sorrow tale
朝、目が覚めたらセラウィスさんがいなかった。
どうして?このところ片時も離れず一緒にいてくれたのに。ううん、違う。僕が側に置いておきたくて手放さなかったんだ。
逃がさないために、毎晩無理をさせた。
弱々しく抵抗するあの人の手首を押さえつけて。
砂漠で水を欲しがるみたいに、何度も何度も求めた。
どうしよう。呆れられちゃったのかな。それとも嫌われちゃった?
僕は不安で胸がいっぱいになって、寝台の下に投げ捨ててあった服を引きよせる。
いまの、僕に残されたのはあの人だけ。あとは、みんないなくなっちゃった。
セラウィスさんにまで見捨てられちゃったら、きっと僕は……。
身支度を簡単に整え、扉に手を掛ける。この向こうへ行くのは、何日ぶりだったかな。
ナナミが消えちゃってからだから、2日……3日ぐらい?それとも、もっと長い間?
なんて、どうでもいいんだけどね、そんなこと。口元に自然と自嘲の笑みが浮かぶ。
ナナミのことはね。すっごく後悔しているし、哀しいけれど。しょうがないよね、って思った。
だって、僕のせいなんだもん。
本当に彼女のことを想っていたのなら、竜口の村でルックの言ったとおり最後まで逃げてしまえば良かったんだ。
あるいは、どこか地方の安全なところへ避難させてしまえばよかった。
僕が危機に陥ったとき、ナナミがどういう行動を取るかなんて火を見るよりも明らかだったのに。
……死なせてしまった、僕の大切なお義姉ちゃん。
ナナミの笑顔は、人の心を和ませる。城がいつも明るかったのは、彼女が元気いっぱいに走り回る姿があったから。
シュウなんて、僕の不手際に対する周囲の不満への緩衝剤として彼女を利用していた節さえあるんだよ。わかっていて、そのままにしておいた僕も同罪だけどさ。
だから、納得がいかなくても僕だけはきちんとナナミの死を受け止めなくちゃならないんだ。
喪失感も胸の痛みも、僕が背負うべき業だから。
けどね、なんで他の人たちから同情されなきゃならないの?
カワイソウって何?
たしかにナナミは僕の大切な人だったけど、この戦争で死んだのは彼女だけじゃないんだよ?
クラウスさんや、リドリーさんの息子に向けられた同情は、彼等の父親に対する賞賛を交えたものだったけど。僕に対する周囲の反応は、それとは違う。
気を落とさないでね。早く元気になれよ。って言葉に虚偽はないんだろう。でも、誰もが本当にナナミの死を悼んでくれているわけじゃやない。
軍主の義姉だから。みんな気を遣って僕にへつらっているに過ぎないんだ。
ナナミのことをよく知りもしないくせに。
僕の気持ちなんてわかりもしないくせに。
中途半端な思いやりなんていらない。憐れみなんて寄せられたくない。
だから、部屋に閉じこもった。しばらくすれば、ナナミのことなんて忘れられてしまうだろうから。
籠城した僕に、ビクトールさんやフリックさんやアイリ達が扉を叩いて何度も呼び掛けてきたけど、僕は絶対に鍵を開けなかった。
―――君は思ったよりもプライドが高いね。
セラウィスさんだけが、僕の心を見透かしたみたいに小さく笑った。
この人を放したくないって、改めて感じる。ナナミの話をしようって言ってくれた彼だけを部屋に招き入れて……半ば強引に抱き締めた。
最初は抗っていたあの人は、途中からは諦めたみたいにおとなしくなって。
僕の行為を受け入れてくれた。
ねえ、それって僕に同情したから?哀れんでくれたから?
……それでもいいよ。あなたなら。
セラウィスさんは、本当にナナミの死を悲しんでくれているだろう数少ない人だから。
僕の気持ちを分かってくれる、たったひとりの人だから。
カワイソウだから傍にいてくれるのなら、ずっとそう思っていて。
他には何も残っていない僕だから。あなた以外は、なにもいらない。
「カイネ殿っ!?」
ふらふらと城内を彷徨い歩いていた僕を、背中から呼び止める――声。
強く肩を掴まれて振り向かされた視界に、少し窶れた軍師の顔が映った。
「カイネ殿、あなたは……」
「セラウィスさんを見ませんでしたか?」
言いたいことは予想がつくけど、今はなにも聞きたくないよ。
「貴方は、今がどういう時期がわかっているのか!!」
いつも僕に対しては丁寧だった言葉遣いが崩れてる。本気で怒ってるのかな。
「哀しみに浸るのもいいが、ハイランドに攻め込むならこの時機を逃してはならないんだ」
知らないよ、そんなこと。キバ将軍のことだって僕に何の相談もなく決めたくせに。
戦争がしたいのなら、シュウが軍を率いればいい。お飾りなんてあってもなくても同じでしょう?
