■ 物事には始まりあり。
時は平成。薄闇に空が染まり、誰そ彼はと訊ねなければ人の見分けもつかない日暮れの頃。吹きすさぶ寒風に首を竦め、足早に校門を出ていく生徒達の姿を見つめ続ける乙女あり。
彼女の名は比良坂紗夜。人知れずこの国の崩壊をくい止めた救世の星を担うひとりであった。
「よぉ、紗夜ちゃんじゃねぇか」
儚げな少女の風情に惹かれてか、どこからともなく(どこからもなにも、学校からにきまってるだろ。部活やってたんだからよ:京一談)登場するはひとりの男。
彼の名は蓬莱寺京一。少女と共に世界の――以下同文にて省略。
彼等の邂逅は世界に、東京の明日に何をもたらそうとしているのか。
―――これは、ある少女達との出会いによって人生を大きく狂わせることとなった男の、愛と感動の物語である。
(まったくの大嘘ではありません……たぶん)。
「あ、蓬莱寺さん。どうもです。今日は龍麻と一緒ではないんですか?」
「ひーちゃんなら、進路指導で呼び出されてっから、しばらく出てこねェぜ」
「そうなんですか。わたし今度の日曜日に龍麻と……その……デートできたらいいな、なんて思ってるんですけど」
頬に両手をあてる仕草が文句なく愛らしい。
「ひーちゃんは……」
何事か言いかけた京一の声はしかして虚しく宙に浮いた。なぜなら、青年の科白を横合いからかっさらってしまった人物がいたからである。
「ごめんなさい。日曜日、龍麻は私と水墨画展へ行くことになっているの」
水面に波紋が拡がるがごとく清らかに滑る聖女の声音。
京一にはそれが、万魔殿(パンデモニウム)からの招待状にも感じられた。
「あ、そうなんですか。美里さんが先にお約束されてしまったんですね」
ゆらり、と周囲の空気が色を変える。俯いた紗夜が顔を上げる瞬間の表情を間近にしてしまった青年の背筋にじっとりと汗が浮かび上がった。
「いや、あのな……」
「約束はこれからよ。でももうチケットを購入してしまったから」
「だからひーちゃんは、日曜は……」
「やっぱり。それを聞いて安心しました。龍麻が陰気くさい水墨画なんかに興味があるとは思えませんでしたから」
にっこりと微笑む紗夜。先ほどは可愛らしいと思っていた仕草が別のものに見えるのは何故だろう。
「……ちょっとお前ら、人の話を聞けって」
「そんなことはないわ。龍麻は芸術にも造形が深いもの。低俗なレジャー施設へ行くよりも、きっと有意義なひとときを過ごせると思うわ」
上品な笑みで応える真神の聖女。三日月に細まった眼が怖いです。
両者の間に横たわる空間が奇妙に歪んで見えるのは、気のせいではない。その証拠に、なにげなく近くを通り過ぎようとした善良な生徒が大気のうねりに巻き込まれいずことも知れずに姿を消してしまったのだから。
(ひ~~~ッ!!ヤベェ。誰か助けてくれ!!)
