契機

 青の派閥の新人召喚師二人は、先輩に誘われお茶の席についていた。

 派閥きっての凄腕と評判のギブソンは蜂蜜のたっぷり掛かったスコーンと大きなシュークリームを皿にとりわけ、ほくほく顔である。
 辛党であるミモザは相方を呆れ顔で眺めつつ、砂糖の入っていない珈琲を啜っていた。
 嫌いとまではいわないが、甘いものをさほど好まないネスティは憧れの先輩の勧めに従い、慎ましやかにクッキーを摘んでいる。
 食べ物であればなんでも美味しく食べられるマグナはありがたく大きなショートケーキを頂戴した。
 口の中で広がる生クリームの優しい甘味に、ほっと息を吐く。

 小さな村の聖女を巡る争いに巻き込まれてより数日が過ぎた。
 アメルは気丈に振る舞っていたが、やはり不安は消せないのだろう。食事の支度をするとき以外はひとり部屋に篭もり、生き別れた家族の安否を祈って過ごしている。
 マグナ達は彼女を気遣いながらもできるだけそっとしておくことにした。
 襲撃者達の実力は嫌というほど見せつけられている。自分達が逃げおおせたことだって奇蹟のようなものだ。少女を逃がすため後に残った者達が無事で済んだ確率は限りなく低かった。
 残酷なようだが下手な慰めで期待を抱かせるより、もしもの時の覚悟を決めてもらった方がいいかもしれない。一同はそう判断した。
 事態は切迫している。いつまでも哀しみに暮れているわけにはいかないのだ。
 マグナとネスは、村を焼き討ちした黒い甲冑の男と彼が率いる一団の正体を見極めるため、古い文献を漁り始めた。
 ギブソンが二人を誘ったのは、朝から晩まで薄暗く黴臭い屋根裏部屋に詰めている後輩達に息抜きを与えようとの配慮からである。

 通された応接の中央、テーブルに所狭しと並べられたケーキにマグナは顔を輝かせる。
 ネスは悠長に構えている暇などないと渋い顔をしたが、しっかりと自分の口にするお茶の銘柄を指定していた。

