第六話 誘い/参

 逢魔が刻。
 人と妖魔が擦れ違う落陽の刻は、いままさしく始まろうとしている決戦に相応しい色に染まっていた。



―――さと、美里。

 誰かが呼んでいる。躰を軽く揺さぶられる感覚に、葵はうっすらと目を開けた。
「う……っ、たつ、ま?」
 己を抱き留める腕(かいな)に、無意識に望む者の姿を重ねてしまう。
「美里、よかった。どこにも怪我はないみたいだね」
 霞む視界に、思い描いていたそのままの顔(かんばせ)がふわりと綻んだ。葵の意識が鮮明になる。
「皆、どうしてここに……」
「葵オネェチャン!!」
 支えられながら身を起こすと、マリィが泣きながら胸に飛び込んできた。
「翡翠が突き止めてくれたんだ。ここ等々力不動尊は、その昔、九角の居城があった場所なんだってね」
 九角の手足となっているのは、鬼籍にある者ばかりだ。怨霊は想いの残る場所に集いやすい。かつての城跡を徘徊するのは、より九角に忠誠を抱く者か、徳川との戦で命を落とし将軍に恨みを抱く者のどちらかである。九角が兵を確保するのに、ここより適した場所はなかった。
「葵のバカッ!心配したんだよ」
 小蒔が涙を浮かべながら怒鳴りつける。
 隣では、京一と醍醐が安堵の息をもらしていた。皆、葵を心配してくれていたのだ。
「ごめんなさい……私……」
「美里、話は後だ。翡翠達が今、外で戦っている」
 震える葵の肩を優しく叩き、しかし龍麻は硬い声で告げた。
「手を貸して欲しい美里」
 瞳にちらつく焦燥は、外にいる者達の状況が芳しいものではないことを物語っている。
 葵は表情を強張らせた。すがりつくマリィの腕を解き、立ち上がる。
「私にはできないわ……」
 首を振る葵を彼らはどんな気持ちで見つめているのだろう。
「なんでサ。葵、ボク達今まで一緒に戦って来たじゃない」
 小蒔が気色ばんだ。
「九角が親戚だってわかったから?葵と同じ、《菩薩眼》が九角の家を壊しちゃったかも知れないから?だから戦えないの?悪いことでも許しちゃうの?!」
 真っ直ぐな親友の言葉が胸に痛い。
「桜井の言うとおりだぞ美里。お前が知りもしない過去に捕らわれる必要はないんだ」
 醍醐は誤解している。知らないことなどではない。あれは葵。いや、美里葵として生まれる前の自分が、引き起こした事象なのだ。過去を取り戻せないからといって、罪業が消えるわけではない。ましてや、いまなお苦しめられている人たちがいるとなれば。
 葵は自分の躰を抱き締めた。
「私が一緒にいたら、いつかきっと皆を傷つけてしまう。私の《力》はこの世にあってはならないものなのよ……」
 天の力は天に還す。それが葵の選んだ結論だった。九角の元を訪れたのは、できれば、その前に彼の暴走をとめたかったから。これ以上、彼に血を流させたくなかったのだ。
「葵まさか……」
 小蒔が顔色を変える。
「おい美里、馬鹿なこと考えてるんじゃねェだろうな」
 京一が面を伏せる少女を凝視した。
「お願い、行って頂戴。私のことは放っておいて……」
 なにかしらの決意の宿った声に、醍醐が身を乗り出す。
「美里待て……ッ」
 つられて葵の躰がすっと下がった。
「――《菩薩眼》は、別名を《龍の目》という……」
 追いすがろうとする醍醐と、今にも身を翻そうとする葵。双方を引き留めたのは、いやに落ち着き払った龍麻の一言だった。
「一説によれば、龍は《龍の目》を用いて、雲を呼び嵐を起こすといわれている。龍が《力》を制御するためには、なくてはならないものなんだろう」
 なにを言い出すのかと、一同が龍麻に視線を集めた。
「目って、この『目』のことだよね?」
 順応力の高い小蒔が、わからないながらも、とりあえず目の前に浮かんだ疑問を口に乗せる。左目を指さし、あかんべするように軽く押し下げた。
「瞳のことじゃない。龍の絵を見ると、手に珠をもっているだろ?あれのことだよ。《龍珠》とも呼ばれる」

 『掌中の珠』という言葉がある。かけがえのないもの、という意味で、龍が手に握る珠を慈しみ護っているところから語源がきている。龍にとって《龍珠》はそのぐらい大事なものだと思われてきたのだ。

