散りゆく際が一番美しいといわれる樹木の立ち並ぶ道を、ふたりでのんびりと歩いた。
「こうやって制服でお前と並んで歩くのも今日が最後なんだよな」
小脇に抱えた卒業証書の重みを感じながら、京一は傍らの相棒に話しかける。この先幾たび春が訪れようとも、戻ることのない時。
「もっと制服を着てたかったのか?やりたければ、ひとりでやれよ?俺はつき合わないからな」
止めもしないが。
つれない物言いに、青年ががっくりと肩を落とした。
「ひーちゃん、しばらくは会うこともできなくなるんだからさ。もうちょっとこう……」
感傷なんてものに浸ってくれても罰は当たらないと思うのだが。
「そうだな。この先、一生会わないこともあるかもしれないし」
「それはないッ!」
きっぱりと京一が断言する。強い語気に顔を上げた龍麻を強引に引き寄せた。
「ちょ……きょうい……ッ」
盛りを過ぎた花が散る。突然の強風に煽られて。
舞い上がり、舞い散る花弁が、ふたりの交わした秘め事を隠す。
刹那の嵐が通り過ぎ、薄紅色が再びゆるんだ風と戯れる頃には、目元を紅潮させた佳人が至近距離から鳶色の瞳を睨みつけていた。
京一は頭を押さえつけていた掌を背中に滑らせ、宥めるようにゆっくりと撫でる。
「本当はよ。このまま連れ去っちまいたいんだぜ。誰にもわかんねェ場所に閉じこめて、仲間達にも会わせねーで。俺だけのものにできたらいいのにな」
「なら、何故そうしない?」
腰の後ろで両手を組み合わせれば、龍麻は軽く息を乱して額を相手の肩に押しつける。
「お前が望んじゃいねェからな。おとなしく言うこときいてくれるとも思えねーしよ。他の連中だって黙っちゃいねェだろうし、第一、本気で抵抗されたら俺の方が負けちまう」
それに。と耳元に唇を寄せて続けた。
「俺はお前の意志で、俺の傍にいて欲しいんだよ」
《器》だけ奪ったところで意味はないのだ。それだけではとても足りない。
暖かな情感も、強い眼差しも、儚い微笑みも。龍麻を形成するものすべてを、余すことなく手に入れたい。
「強欲だな」
伏せた顔からくすりと微笑む気配が伝わった。
「おう。なにせ、ひーちゃんのことだからな」
「来年も、さ」
ぽつりと龍麻が呟く。
「お前と桜を見れたらいいな……」
誘うのでも強請でもなく。口にされた小さな望みに京一は破顔する。
「来年の今頃に、また会おうぜ。その時には何があっても必ず戻ってくるからよ」
「俺はここにはいないよ」
「わかってるって。ちゃんと俺が見つけだしてやるから」
「せいぜい桜前線に乗り遅れないようにな」
東京が満開でも、龍麻のいる場所によっては散っている可能性がある。
「う……ラジオの天気予報でも聞いてりゃなんとかなんだろ」
たぶん。
『俺もお前に会いたいよ』
龍麻は顔を上げて音にならない声を紡ぎ。
「ひーちゃん?」
周囲を彩る霞よりも艶やかに――微笑んだ。
その言の葉を、朱色の髪の青年は聞き取ることができたであろうか。
答えを知るのは、散りゆく桜。
そして花を弄ぶ気まぐれな風だけ。