「僕は、あの人を探しに……」
「また、トランの英雄かっ!お前がそんな態度だから、『同盟軍の将軍はトランの傀儡で裏では英雄が糸を引いているらしい』などという風評がたつんだ」
傀儡?僕を操っているのはシュウでしょう?
……なんだか、頭が痛くなってきた。
「お前はこの軍を束ねる者なんだぞ。ちょっとは自覚をもったらどうだ!!」
大声で喚かないでくれる?頭に響くんだ。
「聞いているのかっ!?」
うるさいなあ。もうすこし静かにしてってば。
「お前の親友は、この戦争に勝つために自分の花嫁であるジル皇女を供物として捧げ、天に祈願までしていると聞くぞ」
ジョウイの名前を耳にしたとたん、頭痛は余計に酷くなった。
ああ、もう。うるさいなあ。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。
「……さい」
右手が、熱い。
「なんだ?言いたいことがあるなら、はっきり言え!!」
真の紋章が――疼く。
「カイネっ!いけない!!」
若草色のバンダナが視界を掠めた。
指を絡め握りしめられた手に伝わる、相手の手袋の硬い皮の感触。
風船が割れるみたいな音がして、閃光が弾けた。
右手に籠もった熱が散っていく。
柔らかな黒髪が僕の頬を掠め。
赤い服に包まれた肢体が、とさりと床に崩れ落ちた。
「―――セラウィス、さん……?」
僕は割り込んできた人物の名を無意識に呟き、膝をつく。
花車な肩に腕を回して抱き起こした。見た目以上に軽い、肢体。
「セラウィスさん……?セラウィスさんっ!しっかりしてください!!」
僕はいま何をしようとしたんだろう。シュウに何をするつもりだった?
動かない英雄を前に血の気が引く。この人が、失われてしまう。
「いやだっ!!セラウィスさん」
「……っ、カイ、ネ……」
頬にそっと手の平が触れた。
「心を……虚ろにしたまま、紋章を解放してはだめだ、よ?」
少し苦しそうに息をしながら、穏やかに僕を見つめる、瞳。
「セラウィスさん……セラウィスさんっ!すいませんっ……僕っ!」
もう少しで、あなたを殺してしまうところだった。
堪えきれずに、強く抱き締める。
セラウィスさんは、歯の根も噛み合わない僕の背中をぎゅって抱き締め返してくれた。
「大丈夫だよカイネ。なんともないから」
首を振り、更に強くしがみつく。
「本当に心配いらないよ?僕はこれでも頑丈に出来ているからね」
頬に添えられていた手が頭の後ろに回り、くしゃりと髪が撫でられた。
僕は震えを止めることもできず、子供のような駄々をこねる。
「だって……目が覚めたら、セラウィスさんが、いないっ……からっ……」
「うん、ごめんね。喉が渇いたから水差しの水を汲みにきていたんだ」
部屋にあったのは中身がなくなっていたからね、と告げる声に慈しみ以外の感情はない。
怒ってくれていいのに。詰られて当然のことしたのに。
けれど、でも。
「ごめんなさい、セラウィスさん……僕のこと嫌いにならないで……」
自分勝手な言い分だって解っていても、お願いせずにはいられなかった。弱々しく呟く僕の耳元に、セラウィスさんは「ならないよ」って囁いてくれる。
「カイネ、お腹空いてない?せっかくだから、レストランでなにか食べていこうか?」
僕はこれにも首を振った。
「欲しくないです。はやく部屋にかえりましょう……」
どこにも行かないで。僕の傍にいて。
他にはなにもいらないから。あなただけが在ればいいから。
「カイネ殿……」
頭上から声が降ってくる。ようやく強張りが解けたみたいな、でもまだどこか呆然とした口調だった。
「軍師殿は、この子に何を求めているんです?」
ゆったりとセラウィスさんが喋った。
「人形を飾っておくだけなら、この子でなくともいいでしょう?似た背格好の者に、同じような服を着せておけばいい」