「ええ……っと、《菩薩眼》が《龍の目》で、《龍の目》は《龍珠》のことで……」
 小蒔は頭を抱え込んだ。なんだか名前がたくさんあって、ややこしい。
「ひーちゃん、頼むから俺にわかるように説明してくれ」
 外ではまだ、剣戟の音が鳴り響いている。京一は膠着に焦れていた。
「《菩薩眼》の真の姿は《龍珠》、龍の持つべきものだってことだよ京一。人に過ぎた《力》は、破滅しかもたらさない……」
 葵が鋭く息を吸い込んだ。両手で口元を押さえ、悲鳴を漏らすまいとしている。
「ひーちゃん?!ナニ言ってるの?さっきは、半信半疑だっていってたのにッ!!」
 小蒔が両手を握りしめた。
「おい龍麻ッ」
 京一も素早く制止をかける。龍麻はそれらを受け流しかまわず続けた。
「でもそれなら、醍醐や翡翠だってそうだ。四神の持つ強大な《力》は人の手に余る。――俺の《力》だって大概、人の範疇からは外れてるしね」

 それでも、俺達は人の世に生きている。どうしてだと思う?

 なるほどな、と京一は頷く。やっと龍麻の言わんとしていることが飲み込めた。
「そういやァ醍醐も一度、雲隠れしやがったな」
 にやりと人の悪い笑みを浮かべてやると、醍醐が気まずそうに咳払いする。
「過去の傷をほじくり返すな京一。だがな美里、俺はもう逃げようとは思わんぞ。俺が《力》をもって生まれたことの意味を……いや、意義を見つけなければ、と思っている」
 小蒔が勢い込んだ。
「ボクは、葵にいて欲しいよ。皆が一緒だから頑張ってこれたんだもん。これからだって……」
「醍醐君、小蒔……」
「あんま深く考えるこたぁねェんじゃねーの?自分が一番やりたいことをすりゃ、いいだけなんだからよ」
 美里といい醍醐といい真面目過ぎんだよ、と京一が笑って肩を竦める。
「京一君……」
「本来は天のものだとしても、《力》を持っているのは美里だ。それをどう使うか、何を選び取るかは美里が決めればいい」
 自分が何のために生まれてきたのかを知る者はいない。
 けれど、何のために生きていくべきかを決めることは出来る。
「……龍麻……」
 葵の瞳からとめどなく涙が溢れ、零れ落ちていく。
「その上で、美里に言うんだ。俺達は美里が必要だよ」
 美里は?
「私……」
「Don't Worry!葵オネェチャンニハ、マリィ達ガイルヨ」
 屈託のない笑顔を浮かべ、マリィが葵の腕にしがみつく。
 葵には、まだ、還る場所がある。暖かく迎えてくれる人達がいる。
 ……勇気を与えてくれる仲間がいる。
「私も皆と一緒にいたい……」
 心を満たしていく想いのままに、葵は龍麻の胸に飛び込んだ。

  

 ぬめりつく妖達の体液が、石畳に黒い染みを作っていた。むせかえる臭気に頭がくらりとする。
「龍麻達は無事、美里君を保護できたんだろうか」
 忍び刀を振るいつつ、如月がひとりごちた。
「他人の心配より自分の心配だぜ骨董屋。ちっくしょうッ、こいつら倒しても倒してもキリがねえ」
 青白い火の玉を形どった邪霊を、雪乃の長刀が力任せに両断する。
「腕力では駄目だ雪乃君。こうするんだよ」
 如月が逆手より持ち替えた忍び刀を、胸の前に引き寄せた。
「邪妖滅殺……飛水流奥義、瀧遡刃!!」
 日没直後の闇を、刃の煌めきが照らし出す。最初、白い光に見えたそれは、湖水の碧に変わり、たゆたう波となって一面に広がった。
 翡翠を中心にいくつもの同心円を描いた漣(さざなみ)は、雪乃たちを濡らすことなく、邪霊のみを呑み込んで速やかに消失する。
 物質に働きかける力で、形無きものを断つことは出来ない。特殊な《力》を込めた清浄な《氣》だけが魔を滅ぼすことができるのだ。
「なるほどな、そういうことならまかせときな――いくぜ、雛乃!!」
 やり方さえ解すれば、邪を払う社の巫女である姉妹が臆することはない。
「はいっ、姉さま」
 求めに応じ、雛乃が姉と向かい合う位置に座を占めた。
「今こそ、草薙の力、見せてやる!!」
 声が重なり、気が混じり合う。

『奥義・草薙龍殺陣!!!』

 双子の巫女の間から破魔の光が生まれ、放射線状に爆発した。

 気の合う仲間や、技の性質が似ている者同士が《氣》を共鳴させることにより、さらなる《力》が発揮される。真神学園の旧校舎で発見したこの法則を、龍麻達は方陣技と呼んでいた。
 体力を消耗するため、そう何度もは使えないが、ここぞというときには有効だ。

