ある流行作家の一日
俺の名は、ヒットマン・ブラボー。いま話題の作家だ。俺の代表作『エークの冒険』を読みたい奴は炎の使い手の城を訪ねてきてくれ。たかが壁新聞と侮るなよ。
俺のペン先から生まれた物語は、炎の使い手達に勇気を与え、ついにはグラスランドを救う英雄にまでのし上げた。そして俺の作り出したヒーロー『エーク』は今も子供達に夢と希望を供給し続けている。
人呼んでヒットマン・ブラボー。それが俺に与えられし創造者としての名前。いずれは文壇に名を残すであろう、今が旬の覆面作家だ。
今日も俺は新しい物語のネタを探し、城内を散策している。グラスランドに住まう百万のファンが俺の新作を待ちわびているのだ。妥協は許されない。
「こんにちは、エースさん。今日も図書室にいらっしゃるんですね。本当に勉強熱心なんだなあ」
にこやかに挨拶をしてきたのは、この城の主であるトーマスだ。当然、彼は俺の正体を知らない。だからってここで本名を出すのは止めて欲しかったぜ。今の俺は執筆活動に余念のない作家、ヒットマン・ブラボーなのだからな。
「あ、トーマスさん、ここにいたんだ!」
真の紋章を受け継ぎ、当代炎の英雄となったカラヤ族の少年ヒューゴが駆け寄ってくる。彼はトーマスに懐いているらしく、はち切れんばかりの笑顔を浮かべていた。
「どうしたんですか?ヒューゴ様」
「その呼び方は止めてくれっていっただろ。下に新しい出店希望者が来てるんだ。セバスチャンさんがトーマスさんを呼んで来てくれってさ」
「わかった。ありがとう、すぐに行くよ」
礼を言われたヒューゴは嬉しそうに頷いている。その様は親しい友人同士と言うよりも主人と彼に誉められて尻尾を振る子犬を連想させた。
そうだな、ここいらでエークの崇拝者ともいうべき弟分を作っておくのも悪くない。これまでは美女を絡めたアダルティー路線を貫いてきたが、子供達にはちょっと刺激が強すぎたかもしれないしな。
エークがいつものようにかいりきで困難を切り抜けていると、ひとりの少年がエークの近くまで駆け寄ってきたのだった。
「駆け寄ってきた君は誰だ?誰なんだ?!」と言ったら、少年は目をきらきらさせてエークを見上げ、「僕の名前はヒューガーです。エークさんの大ファンなんです。エークさんの大ファンなのでどうか僕を弟子にしてください」と、言ったのだった。
エークが「俺は弟子は取らない。取らないんだ」と言ったら、少年は哀しそうな顔で「そこをなんとか。なんとかお願いします」と言って土下座してきたのだった。
「僕はとある部族の長の息子なのです。エークさんが弟子にしてくださったら、僕の持っている財産をすべてエークさんに差し上げますから」と、言ったのだった。
族長の息子である少年の財産を全部くれると言っている少年に、「なに?!財産を?財産を全部俺にくれるっていうのか?」と、エークは言って、大金持ちになった自分を想像して、そしたらちょっぴり気持ちが傾いたのだった。
どうするエーク!!
………………ふむ。
悪くはない。しかし、金銭に目が眩むヒーローというのは、いかがなものであろうか。人間味を感じさせ、読者により近しい存在として親しみを持たせる効力はあるだろう。
だが、エークはあらゆるものを超越した新時代のヒーローなのだ。あくまでも男らしく高潔な人物でなくてはならない。
頭の中で組み立てた構想に満足しながらも、俺は厳しすぎる評価を下した。
もう一度構想の練り直しだ。
気分転換に城の外へと足を向ける。煮詰まった頭をリフレッシュさせるべく湖畔を訪れたが、そこはダック達がただひたすら、食べ物の話に興ずる場所と化していた。煩わしくなってすぐに引き返す。
美しい水辺の光景も、彼等にとっては魚を捕る餌場程度の認識でしかないのだろう。アヒルに芸術を解する心を求めるのは間違っているかもしれないが、あのけたたましさだけはなんとかならないものだろうか。
しかたなく噴水のある中央広場まで戻ってくると、陽光に輝く銀糸が視界の端に飛び込んできた。
「いまやこの地はグラスランド一の商業都市といっても過言ではない。ゼクゼンの評議員共が妙な色気を出さぬようくれぐれも注意しておかなければ」
「さほど気にすることもないのでは?評議員達とて炎の英雄に真っ向から刃向かおうとするほど愚かではないでしょう」
「パーシバル殿の言うとおりです。とはいえ、備えあれば憂いなしですからな。彼等の動向には逐一眼を光らせておくことにしましょう」
「頼むぞサロメ。ここにはグラスランドに住まう全ての民の交流の場として、いつまでも存在し続けて欲しいからな」
見る者の眼に眩く映るのは、決して髪の色のせいだけではない。凛々しい横顔、美しい立ち姿、慈愛に満ちた瞳。真の水の紋章の継承者、銀の乙女クリスは俺の作家魂をこの上なく刺激する存在だった。
はすっぱな女達ばかりを書いてきたが、エークには彼女のような純潔の乙女こそ相応しいのではなかろうか。
白百合の乙女クリーネは、一目見てエークを好きになったのだったが、ゼグゼリアの盾、騎士団長としての立場を捨てきれないのだった。
「ああ、恋がしたいのに。わたしは一生恋ができないのだろうか」と、言って嘆くクリーネに、エークは「そんなしがらみ、俺がたち切ってやる!たち切ってやるぞ!!」と言って、かいりきでゼクゼリアの評議会の壁を押したのだった。
そしたらなんと、壁が倒れて評議会の建物が潰れてしまったのだ!
「さあ、これで君をしばるものは何もなくなった。君は自由だ。自由なんだ!!」と、エークが言ったら、クリーネはものすごく感激して「感激よ、エーク!好き好き。お願いわたしをあなたの伴侶にしてください」と言ったのだった。
続く
よし、文句なしの名文だ。次回はこれでいこう!
白百合の乙女のそこはかとない思慕に心揺れるエーク!だが、二人の住む世界はあまりにも違いすぎた。次回、エークは未練を残しつつも彼女の想いを振り切り、まだ見ぬ土地へと旅立つのだ。
俺は忘れないうちにアイディアを手帳に書き留めると、スランプ脱出の切欠をくれたクリスに軽い挨拶を残し草稿を上げるために自室へと戻ったのだった。
「そういえばここ最近、エースさんの姿をみかけませんね。何か知ってますか?ヒューゴ様、アイクさん」
「なんか、怪我して寝込んでるって聞いたけど」
「……………………彼は…………闇討ちに遭われたようですね………」
俺の名はヒットマン・ブラボー。英雄達さえ目が離せない超大作連載を執筆する、大陸随一の大物作家である。
そうして、あまたの困難をものともせず、俺は今日も創作活動に勤しむのだ。
2003/04/21 UP