ショックを隠せない小蒔を宥めてくれたのは龍麻だった。
「俺と京一は心当たりを捜してみるから、桜井は醍醐と一緒にマリィを連れて桜ヶ丘病院に向かってくれるかな。院長先生に詳しい話を聞いてきて欲しんだ」
両肩に手を置き、目線を合わせてゆっくり言う。
「美里はきっと大丈夫だよ」
龍麻の言葉を聞いていると、本当にそう思えてくるから不思議だ。
しっかりと頷いた小蒔を確認し、龍麻は醍醐に向き直る。
「醍醐、桜井とマリィのことを頼んだよ」
「わかった、こっちは任せてくれ」
掌が離れていった後も、小蒔の両肩には温もりが残っていた。
龍麻達と後に合流することを約束して、一路病院を目指す。
半泣きの高見沢に迎えられた三人は、すぐさま院長室に通された。
「美里がいなくなったというのは本当ですか?マリィが持ってきた手紙には、『九角の元へいく』と書かれていましたが」
質問は醍醐に任せる。以前、たか子先生は女性より男性に質問された方が、気分よく回答できる人なのだと高見沢から聞いていたためだ。もっとも、院長先生の気に入りは、別行動をしている二人組の方だった。光栄に浴している当人達――主に京一――が、それを誉れと感じたことはないようだったが。
「ああ、昨夜のうちに病院を抜け出したらしい。ときにお前達、《菩薩眼》というものを知ってるかい?」
「ぼさつがん~?何ソレ?」
小蒔と醍醐はそろって首を傾げる。はいは~いっ!と高見沢が横合いから元気良く手を挙げた。いつのまにか落ち込みから抜け出していたらしい。
「《菩薩眼》というのはぁ~、女性にだけ宿る能力でぇ~、《龍脈》の流れを読んだり、ちょっとだけなら制御できちゃったりするすっごぉい、《力》を持っている人のことでぇーすっ」
……ますますもって判らない。
助けを求めて視線を送ると、たか子は苦笑した。
「平たく言えば《菩薩眼》は、覇者となるべき者に《力》を貸し与える存在なのさ」
翻ってみれば、《菩薩眼》を手に入れた者こそが覇王となる資格を得るということになる。覇権を望む者にとっては、まさに垂涎の『宝』だった。
「そして、《菩薩願》を多く輩出し、守護してきた家こそが九角家なんだよ」
たまに例外も在るが《菩薩眼》であれば、九角と縁戚関係があると見て、まず間違いない。
「では、九角家がお家断絶の憂き目にあった理由というのは……」
たか子は肯いた。
「おそらくはね。さて、問題はここからだ」
「先生はぁ~、美里さんが、その《菩薩眼》だって言うのぉ~」
「は?!」
小蒔と醍醐の目が点になった。
「えっ……と、それって、葵が九角の親戚だってこと?それで、九角家が将軍様に潰されちゃったのは、《菩薩眼》のせいかもしれなくて……」
考えがまとまっていくに従い、小蒔の顔から血の気が引いた。
「じゃあ、葵は九角家が滅んだことに責任を感じたの!?おんなじ《菩薩眼》だから?だから、ボク達の前からいなくなったの?そんなのおかしいよ!」
醍醐が苦虫を噛み潰したような顔をする。
「あるいは、俺達が関わってきた事件に対して負い目を感じたか、だ。自分の血筋に繋がる者が、陰惨な事件を引き起こしたことを気に病んでいるのかもしれん」
だからこそ九角の元へ赴き、ひとりで何とかしようとしている。それは、いかにも葵の考えそうなことだった。
「葵オネエチャン、モウ帰ッテ来ナイノ?」
マリィの口元がへの字に歪む。瞳が潤んでいた。
「そんなことない!葵はボク達の仲間だもん」
自分自身に言い聞かせるかのごとく、小蒔がことさら大きな声を出す。
「そうだな。難しいことは俺にはわからんが、美里が俺達の大事な仲間であることに変わりはない」
「マリィ、葵オネエチャンに会イタイ……」
マリィにとって葵は仲間である以上に、大切な家族なのだ。薄倖の少女が初めて手にした家庭を、こんな不幸な形で失って欲しくなかった。
