murmur6/希望の欠片

「あっ!マクドールさんッ!!」
 つい大きな声を張り上げてしまった僕は、慌てて口元を抑えた。マズイマズイ。もう真夜中過ぎてるんだった。
「カイネ。どうかした?眠れないのかな?」
 ふんわりとした笑顔を浮かべるこのお人こそ、何を隠そう(いや、別に隠してはいないんだけどね)、トランの英雄ことセラウィス・マクドールさんだ。
 玄関先で星を眺めていた僕が、そろそろ部屋に戻ろうと廊下を歩いていたら、反対側から現れた彼とばったり鉢合わせをした。
 これぞまさしく運命の出逢い!お星様が僕達を祝福してくれてるに違いない!!
 僕は高鳴る胸を抑えつつ、マクドールさんに駆け寄った。
「星を見てたんです。なんだか、昼間の戦いが尾を引いてるみたいでちょっと興奮しちゃって」
 昼間のマクドールさんとの衝撃的かつ!運命的な出会いが忘れられなくて!っていうのが正しいんだけど。本人に言うのはちょっと気恥ずかしい。
「マクドールさんこそ、こんな時間にどうなさったんですか?」
「ルックと話し込んでたら、遅くなってしまったみたいだね」
「そうなんですか」
 やーっぱり、ルックか。あの魔法使い、いっつも美味しいところ持ってちゃうんだから。一度じっくりと話し合う必要があるかもしれないなあ。
「香草茶でも入れようか?気持ちを落ち着かせてくれるから、きっとよく眠れるよ」
「は、はいっ!」
 マクドールさん手ずからお茶を!こ、光栄です~~。
「あ、でも。できたらちょっとだけ、お話しちゃ、ダメ……ですか?」
 せっかくここで会えたんだし、眠っちゃうのはもったいない。
 僕たち明日の朝にはコウを迎えに行って、帰らなくちゃいけないんだ。そうしたら今度はいつ会えるか解らなくなる――もちろん、時間を作ってでも会いに来るけどさっ。せっかくの機会なんだから、ルックだけじゃなく僕ともお話して欲しい。
「……なにを、聞きたいのかな」
 ああ、そうやって、小首を傾げる風情も可憐ですっ!
 うう~抱きつきたいけどここは我慢。気分を害されてお話ししてくれなくなっちゃったら困るもんね。
「ハイ!えっと、なんでもいいです。マクドールさんの好きな食べ物の話とか、ご趣味とか!あっ、3年間で旅した土地の話でもいいですッ!」
 もう、マクドールさんのことなら、なんだってっ!
 いけない。嬉しさのあまりまた、声が大きくなちゃったよ。僕の莫迦!マクドールさんが驚いてるじゃないか。
「あの、ごめんなさい。うるさくして」
 恐縮して首を竦めると、彼は小さく頭を振った。
「この屋敷は、あまり音が響かない作りになっているからそんなに気にすることはないよ。もう少し、違う質問をされると思っていたから。ちょっと意外に思ってね」
 違う質問?好みの女の子のタイプとか?
 うーん。でもそれが自分と著しく違うタイプだったりしたらショックを受けちゃいそうだしなぁ。
「カイネは、自分で立つことの意味を知っているんだね」
「え?え?」
 どういう意味なんだろう?なんとなく、誉められているらしいのは解るけど……。
 僕がしきりと頭を捻っていると、マクドールさんは「気にしなくていいよ」って微笑んだ。
「僕の話で良ければ、いくらでも聞かせてあげるよ。香草茶も部屋においてあるしね」
 お部屋ですね!お邪魔させていただきますともっ!!
