイネ……ちょっと、苦しい……」
セラウィスさんが焦った声を出したけど……ごめんなさい、制止ききそうにないです。
「大丈夫!責任はバッチリ取りますから、安心してくださいね」
「責任って、何の?」
「じきに分かります。……大好きです、セラウィスさん」
ありったけの想いを込めて伝えると総帥が不思議そうに僕を見上げた。
「どうしたの突然?」
日常的に告げているこの台詞が、どれだけ真剣だったかなんてこの人にはわからなかったんだろうな。
けど、僕は気付かれないのも、置いていかれちゃうのも嫌だから。
一緒に幸せになりましょうね、って祈るように囁いて。愛しき人にそっと唇を重ねた。
2002/08/19 UP