a spring festival
絶好のポイントを見つけたというビクトールさんの言葉に乗せられて、同盟の皆で花見に出掛けた。
各々が食べ物や飲み物を持ち寄り、桜を愛でつつ他愛のない話に興じる。
ここ数ヶ月程、頻発するハイランドとの小競り合いに忙しかったことを考えると、久方ぶりにのんびりと過ごせる一日となった。
シュウさんでさえ、渋い顔をしながらも勧められた杯に口をつけている。
「おう、どうしたカイネ。呑んでいるか?!」
すでに樽をひとつ空けてへべれけなビクトールさんが絡んできた。花より団子、とは彼のためにあるような言葉だ。飲み比べをしたところで負けるような僕じゃないけど、熊の相手なんか続けていたって面白くもなんともない。適当なところで青マントに後を押しつけ輪から抜け出すことにした。
少し離れたところでは栄えあるマチルダ騎士団長の二人が、ナナミの特製弁当に舌鼓を打っている。騎士道精神を貫くのも命懸けということなんだろう。彼等の額から絶え間なく流れる脂汗に敬意を表しつつ、騎士じゃない僕はさっさとその場を後にした。
蒼穹にけぶる花霞。
柔らかに甘い春の色。
心蕩かし胸ざわめかせる季節の到来を告げる、今が盛りの夢見草。
潔くも儚く。
可憐でありながらも、底知れぬ危うさを秘めている。
「……セラウィスさんに逢いたいな」
春の代名詞以外で、そんな形容詞がしっくりとくるただひとりの人が思い浮かんだ。ふわりと花が綻ぶような微笑みが瞼によみがえり、逢瀬の願望が湧き上がる。
ビッキーに頼んでバナー峠まで飛ばしてもらえば、夜明け前にはグレッグミンスターにつくはずだ。
暴走テレポート娘が酔いつぶれていないことを祈りながら、彼女の姿を探す。せっかくだからお土産に一枝持っていきたいところだけど……手渡す前に萎れちゃうかな?
「花泥棒は罪にならないっていうけどな。女に渡すときは注意しないと相手に咎められちまうぜ」
手近な花枝を見上げ思案に暮れていると、背後からからかうような声が上がった。
どうしたんだろうか。今頃は女の子を口説くのに夢中になっていると思っていたのに。
「シーナは労力を惜しんで花屋から取り寄せてるだけでしょ~」
「それより桜の下で口説くんじゃないの?女の子が雰囲気に酔ってるところに付けこんでさ」
少し意外に思いながら振り返ると、青年の隣にいたルックが皮肉の針をさらに奥までねじ込んでいた。
ますますもって珍しい。それなりに仲良いことは知ってたけど、セラウィスさんが一緒の時を除けば、並んでいる場面なんてほとんど拝んだことがないのに。
「なるほどね。それなら早く戻らないとお目当ての娘が他の人にちょっかい出されちゃうんじゃないの?」
「お前が断りもなくふらついてんのが悪いんだろーがっ!!」
俺だって早く戻りたいよ、と慨嘆する自称同盟軍一モテル男に僕は首を傾げた。軍師に頼まれでもしたのかな?いつもなら行方不明の軍主を探すなんて役割、面倒臭がって引き受けたりしないのに。
「キミ、アイツに会いにいくつもりだろ」
ルックが唐突に用件を切り出した。具体的な固有名詞を出されなくても『アイツ』が誰を指しているのかすぐに分かる。彼の人のことを口に出すとき、星見の弟子の眼は少しだけ優しさを帯びるから。
「そうだけど、どうかした?」
「花冷えっていうのか?今夜あたり雨が降りそうだってコイツがいうからよ」
シーナが親指で隣の友人を指さす。
花冷えは、桜が咲く頃に寒さが戻り急に冷え込むことを表す言葉だ。まさか風邪を曳かないよう忠告しに来てくれたとでも言うつもりなんだろうか。それこそ明日は吹雪を通り越して雪崩が起きるよね。
「……あいつが故郷を追われたのも、今時期だったんだよ」
目線を逸らし、言いにくそうにトラン大統領の息子が口をもごもごとさせた。
後に英雄と呼ばれし少年が、親友と引き離され呪いの紋章を背負わされた旅立ちの夜が、まさしくそんな冷たい雨の降る深い闇の晩だったのだと。
「だから今日ぐらいはさ、そっとしておいてやってくれないか?」
頼むよ、と珍しく頭を下げてくるシーナに背を向け、僕は目を付けていた花枝を手折った。
「ルック、丁度いいからグレッグミンスターまで飛ばしてくれる?」
「お前……ッ!!」
「シーナ達は」
話の腰を折って続ける。
「そうやって壊れ物を扱うみたいにしてればいいでしょ。でも僕は解放軍の人達とは違うから」
大切な人が哀しんでいるなら側で慰めてあげたいし、大好きな人が苦しんでいるのなら一緒に悩んであげたい。
遠くから見守るだけの存在なんて、あってもなくても同じだ。
「傷の舐め合いでもするつもりかい?」
莫迦にしたように鼻を鳴らすルックに、笑顔で応じる。
「僕はね、過去も傷も狂気も……みんなひっくるめたあの人の全部が欲しいんだよ」
「……お前、セラウィスのこと本気で狙ってたのか?」
呆れた顔をするシーナには「当然!」と、胸を反せてみせた。
あんなに優しくておっかなくて強くて儚くて……奇麗な生き物、他にはしらない。手に入れるためだったら何だってする。
もしかしたら、献身的に慰める僕を見て気持ちがふらふら~っと傾いてくれちゃったりするかもしれないしね。
「キミのその行動がアイツを傷つけることになっても?」
いつの間にか嘲笑を引っ込め睨みつけてくる魔法使いに、しっかりと視線を定める。
「それで、最終的にあの人が僕のものになるのなら。僕ってば心が広いから君達がセラウィスさんの周りを彷徨くことまで咎め立てするつもりはないけどね……邪魔するなら、許さないよ?」
うっすらと目を細める僕に気圧され、少年達が僅かに後退った。
「いざとなったら壊してでも手に入れるって?子供の駄々と同じだね」
「子供だもん」
あっさりと切り返し――だけどね。と、僕は付け加える。
「簡単に壊れちゃうようなものに、僕が惹かれたりするはずないでしょう♪」
にーっこりと笑って人差し指を唇に当てると、シーナが真っ赤になって拳を振り上げた。
「こ……のっ、二重人格の猫かぶり軍主っ!!」
「あはは~、お褒めにあずかり光栄です~。で、送ってくれるんだよね、ルック?」
「……着地に失敗して花を散らさないようせいぜい気を付けるんだね」
精一杯の皮肉と譲歩を込めて、星見の弟子が手を差し出してくれる。
僕は喜んでその手を取ると、思いついたもうひとつのお願いを二人に伝えた。
「あ、そうだ。悪いけど他の従業員達が雨に濡れる前にうまく撤収させておいてね」
まかり間違って風邪でも曳かせたら後でお仕置きするからね~。
背後の宴会場は今頃酔いつぶれた者達で屍累々となっているだろう。転移の寸前、二人の呻き声が聞こえたけれど、僕の意識はすでに隣国の麗しい英雄へと向かっていた。
2003/09/22 UP