それが彼女達の発する殺気の為せる業であることを京一は疑っていなかった。この二人に常識は通用しない。早く逃げてれば良かったと後悔しても後の祭りだ。
時代劇ならここで救いの手も差し伸べられようところだが、残念なことにこれは勧善懲悪ドラマではない。まあ、たとえ黄門様ご一行が通りかかったとしても可憐な町娘ないざ知らず、端役の村人A(男限定)はあっさりと斬って捨てられ、川に投げ込まれるのがオチなのだろうが。
しかし、幸か不幸かここでの京一の役割は村人A以下だった。さながらそれは、道端の馬頭観世音か、雪に埋もれたお地蔵様か。無神論者というよりは自分達が神サマであるところの二人の女性は、青年のことを歯牙にも引っかけていなかったのである。
……それはそれで寂しいかも知れない。
「わたしたち一度きっちりと決着をつける必要があるみたいですね」
「うふふ。そのようね」
にこやかな仮面の下に蔓延る毒気に当てられ、周囲の者達はステータス異常を起こしている。
果たして。
混乱に陥っている京一と、戦闘不能の周囲には説明不可能な状況下にて、詳細は不明ながら二人の間でひとつの取り決めが為された。
すなわち。
『代役を立てて3本勝負!2先勝した方が龍麻に申し込む権利を獲得する』
……さすがに自分達が暴れ、勢い余ってデート予定地であるところの水墨画展会場やらどこぞのレジャー施設やらまで破壊してしまってはマズイと判断したようだ。
容易にその程度の被害は出るだろう予測がついてしまうあたり、頼もしい限りである。
「というわけなので、蓬莱寺さん審判をお願いしますね」
「……はぃ~??」
京一、菩薩の《天使の光》を受けてステータス異常より回復。
「公正に勝敗を決めてくれる人が必要でしょう」
追加効果として、道端の小石から重要参考人……じゃなかった、主要登場人物にレベルアップ。
んなもんなれなくてもいい、との突っ込みはさりげなく却下された。
かくして、一部の者にとってはささやかな願い事を叶えるための、しかして多くの者にとっては迷惑きわまりない闘いの火蓋は切って落とされたのである。
■ 1回戦――正義は必ず勝つ!?
「皆様こんにちは。真神新聞部の部長にして、突撃レポーターの遠野杏子です。ここ特設会場では今まさに世紀の一戦が繰り広げられようとしております。解説の醍醐雄矢さん。いかが思われます?」
「……俺に振らんでくれ……」
「醍醐……お前なんでこんなところに……」
「知らん。朝、学校で美里に渡されたジュースを飲んだら急に眠くなってな。気がついたらここにいたんだ。しかし、京一。お前こそなんだその格好は」
青いポロシャツにジャージのズボン。京一のいでたちは格闘技のレフェリーのものだ。もちろん菩薩様からの支給品である。
「頼む。何も聞かないでくれ……」
「う……わかった……」
同情したのか、火の粉を避けたのか。醍醐は聞き分けが良かった。
「なーによ。あんた達ノリが悪いわねぇ。もっとちゃんとやらないと美里ちゃん達に怒られるわよ。あ~っと、選手達が入場してきました」
どこからともなく点灯する華々しいスポットライト。キメポーズも雄々しくその場に登場したのは……。
「この世の平和を守るため、コスモレッドただいま参上!」
「コスモブラック見参!!」
「コスモピンクにおかませよ!!」
……よりにもよってコスモレンジャーかい。
ぐったりと脱力する京一。黄色い襷を掛けているところからしてこれは菩薩チームのようだ。
「よう。皆待たせたな。そんで巨大な悪の手下はどこだ?」
紅井の言葉に首を傾げる京一と醍醐。
「……なんだそれ?」
コスモピンクこと本郷桃香が口を開く。
「だって美里さんが言ってたのよ。社会の暗部に巣くう悪の組織があって、政治家や企業に魔手を伸ばし日本転覆をたくらんでいるって。今日はその手下がくるらしいじゃない」
「フッ、そんな奴。この漆黒の貴公子、コスモブラックが正義の蹴りをお見舞いしてやるぜ」
「美里……なんちゅー説明を……」
「こいつらを動かすには、これ以上ない勧誘方法ではあるな」
「感心してどうする醍醐」
審判と解説者は、ぼそぼそと囁き合った。一応、心の中では騙されたコスモレンジャーへの憐憫も忘れていない。
「変なこと言って水差さないでよね。それに美里ちゃんは別に嘘はいってないわよ。だって、ほら!」
いったい報酬をいくら貰ったんだか、アナウンサーアルバイトにいそしんでいる杏子の指差す先には、覆面を被った怪しげな男の姿が!