 僕はうきうきとしてマクドールさんの後についていった。
 それから朝まで、ずーっとお話してたんだよ。
 ……と言いたいところなんだけど。お茶が効力を発揮したのか、耳に心地よい声に眠気を誘われたのか。僕は途中から眠ってしまったんだ――それもマクドールさんのベッドで。
 目が覚めたら、朝陽の中で柔らかな笑みを浮かべたマクドールさんが「おはよう」って優しく前髪を梳いてくれた。
 ご、ごめんなさい寝床占領しちゃって。しかも、僕、マクドールさんの腕を掴んで放さなかったみたいで……うわ~っ!!すみません、すみません。僕のせいで、眠れなかったんですよね。マクドールさんだって長旅から帰ったばっかりで疲れていたでしょうに。すっごく反省してます。自己嫌悪してます。
 でもね。でも、ちょっとだけ、えらいぞ僕ッ!って自分を誉めてあげたくもなったんだ。だって、あんな綺麗な顔でトランの英雄様に朝の挨拶をしてもらえたんだもん!!!生きてて良かったぁってしみじみと思ったよ。

 そんなわけで、つかの間の休息はかなり満足のいくものとなった。僕は意気揚々として、同盟軍への帰路につく。
 コウはもちろん無事だった。昨日は紫色の顔して脂汗浮かべてたのに、今朝になったらけろりとして僕たちの隣を歩いてる。さすがはホウアン先生のお師匠さん。薬作りの匠として知られている人だけのことはあるなあ。
 マクドールさんは、バナーの村まで見送りに来てくれた。コウの身を案じてっていうのが一番の理由なんだろうけど、一緒にいられることに変わりはない。

 出迎えてくれたエリは、泣きながらコウに抱きついた。
 コウの自宅である宿屋には、バルカンさんが連絡を入れておいてくれた――これもマクドールさんの指示だよ――んだけど、やっぱり心配してたんだろうな。
「コウ!無事だったのね。バカッ、すごく心配したんだから」
「ごめんなさい、エリお姉ちゃん」
 しおらしくコウが謝る。
 僕はその光景に、ジョウイと二人でラウド隊長の手から命からがら逃げ出して、キャロに戻ったときのことを思い出していた。
 ナナミ、あれが普通の感動的な再会というシロモノなんだよ。いきなり人の胸座つかまえて、ガンガン地面に叩きつけるのはちょっと違うんじゃないかと……まあ、心配かけた僕が悪いんだけどさ。
「セラウィス様。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
 エリは涙を拭くとマクドールさんに向かって丁寧にお辞儀をした。あれ?エリってもしかして、マクドールさんのこと知ってたの?
 僕が目でルックに訊ねると、魔法使いの弟子は面倒くさげに頷いた。
「彼女は戦禍を逃れて、解放軍の城に一時期身を寄せてたんだよ」
 丁度、人手の足りない時だったから、マクドールさんの身の回りのお世話とか雑用とかを手伝ってもらってたんだって。いいなあ。僕もその頃に出逢っていれば寝室にだって忍び込め……いやいや、もっと仲良くなれていたかもしれないのに。
「僕は何も……。がんばったのは彼だよ」
 エリに答えて、マクドールさんが僕の肩をぽんって叩いた。僕なんて、戦闘以外のことは何にもしてないのに。ホント奥ゆかしい人だなあ。
「コウくんも無事送り届けたことですし。そろそろ私達も帰りましょうかねー」
 グレミオさんがのんびりした口調で『坊ちゃん』に話しかけた。コウがトテトテと近づいてきて、僕たち二人の服の裾を掴む。
「お兄ちゃんたち。たすけてくれてありがとう」
 無邪気な声でお礼をされた。な、なんかこっちを見る瞳がキラキラしてるんですけど……?
「えっと、こっちがトランの英雄のセラウィス様で……」
 最初にマクドールさんの手をぎゅっと握って、
「それでもって、こっちが同盟軍のカイネ将軍だったんだね。ごめんなさい。ぼく勘違いしてたみたい」
 次に僕の手を取って握手してきた。
 訂正しなかったのは僕なんだから、構わないんだけどね。怒ってないよって伝えるために軽く頭を撫でてあげると、コウはほっとした笑顔になった。
「すごいや、ぼく二大英雄に助けられたんだね。みんなに自慢しなくっちゃ!」
 あんまり吹聴されるのも困るんだけどな、なんて言うだけ無駄か。コウはすでに村で遊んでいる他の子供達の輪に向かって走り始めている。
「こら、コウ待ちなさい……あっ、申し訳ありません。セラウィス様。わたしも失礼します」
 エリが慌ててその後を追った。どうでもいいけど、僕たち完璧に彼女の視界に入ってないよ。
「カイネくん」
 苦笑して眺めていたら、グレミオさんに名前を呼ばれた。
「わたしたちは、しばらくグレッグミンスターにいますから。いつでも遊びに来てくださいね」
「ハ、ハイ。ぜひ伺いますっ」
 シュウさんにネチネチと小言を言われることになったって必ず!