「――ふざけるなっ!!俺はカイネを人形だなどと思ったことはないっ!!」
張り上げられた声に、僕はびくりと肩を揺らす。些細な感情の波でさえ、いまは――怖い。
セラウィスさんの手が宥めるように背中を軽く叩いてくれた。
「では、なぜロックアックス攻略の際、陽動作戦のことを彼に報告しなかったのですか?」
「それは……」
くすり、と笑う気配。
「誤解をね、受けてますよ。過保護も良いですけれど、彼が背負うべき運命まで軍師殿が肩代わりできるわけではないのですから」
責任を背負わせるべき所はきちんとさせないと駄目ですよ。
「……そういう貴方が一番カイネ殿を甘やかしているように見受けられますが」
見なくてもシュウさんが苦々しげな顔をしているのがわかった。シュウさんって、一度もセラウィスさんに勝てた試しがないんだよね。
「僕は彼の友人ですから」
ほら、ね。いつだってセラウィスさんの余裕を崩すことは出来ないんだ。僕はなんだか可笑しくなって少しだけ口元を緩めた。見咎められると、とばっちりをうけちゃうけどね。いまはセラウィスさんの御陰でシュウさんからは顔が見えないから大丈夫。
―――セラウィスさんさえいてくれれば、大丈夫なんだ。
「それに、カイネは貴方達が思っているよりも、ずっと強いですよ。この子は絶対に大丈夫。だから、もう少しだけ僕に時間をくれませんか?」
……セラウィスさん……。
よくわからない不安が遠のき、胸の奥がじんって暖かくなる。彼が苦しくないように、力任せだった腕を少しだけ緩めた。
そしたら、トクン、トクンっって、心臓の音が聞こえるのに気づいて、身体から自然と無理な力が抜ける。
この人に会えて本当によかった。運命も宿星も神様も嫌いだけど、いまだけは感謝したくなる。
彼と巡り合わせてくれてありがとう……って。
しばらくの間無言だったシュウさんは、急に踵を返して立ち去っていった。と、感じたのは僕だけで、実際はセラウィスさんに向かって深々と頭を下げていたんだって。
僕がそれをフリックさんから聞かされたのは、もっと後のことで、決戦の進軍を始めたときだった。僕達の遣り取りを、たまたま目にした人達が何人かいたみたい。フリックさんもそのうちのひとり。この人もなんだかんだ言って、野次馬根性が旺盛だよね。
もっとも、彼等はこの時は、口を挟むこともできずに遠巻きにするだけだったし、僕はというと……。
「部屋に帰ろうか、カイネ」
セラウィスさんの問いかけに頷いたけれど、やっぱり彼から離れがたくって。
べったりと懐いたまま移動したから、周りがどんなだったかなんて全然見てなかった。
扉が静かな音を立てて閉まる。
セラウィスさんは、僕の手を引いて寝台までくると座るように促した。
「カイネ、何か少し食べた方がいい。ハイヨーに軽いものを作ってくれるように頼んでおいたから。レストランに行くのが嫌なら、届けてもらうようにお願いして……」
紡がれる言葉を最後まで聞かず、僕は前に立つ人の腰を引きよせた。バランスを崩した身体を白いシーツの上に押しつける。
抵抗もなく腕に収まってくれる人に覆い被さり、そのままキスをした。
最初は軽く。それから唇の形を確かめるようにして、徐々に深くする。
「……ん…………」
腰の革紐を解いて、赤い衣を丁寧に脱がせた。上衣の裾から手を差し入れると、ぴくんと身体が跳ねる。
ここ数日間ですっかり馴染んでしまった感触に、セラウィスさんの呼吸が乱れた。
「……っ……ぁ、カイ……ネ……」
甘やかな声に、身体の奥が焦げついて。
首筋に顔を埋め、舌を這わせた。
「あ……、カイネ、ジョウ……イのこと、を、助けて…あげない、の?」
白い肌を辿っていた指先が、一瞬止まる。セラウィスさんてば、僕の腕の中にいるときに、他の男の話は禁物だよ?