「桜井、そろそろ時間だ。龍麻達が待っているぞ」
醍醐が病院の時計を確認しながら、肩を叩いた。
「あ、ウン……。それじゃあ、たか子センセー、ボク達そろそろ行くよ」
「美里を助けるんだろ、気をつけてお行き。なにかあったらすぐにきな」
特に、龍麻と京一なら大歓迎さ。桜ヶ丘病院の院長は恰幅のいい躰を揺らし、イヒヒと笑う。
醍醐はたか子の好みから外れる自分の容貌に、ちょっぴり感謝の念を抱いた。
「がんばってねぇ~。ダーリンによろしく~」
来たときと同様、高見沢に送り出され、待ち合わせ場所へ足を運ぶ。
小蒔は悪い考えばかり巡らせてしまう頭を叱咤し、懸命に考えた。
自分から姿を消した葵。たおやかな外見に似合わず、強固な一面を持つ彼女を、納得ずくで連れ戻すにはどうしたらいいだろう。
「あ、そうか織部姉妹だ!!」
閃いた思いつきに、ぽんっと手を打ち合わせる。
「なんだ、どうした?」
「ほら、醍醐クン達このあいだ、ゆきみヶ原高校でやった弓道の親善大会に応援に来てくれたでしょ。その時に紹介した雪乃と雛乃のこと覚えてる?」
「ああ、織部神社で巫女をしているとかいう双子の姉妹だったな」
妹の雛乃は小蒔と同じく弓道を――宿命のライバルなんだと小蒔は息巻いていたが――姉の雪乃は長刀を嗜んいる。大人しい妹と闊達な姉。外見も性格も正反対の姉妹だが、小蒔にとってはどちらも仲の良い友人だった。
「そういえば、桜井に連れられて織部神社に遊びに行ったときに、《風水》だの《龍脈》だのといった話を随分聞かされたな」
醍醐にはいまいちピンとこなかったが。
「ボクだってさっぱりだったよ。京一なんて途中から半分眠ってたしさあ。でも、葵やひーちゃんはすっごい真剣な顔して聞いてたじゃない」
雛乃が龍脈だの風水だのといった話を持ち出したのには、理由がある。
小蒔は、次々と起こる事件や人とは違う《力》を持つことについて小蒔なりに悩んでいた。
同じ状況にある仲間達に弱音は吐けない。そこで、幼い頃から強い霊力を持つと評判の双子の巫女を相談相手としたのだ。織部姉妹を仲間達に引き合わせたのは、姉妹の話で皆の気持ちが少しでも楽になればという配慮もあったからだった。
「雪乃と雛乃なら、きっと葵をうまく説得してくれるよ。ボクもずいぶんとお世話になったもん」
名案だとばかりに小蒔が携帯電話を取り出す。指が登録された短縮ボタンにかかるのを見て、醍醐は慌てた。
「ちょっと待て桜井。美里の説得に同行させるってことは、下手をすれば九角との戦いに巻き込むことになるかもしれないんだぞ」
醍醐の懸念を、小蒔は笑ってイナした。携帯はすでに呼び出し音をたてている。
「平気ヘイキ。雪乃、最近運動不足だって言ってたから丁度いいよ……あっ、もしもし雪乃、小蒔だけど。あのね……」
小さな通話口に向かってさっさと用件を伝えてしまう。こうなってはもう止められないだろう。
溜息をついていると、くいくいっと小さな手が袖を引く。
「なんだ?マリィ」
「ダイゴ心配ナノ?ダイジョーブ!葵オネエチャンハマリィガ守ル」
……いざというとき強いのはやはり女性なのか。あれこれと思い悩む自分が情けなく思えてくる醍醐だった。
快く頼みを聞いてくれた織部姉妹を連れ、合流地点に到着すると既に龍麻と京一が待っていた。
如月とアランも一緒だ。
「龍麻に頼まれてね。どうせなら四神すべてが揃った方が、都合がいいだろうとアラン君にも来てもらったんだ」
「ボクのスイートラバー、葵の一大事とあっては黙っていられないネッ」
アランは至極真面目に発言しているのだが、雪乃の眼にはふざけているとしか映らなかった。むっと鼻に皺を寄せる。
「なんだぁ、このあやしげな外人のニーチャンは」
「初めまして。織部が妹、雛乃ともうします」
対照的に雛乃が丁寧に挨拶した。