 先輩の教育が良かったのか、後輩の順応力がずば抜けているのか。

 嵐の前の静けさには違いないが、歳若き召喚師達はひとまず安穏とした時間を持つこととなった。
「そういえば俺、ギブソン先輩に訊きたいことがあったんですけど」
 ケーキを頬張りながらマグナがもごもごと口を動かす。途端に行儀の悪いことをするな、とネスの小言が飛んだ。
「なにかな?」
 マグナは慌てて口の中のものを呑み込んで質問を続ける。
「最近急に明るくなりましたよね。少し前まではもっと陰気だったのに、いつ路線変更したんですか?」
 珈琲のポットを持ち上げていたミモザが吹き出した。注ぎ口から琥珀色の液体が飛び散り、白いテーブルカバーに染みを作る。お茶を飲み違えてしまったらしいお目付役の青年が、マグナの隣で激しく咽せた。
「マグナ!君って奴は、ギブソン先輩に失礼だろう!!」
「ネスだって気にしてたじゃないか!!」
「それにしたって、もう少し言い方ってものがあるだろう」
 弟弟子が首を傾げる。
「言い方?えーっと、じゃあ、どうやって根暗を治したんですか?」
 ネスティは額を抑えた。ミモザは腹を抱えて爆笑している。
「陰気も根暗も意味は変わらないだろうが!」
「なら、なんて言えばいいんだよ!!」
 まだ少年っぽさが抜けきらないマグナの顔が紅潮した。
 いや、それは……と、懸命にフォローを考える生真面目な青年の肩を叩き、ギブソンは苦笑を漏らす。
「僕自身はさほど変わったつもりはないんだが。ただ、笑っていても泣いていても世界はなるようにしかならないんだってことがわかったからね」
「はあ……?」
 怪訝な顔をする弟弟子達を眺め、ミモザがいたずらっぽく微笑んだ。
「わたしから説明してあげるわ」
 聞いて後悔しないといいけどね、と前置きをして全員のお茶を注ぎ足す。ギブソンは生クリームたっぷりのココア、マグナは砂糖控えめのミルクティーで、ネスはウバのストレートだ。
「あなた達も知ってのとおり、わたしたちの先の任務は、サイジェントで起きていた事件の調査をすることにあったの」
 ミモザが語りだしたのは、青の派閥でも最重要機密とされている『無色の派閥の乱』に係わることだった。ネスが僅かに身体を強張らせる。自分達が耳にしてよいものか考えているのだ。敏感に後輩弟子の雰囲気を察したギブソンは、そんなに構えるような話じゃないんだよと軽く笑った。
「該当する地を訪れ、事件の鍵を握る二人の人物と出逢ったわたしたちはその子達を青の派閥の本部に連れ帰ろうとしたわ」
「子達って……、二人ともミモザ先輩よりも若かったんですか?」
 興味津々で身を乗り出すマグナの額が軽く小突かれる。
「わたしだって、まだまだ充分若いんですけどねぇ?」
 いけないことを言うのはこの口かしら~?と、後輩の頬をつねる女性にギブソンが取りなした。
「君達とそう変わらない年だったと思うよ」
 君が話をすると言ったのに脱線してどうするんだい?と、諭されミモザはしぶしぶ手を放す。頬をさする相方にネスは「口は災いの元」という言葉の意味を学べて良かったな、と冷淡な目を向けた。
「ネスが冷たい……」
「いつものことだろう」
「はいはい、じゃれ合いはそのくらいにして。話が進まないわ」
 もともとは自分が脱線させたことも忘れて、女召喚師が話を引き戻す。
「正直言って、お偉いさん方が二人をどう扱うかわたしたちにも予測がつかなかった……ううん、考えたくなかったというのが本当のところかしら。特にそのうちの一人は無色の派閥の総帥に連なる者だったから……」
 青の派閥は善意の集団ではない。金の派閥のように報酬を得て動くことはないというだけだ。召喚師である驕りもあれば、地位に対する執着もある。
 派閥は自分達の弊害となるであろうモノがのさばることを許さない。その二人の行く末も、運がよくて一生幽閉というところだったろう。
「あれ?けどそんな人達、本部に連れてこられたことないですよね?」
 もし、到着していれば本部内に厳戒態勢が敷かれていたはずであるし、当然人の口にも噂がのぼる。だが、マグナもネスもそんな話を聞いた覚えはまったくなかった。
 容易く考えたことを声に出す己の被保護者をネスが叱りつける。
「マグナ!君は出しゃばりすぎだ!事は青の派閥の最高機密に係わるんだぞ」
「そんなに神経質にならなくてもいいわよ。その辺りの事情は長くなるから今度ゆっくり話してあげるわ。今話したいのは、護送の最中でのことなの」
 険しい顔の召喚士に囲まれ見知らぬ土地へ向かう二人は、不安で胸が一杯だったのだろう。揺れる瞳が映すのは互いの姿のみ。額を寄せて囁き交わす表情は稚く。目にした者達の心を痛ませた。
「……わたし達にとって不運だったのは、幌付きの馬車が借りられなかったことね」
 嘆息するミモザの姿にネスは、先輩達が以前の仕事で上層の不興を買ってしまったと口にしていたことを思い出す。まさか情に流され二人を逃がしたのでは……という疑念が一瞬頭をよぎり慌てて考えを打ち払った。
 彼等とて青の派閥の召喚師。直接聞いたことはないがこれまでにだって似たような経験をしてきたはずだ。それらを乗り越えてきたからこそ、目の前の人物は一流と呼ばれているのではなかったか。
「その者達も召喚術の使い手なのでしょう。こちらの視界が悪くなれば、隙を突かれ術を放たれる危険性が増します。心情的にやりきれないものを抱えることになったとしても、幌がなくて正解だったのではありませんか?」
 気を取り直して口にした憶測に答えたのはギブソンだ。
「そういう子達ではなかったのだよ。まあ、二人を知らない者は確かにそれも危惧していたのだろうけど。ただ、あれには周りの者達も思わず目線を泳がせていたな」
「一体何があったんです?」
「あったなんてもんじゃないわよ!!あの時の気まずさといったら……。すぐさま叫び声を上げて平原に逃げ込んでしまいたいくらいだったわね」
 ソファーから立ち上がったミモザが拳を作った。
「気まずさ……?」
 召喚術で攻撃されたのであれば、『気まずい』などという表現は使わないはずだ……たぶん。
「そりゃあ心細かったのはわかるわよ!無条件で信頼出来るのがひとりだけなら寄りかかりたくもなるでしょうよ。でもね、周りにはわたしたちだっているってことを少しぐらい考えてくれてもよかったと思わない?!」
「思わない?!って聞かれても……」
 突然興奮しだした先輩召喚師にメンバー中一番年下の青年の腰が引けた。ネスも困惑してギブソンへ物問いたげな視線を送る。
 凄腕召喚師であるところの先輩は微妙に頬を赤らめ顔を逸らした。
「先輩……?」
「仕事一筋、真面目一直線。恋愛にも女の子にも興味を持たなかった堅物にはそりゃあ、刺激がつよかったでしょうね」
 手を腰に当てたミモザが、やけになったように笑った。
「えっと、それはつまり……」
 どういうことなんでしょう?との問いを途中で遮り、紅一点の召喚師はマグナ達の思いも寄らないことを言い放つ。
「問題の二人はね、わたしたちの目の前で盛大にいちゃついてくれたのよ」
 恥も外聞もなく。それはもう延々と。
「……はあ?!」
 マグナとネスの声が綺麗にハモった。呆然としている弟弟子達を前に、ミモザは疲れたような溜息を吐く。
「本当のこというと、あの子達の行動如何でリィンバウムは滅んでいたかもしれない。だからこそ、私達は自分の感情に蓋をしても二人を青の派閥に連れていこうとしたの。その先に待ち受けているのが決して幸せじゃないことを知りながらね」