「どうして、そんなこと言うんです?」
わざと低く耳元で囁いて。ぱくんと耳朶を唇に挟む。
「や……ッ、って、ジョウイは、君の…親友、だから……っ……」
執拗にそこを舐め上げてから、鎖骨に唇を落とし強く吸うと、セラウィスさんの喉が喘いだ。どこか敏感かなんて、改めて探す必要もない。前につけた印が、ちゃんと残ってるもん。
「敵ですよ。いまは」
「彼は、君のこと…を、そんな、ふうには、見て……ないんじゃ、ないかな?」
残りの衣服を剥ぎ取り一糸纏わぬ姿にして。僕の動きには素直な反応を返してくれるのに、どうして流されてくれないかな、この人は。
「ナナミが怪我をしたとき、ハイランドが軍を引いたのは……っ!……」
顎を取り、噛み付くようにして言葉を封じる。
「……う……んっ!……」
手の平を滑らせ、太股の内側を撫で上げた。
「ジョウイは、あんなことしちゃいけなかったんだ」
激しさを増した愛撫に、セラウィスさんがいやいやするみたいに緩く首を振る。
やめるつもりのない僕は、さらに敏感な部分へ指を絡ませた。
「あ……やっ……」
「皆のことを考えて、平和を目指すというのなら、あそこで僕達を殲滅すればよかったんですよ」
ナナミに治療を受けさせるために、わざわざ軍を引いたりなんかしないで。
そうすれば、いまもって戦争に明け暮れる必要もなかったのに。
ジョウイは甘い。
ミューズ市の会談の時だって、ピリカが姿を現しただけで戦意を喪失してしまった。
あの幼い少女にもう二度と残酷な場面を見せたくないって?
そうやって、ジョウイが躊躇ったせいで、ピリカと同じ年頃の戦災孤児がどれだけ増えたと思う?
ピリカよりもっと幼い子供が何人恐怖に心を染め上げて死んでいったか知ってるの?
なにもかも中途半端にするから、ほらね、ナナミだって助からなかった。
「た……しか、にっ…彼は指導…者っとして、は……向いて…ない、ね」
僕の身体の下でセラウィスさんの背中が何度も浮き上がる。
「ふ……ぁ……言い……換え、れば、……んぅ…っ、それ、だけ、君達の、ことを……大切……にっ…あっ!」
指先に力を込めると、僕の肩に置かれていた手がもどかしげに首のあたりを彷徨った。
「僕達が大切なら、最初から傍を離れなければ良かったんですよ。……ねぇ、もうこの話はやめにしませんか?」
あなただってそろそろ限界でしょう?
「お願いを聞いてくれたら、解放してあげます」
ねっ、って笑いかけて顔を覗き込むと、セラウィスさんは固く閉じていた目をうっすらと開いた。
「だ……め……」
うわぁ……なんで、ここでそういう返事をするかな?
切なげに眉根なんて寄せちゃって、潤んだ瞳なんていまにも滴が零れ落ちそうなのに。
……だめだ。僕の方が先に理性飛びそう。
「カイネが、行ってあげないと……ジョウイは……救われ、ない……よ……」
溜息を吐くみたいに、熱い吐息から絞り出される言葉の羅列。たどたどしくても、ちゃんと意味が通じているあたり、さすがはトランの英雄様ってことなのかな。
ハイランドを叩くには今しかないってことは僕にだって解ってる。シュウが僕をどう思っているかはともかく、僕が閉じ篭もりを続けていれば代役を立てざるを得ないだろう。そして、ハイランドに苦汁を嘗めさせられた同盟軍の人たちは、きっと若き王を許さない。
……うん、ジョウイは殺されちゃうかな。別にジョウイに死んで欲しい訳じゃないけど、助けたいとも思わない。ジョウイはナナミとは違う。自分で選んでその道を進んだんだ。
そうして、戦争が終わったら……。
あれ?
―――戦争が終わったら、この人が僕の傍にいてくれる理由はなくなっちゃう?
僕は思わず動きを止めた。そうだ。もともと彼には僕が無理を言って手伝ってもらってたんだもん。グレッグミンスターに留まってるのだって、半分は僕のためみたいだし。
困惑する思考を、ぐるぐると巡らせる。この戦争が終わったら、彼はまた旅に出てしまうのだろう。自分の存在が、トランや周囲の国々にどれほどの影響を与えるのかを知っている人だから。
どうしよう、セラウィスさんが僕の傍からいなくなっちゃうよ。
どうしたらいい?どうすれば、この人を失わずに済む?
いつもは手袋で隠れている右手の紋章が目に留まる。
もし、もしも。僕が完全な『真の紋章』を手に入れたら?
この人と同じモノになったら、そうしたら傍にいられる?