「OH!ヤマトナデシコ、イッツ、ビューティフルネ!」
……どうやらアランは雛乃がお気に召したらしい。雛乃の両手を握り、いきなりナンパを始めた。
「お嬢サン、ボクと今度の休みにドコカへ出かけませんカ?」
「えっ、いえ、わたくしは、その……」
「テメエッ、雛乃を放しやがれ!!」
驚いて腰の引けた雛乃を助けんと、雪乃が二人の間に入り込む。妹を背に庇い、長刀を構えた。
「ソンナもの振り回すと、危ないネッ!」
「危ないのはテメェだッ!!」
殺気を込めた一刀をギリギリのところでアランが避ける。雪乃はさらに追いすがった。
「九角が《菩薩眼》を手に入れたら、何をしでかすがわからない。美里君を一刻もはやく助け出すべきだ」
姦しやかな外野を、如月は見事に黙殺する。
「見当はついているのか?」
醍醐も伊達に小蒔や京一と長く付き合ってきたわけじゃない。少々の騒ぎは気にならなくなっていた。
「おう。ばっちりだぜ。如月が突き止めてっからよ。忍者なんて胡散臭せーと思ってたけど、たまには役に立つもんだよな」
先祖の文献から、如月は《菩薩眼》のことや九角家と美里家の関係などを調べ上げていた。九角の潜伏先についても目処はつけてある。
「君に言われたくないよ、蓬莱寺君」
「龍麻オニイチャン、葵オネエチャン、見ツカッタノ?」
マリィは龍麻の腕にしがみつき、つぶらな瞳を向けた。龍麻は安心させるように力強く頷く。
「美里は等々力不動尊にいる。みんなで迎えに行こう、マリィ」
「ウン!!」
顔一杯に笑顔を浮かべたマリィに微笑みを返し、龍麻は一同を見回した。
ひとしきり騒いでいたアランと織部姉妹――暴れていたのは雪乃で、雛乃は仲裁にアタフタしていただけだが――もぴたりと騒ぎを収め、気を引き締める。龍麻のカリスマ性が真価を発揮するのはこんな時だ。ほかの者ならこうはいかないだろう。
(はあ、やっぱりひーちゃんってすごいなあ。鶴の一声なんだもん)
小蒔はなぜか鼓動を早めた胸に手をあてた。
「なあ、九角ってのは将軍家に滅ぼされたから、その恨みを晴らそうとしてんだろ?」
等々力不動尊に向かう道すがら、雪乃が言った。
「だったらよ、一番悪りィのは、時の将軍様ってことになんじゃねえのか?」
「そんな単純な話じゃない」
長く将軍家に仕えた飛水流の継承者は、忌憚のない意見を述べる。
「諸国大名が《菩薩眼》の存在を知れば、動乱が起こるは必定。徳川が世の安定のために、手を打つのは当然のことだ。無論、将軍家に《菩薩眼》を利用する気持ちがまったくなかったとはいわないが」
「一番カワイソーなのは、そのお姫さまデース。彼女は何も悪くないネ」
アランは最初から最後まで女性の味方だ。
「まあ、将軍としては自分を玉座から引きずり下ろす可能性となるものを看過するわけにはいかんだろう」
醍醐が含蓄のある言葉を言う。
「時代劇のような勧善懲悪などありえません。どちらにも事情があったのでしょう」
雛乃がしんみりとした口調で俯いた。
「……葵どうなっちゃうのかなぁ」
聞くとはなしに聞こえてくる会話に、小蒔の気持ちはどんどん重くなっていく。
「どうにもならないよ。俺達はただ、友人を迎えにいくだけなんだから」
マリィの手を引いた龍麻があっさりと答えた。
「それはそうなんだけど……ね、ひーちゃんは《菩薩眼》のコトどう思う?」
「正直言って半信半疑、かな。《菩薩眼》の力が本物なら、九角が滅亡しているはずがないからね」
どころか、九角が支配者の地位についてしかるべきである。
言われてみれば確かにそうだ。やっぱり龍麻は違うな、と小蒔は感心する。
「そういう桜井は、どう思っているの?」
逆に問われて、小蒔は言葉を濁した。
「うん……ボクは、よくわかんないや……」
「なんだァ、いやに歯切れが悪りィじゃねーか」
まさか、びびっちまったんじゃねェだろーな?
