greet the New Year

 グレッグミンスターが新たなる国の首都となってから、4度目を数える年の瀬。
 人々は年の節目を祝う祭りの準備に忙しく、誰も彼もが落ち着かなげに――けれど楽しそうに大通りを行き交っている。
 僕は、彼等にぶつからないように注意しながら路を横切り、目指す家の門のノッカーを手に取った。もう数え切れないくらい通い詰めているのに、ここに立つといっつも緊張で胸が苦しくなるんだ。
「こんにちは~、グレミオさん。セラウィスさんにお会いしたいんですけどーっ!」
「おや。いらっしゃいカイネ君」
 いつものように迎え入れてもらい、「坊ちゃんは、お部屋で読書をなさってますよ~」という付き人の言葉に従って階段を上る。
 扉の前で深呼吸。気持ちを落ち着けて桃花心木製の入り口を拳で叩いた。
 内側からの声にお許しをもらって部屋に入る。僕の求める人は窓際の椅子に腰掛けて分厚い異国の書を開いていた。
 ああ、そんなポーズも様になっていてステキです!
 世俗の喧噪もここまでは届かないみたいで。ページを捲る微かな音が静寂を一層引き立てる。一枚の絵みたいに調和した光景にうっとりして見とれていると、セラウィスさんが本から目線を上げた。
「カイネ、よくここへこれたね。忙しい時期だろうに」
 ぼーっと突っ立っていた僕に向けられる穏やかな微笑み。
「僕がいても邪魔にされるだけですから。セラウィスさんこそこんなところでのんびりしていていいんですか?」
 彼はこの国に並ぶ者なき『トランの英雄』。遊びに来ておいてなんだけど、てっきりレパントさんだの貴族連中だのに掴まって、年末年始のパーティーに引っ張り回されていると思ってたのに。
「移ろいゆく時の流れとは、無縁になってしまったからね」
 関係のない自分が新しい年の来訪を祝うのは不適当だろうと。
 本を閉じながら、落ち着いた声音でゆったりと語る。

 自分で決めたことだから、大切な親友の遺してくれたものだから。セラウィスさんは右手に宿る力を慈しみこそすれ厭うことはしていない。
 けれど、同時にとても優しい人でもあるから。
 門の継承戦争から4年という月日が流れたいま。徐々に変化していく周囲の者達が、変わらぬ彼を見て心を痛めることのないように。必要以上に近づかせて彼の紋章の呪いに捕らわれてしまうことのないようにと、気を配ってあげているんだろう。
 ま、謂われのない同情や崇拝を向けられるのが鬱陶しいからっていうのもあるんだろうけど。
 とはいえ、それでセラウィスさんがこの時期を楽しめないんだったら不公平だ。
 僕だってせっかく誘いにきたんだもん。ここはひとつかんばって口説き落とさなくっちゃね。

「年明けって単に月日の流れを示すだけのものじゃないですよ。セラウィスさんは季節が巡ることにはあんまり興味を持たれないのかも知れませんけど、切欠が必要なことっていうのはあるでしょう?」
「例えばどんな?」
 首を傾げるセラウィスさんの手から本を取り上げ脇によける。僕と彼の仲を邪魔する憎っき本なんてポイ捨てしちゃいたいところだけど、どう見たって高価そうな本だったから一応気を遣ってみた。
「ええっと、そうですね。普段お掃除していないところを片づけるとか、あまり顔を合わせる機会のない知り合いに挨拶にいくとか。毎日は必要ないけどたまにはやらなくちゃいけないことってあるじゃないですか」
 手間の掛かる掃除を始めるには思い切りが必要だし、遠くの知り合いには会いたいけど急に訊ねていったら迷惑だろうかって悩んじゃったりもする。
「年の切り替わりってそういういつもはやらないことをやる理由をこじつけるのに、最適だと思いませんか?」
 しかも、周りが一斉にやるから自分もやらなくては、という気概も湧き上がってくるし。
「なんだかカイネに言わせると、新年の意味も変わってしまうね」
 くすくすとセラウィスさんが笑った。
「みんながみんな厳粛な気持ちで年明けを迎えてるわけじゃないです」
 最初に出逢った頃より、ずっとくつろいだ表情を見せてくれるようになった相手の頬を手の平で包む。ふわりと上がる視線に合わせて、睫が蝶の羽根みたいに震えた。
 一足早い春の訪れを告げる淡い色の唇に誘われて、そっと自分のそれを重ねる。窓の外は黄昏刻の薄墨色。僕を映し出すセラウィスさんの澄んだ虹彩と同じでとても綺麗だった。
「あとは、大好きな人と一緒に過ごす口実にもなります。僕もこうやって、セラウィスさんに会いにこれましたしね」
「きみは、いつでも僕に会いに来てるのに?」
「それだけじゃ足りないんです」
 もっともっと傍にいたい。抱き締めたこの腕を解きたくない。
 ちょっとでも多くの時間を一緒に過ごしたくて。どうやったら引き留められるだろうかと、毎回、同盟軍の城から帰ろうとするこの人にしがみつきながら考える。お強請りしたり、懇願したり、泣き落としたりしてるけど。当然のことながら、理由があった方が説得しやすいし成功率は高い。
 もちろん最終目標はそんなもの必要なしに、一緒にいられることなんだけどっ!
 今はまだね。その時期じゃないから。
「ね、セラウィスさん。レパントさんとか他の人たちのパーティに出る気がないんだったら、僕と過ごしてくれませんか?」
 それはかまわないけどね。と、セラウィスさんは少し考え込むように口元に手を当てた。
「さすがに同盟軍の城にいくのはまずいかな・・・・・・」
 ふむ、確かに。
 トランで行われる式典や行事への出席を断ってるのに、同盟軍の新年会だけに出てもらっちゃったら方々に角が立つ。
 それに・・・・・・実は僕もあんまり城には戻りたくないんだよね。
 うちの正軍師ときたら、、「軍主殿には、新年に向けての抱負を皆のまえで喋ってもらいます」とか言って、舞台の飾り付けの指揮まで執り始めちゃうんだもん。
 挙げ句に、僕の前に原稿を置いて、『軍主として恥ずかしくない新年の挨拶』なんて題名の作文をやらせるし。