「なんだ。壬生じゃねーか」
顔を隠していても、制服姿では正体がバレバレです。
「なるほど。暗殺も理由はともかく法律に反しているという点では、悪といえるのだろうな」
醍醐はひとり納得している。
「違う。今日の僕は匿名希望だ」
「しかし壬生……なんだってこんな馬鹿げたことに首をつっこんだんだ?」
醍醐の疑問に視線をそらす匿名希望M君(仮)。彼の脳裏に昨夜の光景が甦った。
冷たい霧雨が降っている。
「壬生さん……あの……」
「比良坂。どうしたんだい。こんなに夜遅く」
「わたし貴方を待っていたんです。すみません、ご迷惑でした……よね……」
「迷惑なんてことはないよ。ずぶ濡れじゃないか。とにかく部屋に入ってくれ。このままじゃ風邪を引く」
「わたし……わたし……」
「比良坂?」
涙を溜めた瞳ですがりついてくる紗夜。細い肩が震えている。
「お願いです。壬生さん。わたしどうしてもあなたにお願いしたいことがあるんです。なにも聞かずに頷いてください!!」
「比良坂……」
掠れた声で懇願する少女。壬生は優しく微笑んだ。
「わかった。僕でできることなら力になろう。だから、そんなふうに哀しい顔をしないでくれ……」
「……つまり詐欺にあったんだな」
「気の毒に壬生……」
「純情な男心を弄ばれても、約束事はきっちり果たす律儀な性格が災いしたのね」
「………………(泣)」
トドメを差してどうする杏子。
「けど、相手が壬生だとわかりゃ連中だって……」
「出たな。怪人覆面男!このコスモレッドさまが成敗してくれる!」
「怪人覆面男……?あいつら、もしかして気づいてねェのか?」
仮にも共に闘っている仲間と対峙してどうして解らないんだ?正義とは己の進む道に疑問を抱いてはいけないものだからなのか?
「覆面を取って教えてやったらどうだ?」
「断る!僕はこんなところで恥をさらすぐらいなら、彼等と闘うほうを選ぶ」
「……気持ちはわかるが……」
誠実な醍醐の説得にも悪の手下・匿名希望M君(仮)は耳を貸そうとしない。
コスモレンジャーよ!いまこそ正義の力で悪を打て!!
「も、なんでもいいから、さっさと始めてくれ……」
馬鹿馬鹿しくなった京一が、さっさと戦闘開始の合図を下した。
「練馬スピリッツ全開!!よぉしっ!いくぞブラック、ピンク。――この世に悪がある限り……」
両手を腰にあてるレッド。
「正義の祈りが我を呼ぶ……」
右手を左斜め上に伸ばすブラック。
「愛と……」
「正義と……」
「友情と……」
「みっつの心をひとつに合わせ……」
同じく右斜め上を見上げて両手を……。
「もういいかい――いくよ!」
悪の手先の華麗な足技から龍の幻影が現れた!
「ええぇ~っ???!ちょっと待って、まだ決めのポーズが~」
「正義の味方が喋ってるときは、手を出さないお約束だろッ!!」
隙だらけだった正義の味方に悪の手先の放った攻撃がクリティカルヒット。
「う、うわぁぁぁぁぁ……悪の栄えたためしはない、正義は必ず勝つ~(ドップラー効果)」
コスモレンジャーはお星様になりました。
「つーわけで、勝者は壬生」
京一投げやり。
「匿名希望だ」
この期に及んでまだ正体を隠す匿名希望M君(仮)。
「なによ、もう終わり。実況する暇なかったじゃない」
「………………」
不満げな杏子と言葉もない醍醐。
以下。物陰から見ていた人たちの言葉より抜粋――。
「……ふう。もう少し役に立つと思っていたのだけれど……」
「さすがは壬生さん。ステキでした」
■ 2回戦――愛は地球を救う!?