龍麻のすぐ後ろを歩いていた京一が茶化す。小蒔はぎこちなく首を振った。
「おい、小蒔?」
さすがに京一もおかしいと思ったのだろう。隣に移動して顔を覗き込む。
「どうした、腹でも痛いのか?」
「違うよ。そうじゃなくて……葵がずっと悩んでたのって、相談できる人がいなかったからなんだよね。きっとボクが頼りないからなんだなって思ったら、ちょっと情けなくなっちゃって」
織部姉妹のような知識が小蒔にあれば、葵もひとりで悩まずに済んだろうに。
「だから織部姉妹を呼んだの?」
こくんっと首を縦に振る。
「ボクではどうしようもないんもん……あはっ、ボクってば、葵の親友失格だよねぇ」
「ソンナコトナイヨ!」
龍麻の手を解き、マリィが小蒔の前に回り込んだ。
「マリィガメフィストノコト、大好キナノミタイニ葵オネェチャンダッテ、小蒔オネェチャンノコト大好キダヨ」
ローゼンクロイツ学院時代には、唯一の友人であった黒猫を抱き締め、マリィが一生懸命に言葉を紡ぐ。
「マリィの言うとおりだぜ。俺たちゃ仲間だろ。だいたいお前がしおらしく悩むタマかよ」
「……京一は一言余計なんだよ!」
乱暴な物言いは、京一なりの気遣い。小蒔はわざと拗ねてみせた。
「美里は、桜井を心配させたくなかったんじゃないかな。桜井だって、俺達に心配をかけたくなくて織部姉妹に相談してたんだろ?それと一緒だよ」
ちょっとした思いやりが、すれ違ってしまっただけのことなのだと。
小蒔の顔が泣き笑いに歪んだ。龍麻の言葉は人を思い遣る暖かみに溢れている。
「ありがとひーちゃん、マリィもアリガトね」
「ウンッ!」
マリィが大きく頷いた。龍麻がそのやわらかな光沢を放つ髪を、優しく撫でてやる。
「おい小蒔、俺の名前が抜けてるぞ」
「ナニ言ってんだよ。京一はボクをからかってただけだろ!」
思っていることとは逆のことを口にする。
俺の誠意って報われないよなァ~。と嘆きながら、京一は龍麻の背中にべったりと張り付いた。慰めて欲しいらしい。
「京一重い」
龍麻は鬱陶しそうに文句をつけるが、払いのけたりはしなかった。
あいも変わらぬ二人に、小蒔はほっと肩の力を抜く。我知らず緊張が高まり、余計に不安が増していたのだ。
「でもさ、やっぱりこの機会に雛乃に教わって少し勉強でもしようかなァ」
気持ちを切り替えるために、ことさらに明るい声をつくった。
「京一に見習わせたいよ。こいつ、また生物補習だから」
龍麻が溜息をつく。
「え~ッまたなのォ。京一、いいかげんにしないと卒業できなくなるよ」
「余計なお世話だ!俺だって、雛乃ちゃんみたいな先生がついててくれりゃ手取足取りだなぁ……」
「……ふうん。京一は俺が講師じゃ不満なんだ」
京一の失言に龍麻の声が一段階低くなった。
「えっ!いやっ、別にそういうわけでは……」
冷や汗をだらだらと流しつつ、もごもごと弁解する。
いまのは全面的に京一が悪いっ!と、フォローする気もない小蒔は、硬直する友人をさっさと見捨てた。
「そういえば、ひーちゃんも龍脈とか風水とかに結構詳しいよね。やっぱ昔から興味があったの?」
代わりに雛乃の名前から、ふと連想したことを訊いてみる。
「詳しいというか……」
ちょっと龍麻が言葉を句切った。
「むかし……ずっと前にね、時々俺の前に現れてはその手の話をしていく奴がいたんだ。そのときは意味が分からなかったけど、言葉の響きだけは覚えていたから」
後年になって調べたのだという。