二つに分かれた紋章が、どうすればもとのひとつに戻るのか、僕は知っている。
黒き刃の紋章を持つジョウイを僕がこの手に掛ければ―――。
「カイネ」
ふわりと両頬を包み込む温もり。
「何が一番大切かを忘れてはいけないよ?」
夜の深奥に篝火の揺らめく瞳が、僕を見つめている。
「君は戦ってきたのは、何のため?」
あ……。
「幸せに、みんなで幸せになるためです……」
僕がジョウイを殺したら。
ずっとこの人と一緒にいることは叶うかもしれない。僕を哀れんで、カワイソウに思ってしばらくの間は慰めてくれるかも知れない。
でも、心は離れてしまう。
トランの英雄と呼ばれる彼が力を添えてくれたのは、僕が彼の望まぬものを求める者だったから。
セラウィスさんが欲しがらなかった幸せを、僕が必死で掴み取ろうとしていたからだ。
自分には見れなかったものを見せて欲しいって、哀しみ以外の結末を見せてって、彼は僕に言った。
もし、ここで前を向くことをやめちゃったら、この人はきっと僕に対する興味をなくしてしまう。
身体を手に入れれば、心を失う。
心を繋ぎとめれば、身体が離れていく。
どちらにしても、この人は僕の手元には残らない。
なら、僕が取るべき道は――。
「シュウさんに謝ってきます……」
それが、何を意味するのかは言うまでもない。
僕は、同盟軍を率いてハイランドに攻め込むことになるだろう。
獣の紋章に支配された国を討ち滅ぼし、親友を救うために。
ジョウイのためじゃない。僕自身のためだ。
僕は欲張りだから。セラウィスさんの心も身体も両方欲しいんだ。
失われた心は戻らないけど、肉体の距離なら縮めることができる。
前を向いていれば、いつかこの人に追いつける日がくると信じてるから。
「へへ、僕って本当に前向きな性格なんだなって自分でいま、感心しちゃいました」
僕の欲しい幸せの中にはね、あなたも含まれているんですよ。って心の中で付け加えて笑ってみせた。
本当は泣きたかったけど。笑えるくらいには、僕だって強くなったんだ。
「うん。そのほうがいいね」
セラウィスさんは微笑み返してくれると「君のそういうところが好きだよ」って小さなキスを贈ってくれた。
「~~~~~~~~っ!!!???」
う、うわ~~~っ!!
うそうそうそっ!!セラウィスさんが僕のこと『好き』だって!
彼からキスしてくれるなんて!!
僕、道を間違えなくてよかったよぉ~~っ!!
「あ、あの……でも、」
余韻に浸る口元を抑え、顔を真っ赤にしながらおずおずと切り出す。
「シュウさんにはもう1日だけ、待ってもらってもいいですか?」
せ、せっかくセラウィスさんと二人っきりなんだもん。シュウには悪いけど、もうちょっと。もうちょっとだけこうしていたいんだ。
上目遣いにお伺いをたてると、セラウィスさんはくすくすと笑い出す。
ひさしぶりに見せてくれた笑顔だ。
「いいよ。僕もこの状態で放っておかれると、ちょっと困るしね」
言われて、はっと気づく。僕、途中で止めちゃってたよ。
「す、すみません、セラウィスさん」
ああっ、僕ってばなんてことを~~っ!!
青ざめて謝り倒す僕に、セラウィスさんは優しい表情を浮かべて、もう一度キスをしてくれた。
僕はお返しをして、彼の膝頭にそっと手を掛ける。
「……おいで」
自分から身体を開き、手を伸ばしてくれた人に導かれるままに――溺れていった。
ずっと傍にいて。
僕から離れないで。
あなたが望むなら、一国ぐらい滅ぼしてみせてあげる。
あなたが願うなら、人ひとりの命ぐらい救ってきてみせる。
あなたから微笑みを受けるためだけに、僕は狂わず歩いていくから。
あなたのすべてが欲しいから、今は無理には引き留めないけれど。
いつか、全部を手に入れる。
求めるものは、あなたの幸せ。
僕が傍にいて、あなたが笑っている遠い未来。
きっと叶えてみせるから、その時まで僕を忘れないで。
例えば、ジョウイを取り戻しても。
例えば、ナナミが生き返ることがあっても。
一度欠けてしまった僕の心は、元にはもどらない。
一度開いてしまった溝は、二度と埋まることはない。
心に映る風景の中には、あなたの姿しか残っていないから。
あなたしか見えないから、あなたしか欲しくない。
2001/07/08 UP