「はい。2回戦目に突入です。実況は引き続き、遠野杏子。解説は裏密さんをお招きしています。裏密さんコメントをどうぞ」
「エロイムエッサイム。エロイムエッサイム。うふふふふ~。これこそまさしく~予見書に示されたソドムとゴモラの~最終戦争(ハルマゲドン)の勃発~」
「裏密!頼むから洒落にならないこと言わないでくれ」
泣きの入る京一。さすがに杏子の顔も引きつった。
「さ、さあ……気を取り直していきましょう。それでは選手の入場です」
再びスポットライト。どうでもいいが、ここは辺りになにもない草原。東京で地平線が見えることも不思議だが、このスポットライトの出所も謎だ。考えるな。深く考えるんじゃない!と京一は自己暗示をかけている。
「OK Baby!!ボクが来たから、もうアンシンネ!!」
「紫暮兵庫、参る!!」
「おぉ~とっ!現れましたのは陽気なメキシカンアラン君と、制服よりも柔道着の方が似合う空手部主将紫暮君です」
「念のために聞いておくが、お前ら騙されてんじゃねェのか?」
「OH!心配ご無用ーネッ!僕は、葵のために彼を倒しマース」
「うむ。俺も比良坂のために一肌脱ごう」
「こちらの入手した情報によりますと、アラン君は某黒髪黒目の麗しき佳人の写真数枚と引き替えに、紫暮君は比良坂さんとさやかちゃんがカラオケに行く時に誘ってもらうことを条件にこの闘いを引き受けているようです」
「うふふふふ~、七つの大業のうちのひとつ~、マモンの司どりし貪欲は、時に硬く誓われた友情をも切り崩す~」
「思いっきり物欲にかられてんだな」
京一は疲れた声を出した。
「バラすなんてヒドイネッ!」
「まあ、その、なんだ。そういうことだ」
「もういいや。なんでも勝手にやってくれ」
今度の衣装は野球の審判員風。キャッチャーじゃないんだからしゃがみ込まないようにしようね。
「いくぞ――ふんっ!」
「あー、紫暮君いきなりドッペルゲンガーか……って、あーっ!!アラン君。青龍変を使うのは早すぎるってば!」
「Hard Rain!!」
天に向かい放たれた銃弾が、雨となって紫暮を襲う!
「う、うおぉぉぉぉぉ~さ、さやかちゃ~ん……ガクッ」
さすが、躰が大きいと着弾率も高いですね。
「HAHAHA、タノシーネッ!!」
アランよ。ラブアンドピースはどこへ行った?
「無差別攻撃には、ふたりに分かれたぐらいじゃ太刀打ちできませんでした。って、ことで勝者アラン君~っ!!」
「あ……俺の科白取られた……別にいいけどな……」
呟く京一の背中は哀愁でいっぱいだ。
「GREAT!!これで龍麻の写真はイタダキネッ!!」
「はい。勝利者商品として美里ちゃんより景品を預かってます。どうぞーっ!!」
「愛しのマイスイートラバー…………」
受け取った封筒を開くと同時に凍り付くアラン。
「どうしたアラン」
「うふふふふ~これは、美里ちゃんの写真ね~」
「……アオーイ、何故デスか~。龍麻の写真じゃなかったんデスか~」
「あら、私は黒髪黒い瞳の麗人といったのよ。間違ってはいないでしょう」
どこからともなく聞こえる声。
「それとも何かしら。アラン君は私の写真では不満だと?」
「イイエ~、めっそうもありまセーン」
地を這う菩薩笑いに顔面蒼白のアラン。相手が悪かったと諦めましょう。
そして、乙女達の呟きより引用――
「もうっ。会員番号2桁を自慢していたんじゃないんですか?」
「うふふ、愛の力は偉大ね」
■ 最終決戦――吊り橋の上の恋
「………………………」
「………………………」
「第三回戦の選手、村雨君と、如月君、両者とも入場以来無言で威嚇しあってます」
「あれは威嚇しあってんじゃなくて……」
「あんたは黙って審判やってなさいよ京一!あら、今度の行司の衣装、意外と似合うわね」
「嬉しくないッ!!それよか解説者はどうしたんだよ」