「へえ……」
小蒔は少しだけ驚いた。龍麻が自分の話をすることは滅多にない。
「珍しいな。ひーちゃんがそんな話をするなんて」
京一も吃驚しているようだった。
「そうかな。やっぱり相手が桜井だからじゃないか?」
「えっ、ボク?」
「話しやすいから、つい、余計なことまで喋っちゃうんだよ」
「え……えぇぇぇぇーッ!!?☆○△□※……」
小蒔は目を白黒させた。
心臓が一気に富士山を駆け上がる。
(それって、……それって、ひーちゃんがボクに、気を許してくれているってこと……?うわぁ、どうしよう。なんか、すっごい嬉しいかも……)
目の前がぐるぐると廻る。身体中の血液が、勢いよく新陳代謝を始める。
頬がとても熱かった。
(何でこんなに動揺してんだろボク。変だよね)
龍麻の何気ない言葉に一喜一憂する自分がいる。
嬉しいような、泣きたいような不思議な感覚に支配される。
頭の中が混乱して、叫びだしたくなった。
ボク……。
そっか。ボク、ひーちゃんのコト…………
「ひーちゃん、お前、解ってやってるか?」
朱くなって俯いてしまった小蒔をちらりと見やり、京一がげんなりとした。
「何が?」
やっぱ天然かよ、質が悪りィ。ったく、計算してるかと思えば、自覚がねぇしよー……。
背中に張り付いたまま、ぶつぶつとぼやく。
「京一、気持ち悪いから人の耳元で独り言を言うな。それと、いい加減放せ」
龍麻が京一の頭を乱暴に押しのけた。
「おい、何をしているんだ。早く来い」
気がつけば、醍醐達と随分距離が開いてしまっている。歩を早めて追いつくと、立ち止まって待ってくれていた一行が口々に苦情を連ねた。
「おめーら、いつまでも道の真ん中で漫才してんじゃねーよ」
「姉さま、そんな大きなお声をあげては……」
「龍麻、いくら君が人が好くても蓬莱寺君に付き合って、品性や知性を貶める必要はないと思うよ」
「アミーゴ!何してるデースか?早く来ないと置いていくネッ」
「ゴメンッみんな」
小蒔は素直に謝る。
「やい如月!てめェさらりと暴言吐かなかったか?」
京一は一部の者の言葉に引っかかりを覚えたようだ。
「僕は真実を口にしたまでだ」
「なんだとぉ」
「二人トモ喧嘩シチャダメ!葵オネェチャンヲ早ク助ケニ行コウヨ!」
龍麻と手を繋ぎなおしたマリィが二人を叱りつける。
「マリィの言うとおりだな。翡翠もあんまりからかうなよ。京一はすぐ頭に血が上るんだから」
「そうだね。京一ってば単純だから」
「おめーら、言いたいこと言ってんじゃねぇッ」
わめき立てる京一。小蒔は大きな声で笑った。今度こそ、自然に笑えた。
陰鬱としていた心が、いつのまにか、からりと晴れている。
(そうだよね。うじうじ悩んでたって何にもならないんだから)
自分に出来ることからやっていこう。
怖いことも悩むこともたくさんあるけれど、隣にはいつも大切な仲間達がいる。
龍麻が、いてくれる。
皆が一緒なら、どんなことでも乗り越えていけると信じられるから。
(ひーちゃんにとってはボクなんか、仲間のひとりでしかないんだろうけど)
もとより、葵が相手では勝ち目がない。
それでも、いまは芽生えたばかりの気持ちを大切にしたかった。
(いつか、伝えられたらいいな)
小蒔がもう少しだけ強くなれたら、自分に自信がもてるようになったら。
龍麻は困るかもしれないけど、きっと最後まで耳を傾けてくれるだろう。
その日は快晴にしようと心の中で決めた。