―――今年もみんなが健康でつつがない一年を過ごせるようがんばりましょう。

と、書いて提出したら即却下された。戦争中なんだからつつがなく過ごせるわけがないっていうのがその理由。
 それじゃあって。

―――今年こそみんなで協力して戦争に勝ちましょうね!

にしたら、威厳が感じられないとかでやっぱりリテイク。

 そんなことを3~4回繰り返せば、嫌気が差して逃げ出す気にもなろうというもの。
 ビッキーの元に駆け込んだときに、つい「バナーまでお願い!」って叫んじゃったのは単なる習慣の問題だけど。
 セラウィスさんは多忙だからきっと会えないだろうなあって諦め半分、それでもせっかくここまで来たんだから年末年始のご挨拶だけでもってバナー峠を越えることにした。
 えへへ、やーっぱり、来て正解だったなあ♪
「そうですね。じゃあ二人でほとぼりが冷めるまで逃げちゃうっていうのはどうです?」
「どこへ?」
 う~ん。サウスウインドウとかコボルトの村あたりだとすぐに見つかっちゃうよな。
 いっそのこと、ルルノイエへ行くとか。
 うん。とっさに思いついたにしてはいい考えかも知れない。皇城に近づかなければ、僕達の顔を知っている奴なんていないだろうし。お祭り騒ぎに浮かれている輪の中に子供がふたりぐらい紛れ込んだところで気に留める人なんていないよね。
 ついでに、敵情視察もできるし、いいことづくめじゃない。僕ってば冴えてるなー♪
「ハイランドの皇都では綺麗な花火がたくさん上がるそうですよ?」
 試しに問いかけてみると、トランの英雄はふわりと綺麗に微笑んだ。
「正軍師殿に怒られてしまいそうだね」
 嗜める台詞の割には、声音に拒否する色合いは感じられない。僕は相好を崩して手を差し出した。
「たまのことなんですから、シュウさんだって見逃してくれますよ」
 新旧の年が交わる一年に一度のこの刻。特別な時期のことなんだから。



―――なんてことが、堅物連中に通じるはずもなく。

「何が『たまに』ですか。あなたは何時だって勝手気儘にいなくなるでしょう!」
「我がトラン最上級のVIPを独り占めされるとはいい度胸ですな」

 年末年始であわせて5日ほど行方不明になっていた僕とセラウィスさんは、戻った城で感動的なお出迎えを受けた。
 青筋を立てた我が軍師殿と目の下に隈をつくったトランの大統領に、散々にお小言を喰らっちゃった――お叱りの言葉のほとんどは僕に向けられたものだ――けど、それだけの価値はあったと思う。
 なんたって、セラウィスさんと二人っきりでお出掛けできたんだもんね。

 本当は、古い年と新しい年が入れ替わる事なんて、それほど大したことじゃない。
 とつぜん世の中が良くなる訳じゃないし、目の前に急に道が開けちゃったりするわけでもない。
 大切なのはその時、何をして過ごしのかということ。
 どんな人と一緒にその時を過ごせたのかってこと。
 家族と仲間と友人と同胞と。
 大切な人と。大好きな人と。
 いつもと同じように。だけどいつもとはちょっと違う気分で。
 想いを通じ合えることができたなら、切欠をくれた古い年に「お疲れさま」って感謝して、口実をくれた新しい年に「よろしくね」って挨拶をして。
 幸せな気持ちでいっぱいになったら、次の一年もがんばろうって気持ちになれるから。
 ものすごい剣幕の男二人を前に、涼やかな表情をしている隣の人にこっそりと顔を寄せる。

「今年もよろしくお願いしますね」

 来年もまた一緒に楽しい時をすごせますようにって、願いを込めて囁いた。
2002.01.02 UP
お年賀として配布したSSです。ファイル整理をしていたら出てきたのでUPしてみました。
この頃はやたらとテンションの高い話を書いていたんですね。読み返して微妙に恥ずかしくなりました。