「なんだか、醍醐君が余計な情報を流したみたいで誰とも連絡がつかなかったのよ。ったく後で覚えてなさいよ」
「醍醐……友情に厚い奴だからな。我が身を犠牲にしたか」
明日以降の友人の身を思い、心の中で涙する京一。美里と紗夜が寛大な心で彼に接してくれることを祈るばかりである。
「………………………」
「………………………」
「だーっ!!お前らなんでもいいから早く終わらせろ!やる気あんのかよ」
早く帰りたい京一は癇癪を起こしてます。
「あるわけないだろう」
「まったくだ。で、如月の旦那。あんたなんだってこんな馬鹿げたことに参加したんだい?」
苦渋に満ちた表情を浮かべる黄泉返りチーム(そんなチーム名だったのか)の如月選手。
「しかたあるまい……大切な招き猫が人質に取られてしまったんだ」
すかさず、補足を加える杏子。アナウンサーの鏡です。
「店の看板娘(?)。巨大な招き猫は当方の調べによれば、万引き防止用のカメラと盗聴テープが設置されていた模様です。あんなマイナーな店に万引きなんて入るわけないのにね。追加として、最近はある特定人物の姿を収めるためだけに使われていたらしいとの情報が入ってきています」
「マイナーで悪かったね。しかしなんで君はそんなことまで知ってるんだ?」
「てっめー、ひーちゃんを盗撮してやがったのか!?」
「な、なんで龍麻だとわかったんだ」
「そりゃ、普通わかるよなぁ」
「そういう村雨こそどうしてこんなところにいるんだ」
わざとらしく咳払いをして話題を逸らす飛水流後継者。勝負師は軽く肩を竦めた。
「コインで勝負したら負けちまったんでね」
さすがは菩薩様。賭け事にもお強いんですね。
「………………………」
「………………………なぁ、ものは相談なんだが」
「なんだ?」
「その招き猫のことは諦めちゃくれねぇか?」
「たとえ招き猫を手放したところで、彼女達が赦してくれるとも思えん」
「俺にあんたの人生賭けてみろよ」
村雨が、にやりと口角を歪め嘯いた。その言葉、前に龍麻に言わなかったっけ?
「彼女達から逃げ切れる自信があるというのか?」
もしかして、ぐらついてるのか如月。
「ふっ、俺はここ一番の勝負にゃ、ちょいと自信があるんだ」
……コイン勝負では負けたくせに。
「しかし、あの招き猫には僕の龍麻が……いや、だが……」
なにやら葛藤している如月。村雨はさらにもう一押しした。
「あんた一人ぐらいは俺が養ってやるぜ」
「……わかった。ここはお前の言うとおりにしよう」
忍者は村雨に寄り添うように立つと、懐から取り出した丸い球を地面に叩きつける。
辺りに煙が立ち込め、大気を白く濁らせた。
「う……っ、目に煙がはいっちまったじゃねーか」
「ああーっと、村雨君と如月君の姿が揃って消えました!これはどうしたことでしょう」
「どうしたもこうしたもなァ」
どう見たってこれは駆け落ちしたんだろという突っ込みを心の中だけで入れる京一。
……人は吊り橋の真ん中で出会うと瞬時に恋に落ちるという。生命の危機に直面したとき、己が種を存続させようとする本能が、最も身近な人間を「次代を産みだすための相手」として認識させるためである……。って、男相手じゃ次代もなにもないんですけど……。
なんにしても、選手が両方とも逃げてしまったためこの勝負、
「引き分け……だな」
「もう、如月さんったら、勝負はどうするんですか。第一、逃げ切れるわけもないのに。……でも、まあ龍麻の貴重な映像が手に入りましたから、特別に手加減してあげますね」
「村雨君……。強力な恋敵が減ったことを感謝すべきなのでしょうけれど……、私やっぱり……。ごめんなさい……」
「む、村雨……せめて線香ぐらいは手向けに行ってやるからな……」
美里の「ごめんない=許しません」発言に恐れ戦く京一。それにしても、お嬢様方、物陰から出てきてしまっていいんですか?
