murmur4/油断大敵?

「なあ、解放軍のリーダーでどんな奴なんだ?」
 大きめの寝台に二人一緒に寝転がり、サスケがフッチに問いかけた。
 マクドール邸は広い。部屋数もたくさんあるが、そんな大層な身分でもないと自覚のあるフッチは、恐縮してサスケと同じ部屋に入れてもらうことにした。
 ルックはさっさと一人部屋を確保している。
「う~ん、なんていったらいいかなあ」
 仰向けになったフッチは言葉を探す。脳裏に浮かぶ花車な背中は、どんな美辞麗句も似合いそうだが、どんな言葉を使っても少しだけ違うような気がした。
「一言でいうと、強い人、かな」
「なんだ、それ。芸のない答えだな」
 サスケが呆れる。
「しょうがないだろ、それ以外に言いようがないんだから」
「俺にだってあいつが見かけによらずできるってことぐらい解るって。それに赤月帝国をぶっ倒した奴だろ?いっくらお飾りだってまったく弱いってわけにはいかないじゃん」
「セラウィスさんはお飾りなんかじゃない!!」
 フッチは勢いよく身を起こすと憤然と抗議した。
「あの人がいたから、あの方が解放軍のリーダーだったから、僕達はあの奇蹟を成し遂げることができたんだ!!」
 違う、本当は奇蹟なんかじゃない。あれは、あの人だた一人の功績。僕達はただあの人に寄りかかってついていっただけだ。
 フッチにしては珍しい剣幕に、サスケはあわててフォローを入れる。
「怒るなよ、例えだって。気に障ったなら謝るからさ」
 必死に宥めて、
「でもよ、おまえといい、カスミさんといい、本当にトランの英雄に心酔してるんだなあ」
 崇拝といってもいいくらいだ。
 あの厳めしいレパント大統領や、ルックでさえ、彼の前では態度が変わる。
 うん、それはね。とフッチは頷いた。
「セラウィスさんは、本当に特別だったから」
「だから、どう特別なんだって聞いてんだろ」
 今度はサスケがむっとしている。
(そうか、サスケってばカスミさんに憧れているからなあ)
 彼女がセラウィスに特別な感情を抱いている様子が気に入らないのだとすれば、憮然とした態度も頷けた。
「具体的にっていわれるとちょっと困るね」
 表面的な讃辞なら幾らでも連ねることができるけど、彼の人の内面を知っていた人は数えるほどしかいなかったんじゃないかと思う。
 かくいうフッチも、解放軍には最後の方にちょっと参加しただけだった。それも飛龍を失ったために竜洞にいられなくなった自分の保護を、ヨシュアの知り合いであるハンフリーが引き受けてくれたという経緯があってのものだったから。戦争といっても、後方の安全な所に配置され、ほとんど参加することはなかった。
 だけど、自分しか知らないセラウィスの姿があることも確かで。
「前にもちょっと話したけど、僕は自分の不注意でブラック……自分の騎竜を死なせてしまったんだ」
 名前を出しただけで、いまでも胸が痛む。あれから3年しかたっていないのだ。
 サスケは突然の話題の転換にちょっと眉を上げたが、おとなしく話の続きを促した。
「そのとき、落ち込んでいた僕をいちばん気にかけてくれたのがセラウィスさんだった。僕はいまよりずっと子どもで、さんざん八つ当たりとかしちゃったのに、セラウィスさんはいつも静かに微笑んで慰めてくださったんだ」
「でもよ、別にそれって特別なことじゃねーだろ。俺だって、お前が落ち込んでたら気にかけるぐらいはするし……」
 優しい、けれどぶっきらぼうな少年忍者の精一杯の言葉に、フッチは笑って「ありがとう」と付け加えた。
「うん、僕もそう思って甘えていた。自分だけが不幸で哀しいんだって。けど、違ったんだ。……セラウィスさんね、そのとき親友を亡くされていたんだよ」
「へえ」と、サスケがちいさく声を上げた。
「後でルックから聞いたんだ。戦争が始まる前に生き別れになってから、ずっと行方を捜していた人なんだって……僕ね、一度だけその親友……テッドさんに会ったことがあるんだ」
 あれは、まだ彼が帝国の軍隊に所属していた頃。
 任務で星見の塔へと向かう彼らを、飛竜で送り届けたことがあった。
「セラウィスさんは、その親友に屈託のない笑顔を向けていらっしゃって……」
 それがあんまり奇麗な笑顔だったから。会ったばかりの少年に嫉妬を覚えてしまったほどだった。星見様より彼らの道案内役を仰せつかっていたルックも、なにげにテッドに対して嫌がらせを働いていたみたいだから、きっと同じ思いを抱いたのだろう。