「Great!ボクも負けてはいられないネッ!」
 アランが拳銃をくるりと回転させた。弾の込められていない銃身は、アランの《氣》を得て風を生み出す霊銃となる。
「Hard Rain!!」
 掛け声一閃、間断なく続く弾丸が雨霰と邪霊に降り注いだ。
「ただのナンパ野郎かと思ってたら、結構やるじゃねえか」
「HAHAHA、タノシーネッ」
 アランがガッツポーズを作った。

「みんな、おまたせッ!」
 ようやく戦いの終局が見えた頃、葵を探しに建物内へ踏み込んでいた小蒔達が戻ってきた。
「おっせえぞ。小蒔!」
「へへへっ、ごめ~んッ」
 悪びれず笑う友人に、織部姉妹は事が首尾良く運んだことを察する。
「美里様、ご無事で何よりでした」
 小蒔の後ろから、龍麻に肩を抱かれて現れた葵に、雛乃が素直に喜んだ。
「心配かけてごめんなさい」
「一人で悩むなんて水臭えぜ。友達なんだから相談ぐらいしてくれよ」
「葵はやっぱり笑顔が一番ネッ!」
 雪乃とアランも笑顔を浮かべる。葵ははにかんだ。
「こちらも雑魚はほとんど片付いた。あとは、大物が一匹残っているだけだが……」
 如月は龍麻を窺う。龍麻は首を振った。
「いや、俺達も見ていない。てっきり建物の中で鉢合わせると思っていたけど」

「俺ならここにいるぜ」

 背中に浴びせられた一声に、全員がはっとなった。
 ちょうどいま葵達が出てきた戸口に、見慣れない学生服の男が佇んでいる。無造作に伸びた髪の奥から覗く双眸は、激しい感情に燃え上がり、葵と彼女を腕に抱く龍麻を睨み据えていた。
「お前が九角か」
 如月が忍び刀を油断なく構える。
「九角天童だ。待ってたぜ……」
 龍麻がさりげなく葵を背中に庇った。マリィは葵の手をぎゅっと握りしめる。
「九角、お前は何を望んでいる?徳川の御代はすでに終わりを告げた。もはやお前の復讐は意味をなさないというのに」
「……飛水か。愚問だな、徳川によって築かれたこの街、いやこの国こそ俺の復讐相手よ!日陰の身に甘んじなければならなかった俺の苦しみを、とくと思い知らせてやるぜッ!!」
「貴方は間違っているわ」
 葵は毅然と顔を上げた。
「望めばいつでも光の満ちた世界へ歩き出せるのよ。貴方を縛っているのは貴方自身だわ」
 九角の犯した罪は、決して軽くはない。けれど、彼の境遇を思いやり償う機会を与えることは出来るはずだ。
「生まれたときから背負わされていたものを、そう簡単に捨て去れるとでも思ってんのか」
 九角は一笑に付した。
「あくまでも戦うってェのか」
 京一が抜き身を手に、龍麻と並んだ。
「力がすべてではないはずよ……」
 葵は諦めきれない。どんな事柄でも、話し合いで解決できないことはないと信じている。
「無駄だ、美里君。彼にとっては復讐だけが生きる目的なのだろう」
 生きていくための糧を、ただひとつしか与えられなかった子供が、それ以外の糧を探し出すのは難しい。
 九角の意識は、何世代にもわたって蓄積された復讐という悲願に蝕まれてしまっている。いまさら、解放など望むべくもないのだろう。
「こんだけの人数が相手だ。あんたに勝ち目はないぜ!」
 雪乃が長刀を突きつける。九角が口角をつり上げた。
「そうかな、外法ってヤツを見せてやるぜ」
 アランが銃を構え、雛乃と小蒔が弓をつがえる。
「お願い皆、待って!」
 葵の懇願に、醍醐が辛そうに顔をそむけた。マリィが葵と繋いだ手を解き、掌に《力》を集めはじめる。
「美里、彼をよく見て」
 龍麻が葵の両肩を掴んで九角に向けさせた。男の全身から立ち上る赤黒い《氣》に当てられ、葵の全身から冷や汗が噴き出る。
 瘴気が満ち溢れ、消えたはずの邪霊が再び息を吹き返した。
 舌なめずりをする唇からこぼれる白い牙。こめかみから2本の角が伸びていく。
「九角はもう人ではない」
「ハッハッハッハッ」
 哄笑に震える皮膚は鋼の色。倍にもふくれあがる体積。
 外法によって人であることを捨てたモノ……一匹の鬼の姿がそこにはあった。
「美里様、ああなってしまった彼を救う方法はひとつしかありません」
 雛乃の言葉に、葵も覚悟を決めた。