「えっと、1回戦が紗夜ちゃん、2回戦が美里ちゃんの勝ちで、3回戦が引き分け……これじゃ、勝負がつかないじゃない。どうするのよ」
「頼む……家に、ひーちゃんのところに帰してくれ……」
京一の懇願する声が憐れみを誘います。
「どうしましょう。延長戦にしますか?」
「ダメよ。醍醐君が根回しちゃってて、皆逃げちゃったんだもの」
杏子、いらんことを。君の発言でまたひとり死者が増えたぞ。
「困ったわね……これじゃ龍麻に申し込めないじゃない」
「だったら、ひーちゃんに直接どっちがいいか聞けばいいだろ!」
これ以上はつき合いきれないと自棄になって叫んだ京一の発言が、少女達に光明を投げかけた。
「そういえば、そうですよね」
「なんで気付かなかったのかしら」
「……お前等そんなんでよかったのか?だったら最初から……」
「じゃあ、行きましょうか比良坂さん」
「望むところです」
また、聞いてないし。
「あんた生きて帰れただけでもよかったじゃない」
慰めにもならない慰めをいう杏子。京一はすすけた背中に夕日を背負い、とぼとぼと独り、帰路についたのであった。
犠牲者達のご冥福をお祈り申し上げます。
■ 麗しきかな乙女の友情
「こんどの日曜日?」
どこぞの恋愛シミュレーションよろしく揃って誘いの口上を告げる二人に龍麻は小首を傾げた。
(そんな姿も素敵です!)
(龍麻ったら、なんて可憐なのかしら)
何気ない仕草にさえ魅了されるふたり。思考回路がかなりアブないぞ。
背後では、げっそりとやせ細った京一がうんざりした顔でそれを眺めている。
「ごめん日曜日は用事があるんだ」
「えっ、そうなんですか」
この世の終わりのような顔をする紗夜。
葵も憂いを含んだ顔で俯く。
「なら仕方ないわね。龍麻の用事ってどんなものか聞いても良いかしら」
「あ、ちょっと待て、ひーちゃん!」
突然、慌て出す京一。しかし制止は一歩遅かった。
「日曜日は京一の買い物につき合う約束をしてるんだ」
「………………………(うあぁぁぁ、言っちまったよ)」
「………………………(うふふ、そういうことなの)」
「………………………(やはり蓬莱寺さんですか)」
三者三様の沈黙。京一がこの物語の最初に言いかけていたのはこのことだったらしい。誰も聞いちゃくれなかったけど。
「ねえ、比良坂さん。よかったらこれからお茶でも飲みに行かない?貴方とは一度ゆっくりと話をしたいと思っていたの」
菩薩の微笑みで隣を振り返る葵。紗夜は、野に咲く花の笑顔で即座に応じた。
「いいですね。わたしも丁度同じ事を考えていたんです」
京一に意味ありげな視線を投げかけながら、喩えるならば水と油、恋敵同士の二人が和やかに会話しています。この分では日曜日は雨かも知れません。
「それじゃあ龍麻、京一君(さりげなく名前を強調)、またね」
「ええ、龍麻、蓬莱寺さん、また(ここを強調)」
「ふたりとも仲良くなったんだな」
「ひーちゃん……それ、たぶん……ちがう……と思う」
死人のような顔で京一は声を震わせた。
(殺される……おれはきっと殺される……)
手を繋いで去っていく乙女達。京一は必死の形相で龍麻に詰め寄った。
「頼む!!ひーちゃん、俺を、俺を暫くひーちゃん家に泊めてくれっ!!」
「え……そ、それは、かまわないけど……」
恐らくは地上で一番安全な場所に避難を決め込む青年約一名。
彼がその後どうなったかは女神サマだけが知っている。