 たったひとりに向けられていた、いまは、失われてしまった微笑み。

「その前にも、お父さんとか大切な人を次々と亡くされていて……なのに、誰一人、セラウィスさんの心を軽くしてあげられる人間はいなかったんだ」
 彼が解放軍リーダーであったがゆえに。
「そんなところに、僕がヒステリーをぶつけたりしたのに、セラウィスさんは、そんなこと微塵も感じさせずに優しくしてくださった」
 フッチに立ち直る機会を与えてくれた。いくら感謝してもしきれないくらいだ。
 サスケはしばし口を噤んでいたが。
「戦争だからな。ロッカクの里でもずいぶん人が死んだし……」
 当時を思い出したのか、ぼそりと呟く。
 フッチは違うんだ、と叫び出しそうになって、ようやくのところで思いとどまった。
 ロッカクの里やブラックの場合は、そうだろう。けれどセラウィスの苦しみは違う所にあった。テッドが死んだ直接の原因は戦争ではない。
 どころか、戦争さえも彼を取り巻く運命が引き起こしたものなのだと、言えないこともなかった。

 呪いの紋章『ソウルイーター』。

 27の真の紋章中もっとも忌まわしきモノとの呼び声も高いそれが、かの英雄の右手に受け継がれている。解放戦争時、一度も振るわれることのなかった闇の刻印が彼にもたらした絶望の深さは、いかほどのものであったのだろうか。

 誰もかの人の孤独に追いつけない。
 誰もかの人の闇を共有することはできない。

 フッチは己の無力さに唇を噛み締めた。
 部屋の中を沈黙がよぎる――。
 静寂を突き破ったのは、ドンドンっと扉を激しくノックする音だった。
 返事を待たず、無遠慮に入ってきた人物は、
「ナナミさん。どうしたんですか」
 現同盟軍リーダーの義姉、ナナミだった。
「あのね、さっきグレミオさんに台所を借りてクッキーを焼いたの。それでどうかな、と思って」
 にこにことクッキーの入った籠を差し出され、フッチとサスケの顔からササーっと血の気が引いた。
 そういえば、少し前に、遠くで爆発音がしていたような……。
 見た目がまともだからといって侮ってはいけない。ナナミの料理は下手な魔法攻撃よりも破壊力がある。だが、真の恐怖は、それがわかっていても、無邪気な笑顔で薦められると断れないところにあった。
 フッチもサスケもはっきりいって、美少年攻撃のときよりも危機感を覚えている。
 屋敷の広さに、身近に迫る危険を認識できなかったことを悔やみながら、サスケは最後の抵抗を試みた。
「あんたの弟はどうしたんだよ」
 カイネならナナミの料理にも免疫がついている。あいつに持っていってやれと、言いかけた言葉は、しかしナナミによってあっさりと一蹴された。
「それがね、部屋を覗いたんだけどいないの」
「……ルックのやろーは?」
 こうなれば一蓮托生と、少しでも自分の割り当てを減らそうとすれば、
「ルックくんもなの。もう、二人とも何処いっちゃったんだろうね」
 カイネったらお姉ちゃんのことまた置いてけぼりにして。もう、クッキーを分けてあげないんだから!
 高らかにあがる宣言に、なら自分たちのことも放って置いてくれとサスケは切実に願った。
「しょうがないから、3人で食べちゃお♪お茶も入れてきたんだよ」
 嬉しそうに差し出された液体は――妖しげな色をしたこれは、果たしてお茶……なのだろうか?
 サスケとフッチはこれから己が身を襲うであろう災厄に、揃ってごくりと喉を鳴らした。
2001/08/05 UP
ありがちな話。どこかで似たようなものがあったらごめんなさい。
朝霧は美少年攻撃をほとんど使ったことがありませんが、初めて見たときはびっくりしました。
さすがはルック、と拍手喝采を送ってしまったほどです(笑)。
それにしても、幻水3では、この協力攻撃にルックは入れるんでしょうか?(見た目と実年齢とどちらを取るんでしょうね/謎)
(2005年4月17日追記:そう来るとは思いませんでしたよ幻水3……/涙)