 だが、恋とは障害が大きければ大きいほど激しく燃え上がるものである。

 背負わされた世界の命運、明日をも知れぬ我が身。住み慣れた場所から引き離される心細さ。
 条件がこれだけ揃っていて気持ちが盛り上がらないはずがない。
 これが最期と思い極めれば張り合っていた意地も解け。素直な気持ちで言葉を綴れば互いの気持ちは手に取るように伝わってくる。
 結果、子供達は並み居る外野をものともせず『世界は二人のためにあるの』と歌い出しそうならぶらぶオーラを大放出していちゃつきまくり。周囲をそれはそれはいたたまれない気持ちに追いやってくれたのだった。
「あの子達の仲間が助けに来たとき、正直言ってほっとしたわ。これでやっと出歯亀気分から抜け出すことができるってね。他の護送者達も同じ事思ったんじゃないかしら。さして抵抗もせず二人を仲間に引き渡していたもの」
 リィンバウムが救われたのも、二人の『愛の力』に頼るところが大きかったのよね。と、乾いた笑いで付け加える。

 その時、ギブソンは思った。

 世界の命運を握る者達がこれだけ青春を謳歌しているというのに、たかだか一介の召喚師にしか過ぎない自分は一体何を気負っていたのだろう―――と。
「……………」
「それ以降、物事を考えるときは極力楽観的に捉えるようにしたってわけさ」
「…………………………」
 なんとコメントしていいことやら。
 後輩二人は思わず顔を見合わせた。
「……こほん、その、先輩にとってはとても貴重な経験であったわけですね」
 ネスの科白が些か空々しく響く。マグナも調子を合わせるようにコクコクと頷いた。
「俺、今のギブソン先輩の方が好きですよ」
「ありがとう。僕も以前より人生が楽しくなったような気がしているんだ」
 にっこりと人好きのする笑顔を浮かべ、偉大なる先輩召喚師はチェリータルトに手を伸ばす。
 美味しそうに御茶請けを頬張る片割れを、ミモザが優しい眼で見守っていた。少し血気盛んなところのある女性だったが、彼女もまた先の闘いで成長したのだろう。
 ともあれギブソンが以前より付き合いやすく、そしてより頼りがいのある存在となったことに違いはない。後輩召喚師二人はそう考えることで己を納得させることにした。
 そうして、マグナとネスは先輩の人生観に変化をもたらしたサイジェントの召喚師に少々の敬意と多大なる好奇心を抱く。

 彼等が邂逅を果たすまでには、いまだ数ヶ月の時を必要としていた。

2003/06/24 UP
………ギブソン先輩のファンの方、ごめんなさい。(土下座)
サモン1と2では彼の性格がかなり変わっていたので、一体何があったのだろうと考えていたらこんな話が出来上がってしましました。ご覧の通り徹頭徹尾ギャグです。
サイジェント組の人物特定はしていないので、お好きな組み合わせを想像してお楽しみ下さい。