「あなたの瞳には、3年前にわたしたちが坊ちゃんに見たのと同じ希望の光が宿っています。大変なことや辛いこともあるでしょうが頑張ってくださいね」
 なんだかグレミオさんが、まだごちゃごちゃ語ってたけど「遊びに来てくださいね」のひと言に舞い上がっていた僕は半分以上聞いていなかった。顔が緩むのを賢明に抑えながら――マクドールさんの前でだらしのない顔はできないじゃない――適当に頷いておく。
「セラウィスさん……」
「セラウィス様、あの……」
 フッチとカスミさんが何事か言いかけて、マクドールさんの微笑みに口を噤んだ。そりゃあね、この人に笑いかけられたりなんかしたら思考なんて吹っ飛んじゃうよね。
「ふたりとも、またおいで」
「……セラウィス様……」
 うわあー、あの冷静なカスミさんが恋する乙女モード全開だよ。フッチも似たり寄ったりの反応をしてるけど、こっちは見なかったことにしておこう。
 ルックは我関せずといった顔で知らん顔をしてた。でも、きっとひとりで遊びに行くつもりなんだって僕には解ってる。ビッキーより正確な転移魔法が使えるんだもん。僕たちのためにはぜんぜん使ってくれないけどさ。
 ちょっと外れたところで、面白くなさそうな顔をしているのはサスケだ。憧れのカスミお姉ちゃんが取られちゃったみたいで哀しいんだよね。ふっ、お子様はこれだから。
 あれ、そういえばナナミは?って見回したら、僕のお姉ちゃんの方は、コウ達と一緒になって遊んでた。も、いいや。好きにさせておこう。それよりもまずはマクドールさんだ。
 二人に負けてはいられない。なにかこう好印象が後を引くような台詞を考えなくっちゃ。
 腕を組んでしばし悩んでいたら、当の英雄様の方から話しかけてきてくれた。
「カイネ、もし僕の力が必要になったら、いつでもおいで。出来る限り力になるから」
 ま、まくどーるさぁぁぁぁ~~~んっ!!!!!
 両手を胸の前で組み合わせ、僕はうるうるしてマクドールさんを拝んだ。う、嬉しいよー。このままお持ち帰りしたいくらい可愛いよー。
 僕の感動が伝わったのか、マクドールさんの腰がちょっと引けた。ルックが呆れた顔をして「さっさと帰るよ」なんて言ってくる。
 情緒のない奴めっ!僕がマクドールさんと仲良くしているから嫉妬したな。
 無視したいところだけど、予定している船の時間も迫っていたから、しぶしぶと従う。
「マクドールさん。きっと、きっとまた会ってくださいねっ」
 来た道を戻っていく彼等と、船に乗り込もうとする僕たちと。
 今は違う道を行かなくちゃならないけれど。
 いつか、同じ道を歩けたらいいな。
 ……同じ灯りのともる家に帰れるようになれたら、いいのに。
 知り合ったばかりなのに、ちょっと考えが飛躍しすぎかな?でも、本当にそうだったらいいなって思ったんだ。
 僕は船の上からいつまでもバナーの村を眺めつつ、あの人の姿を思い浮かべていた。

 ナナミを置いてきてしまったことに気づき、慌てて引き返したのはこのすぐ後の話。
 ごめん、忘れてたよナナミ……。
 おかげで僕たちは、予定より帰城が1日遅れて、シュウさんに延々と叱られる羽目になった。
2001/08/05 UP
やっと終わりました。時間かかりましたねー。
元はといえば、ルックと坊ちゃんの会話が書きたかっただけなんですけどね。
ついでに他の人たちも……と考えたら長くなってしまいました。
2主×坊ちゃん、逆に見えるかも知れません。もうどっちでもいいです。お好きな方でどうぞ(笑)
次こそは、その他の同盟軍メンバーを出したいです。