「Go to blazes!!」
 マリィの周囲に煉獄の炎が生まれる。あまねくものを焼きつくす地獄の業火は、しかし、同じ火属性の邪霊相手では威力が半減してしまう。
「おりゃァァッ!!」
 雪乃が長刀のリーチを活かし、敵を間合いの外から袈裟懸けに斬りつけた。柄の3分の2ぐらいの場所を支点に右に左にと斬撃を繰り出す、八相薙といわれる技だ。
「ちっ、邪魔くせぇ!!」
 九角に向けて繰り出した技を手前の邪霊に遮られ、京一が舌打ちした。
「グハハ、そんなものがきくかあッ」
 九角の口から漏れる罅割れた声が、大地を震わせる。
「翡翠、四神で九角を取り囲め。京一と小蒔、織部姉妹は彼らの進路の確保を頼む」
 龍麻が掌底・発剄を続けて繰り出し、邪霊をまとめて弾き飛ばした。
「邪気の源である九角さえ倒せば、雑魚は消える。止めを刺す必要はないから」
「よし、こっちは任せろッ!」
「わかった、皆準備はいいな。参る!!」
 京一と如月が行動に移るのを確かめ、龍麻は葵を呼び寄せた。
「美里は俺の側に来て」
 腕を取られ、そんな場合ではないのに胸が高鳴る。
 いかなる戦局であれ、この人さえいれば大丈夫だと思わせる何かが龍麻にはあった。優れた戦闘力や指揮能力もさることながら、龍麻がいるだけで焦りや不安が萎んでいくのを感じる。
 龍麻という存在そのものが、皆の心の支えになっているのだ。

 先ほどの龍麻を見習い、京一は刀を媒介に《氣》を練り込んだ。
「いくぜ……剣掌・旋ッ!」
 真一文字に薙いだ刃から放たれる剣圧が、一陣の旋風となって敵を退ける。
 はじき飛ばされた敵が体制を立て直す隙を与えず、小蒔と織部姉妹が攻撃を浴びせかけた。
 一方で、如月達は京一の開いた血路を辿って九角に肉薄する。
「東に、小陽青龍」
 アランが銃を連射しつつ駆け抜ける。
「南に、老陽朱雀」
 マリィは黒猫を抱きしめ、意識を集中させた。
「西に、小陰白虎」
 醍醐が叫び、如月がそれに続く。
「北に、老陰玄武」

『陰陽五行の印もって相応の地の理を示さん……四神方陣!!』

 万物の長たる央獣・黄龍をも封じ込める《力》が、一匹の鬼に向かって放たれた。
「ウォォォォ」
 朱色の肌を持つ鬼が、片手で顔を覆い苦悶の咆哮を上げる。
「やったか!?」
 京一が巨体を振り仰いだ。
「グッ……こんなもんで俺を倒す気か?ザコ共がぁッ」
「むっ……」
 うねりを上げて振り下ろされる腕を、如月が紙一重でよける。人体ぐらい軽く両断するであろう鋭い爪が、制服のネクタイを千々に引き裂いた。
 アランがバックステップで距離を取り、醍醐がマリィを抱き上げて転がる。
「うそっ、あんなの喰らってなんでまだ、動けるの!?」
 小蒔が援護射撃を放ちつつ、悲壮な顔をする。
「だが無傷じゃねェッ、あと何度かダメージを与えれば……」
 京一が肩で息をしながら真剣を握りなおした。
「けど京一、あんな強力な方陣技はもう残ってないよォ!」
「それでもやんなきゃこっちがやられちまうだろ!いいから黙って歯ァ食いしばってろ」
 戦闘に次ぐ戦闘で皆の疲労が著しい。長引くほどに不利になっていく。
 臍をかむ京一をよそに、涼やかな音色が渡った。
「美里行くよ……」
「はい、私の力、あなたに預けます」
 絶対の信頼を滲ませた葵の声が、思いもよらぬほど九角の近くで響く。

『破邪顕正、黄龍菩薩陣!!』

 《力》の質も技も到底似つかない二人の《氣》が重なり、浄化の光が辺り一帯に満ちた。
 まばゆい輝きに、視界を遮られる。

 鬼の放つ末期の悲鳴が、あたりを揺るがした。

「うそォ……」
 小蒔が呆然と呟いた。
 鬼が消えた。否、鬼だけではない、邪霊もあれほど濃度の濃かった瘴気も、一切合切が幻のごとく消え失せた。
 醍醐もあまりのことに状況が呑み込めず、唖然として立ちすくんでいる。
 龍麻がいつ九角に近づいていたのかさえ、気付かなかった。
「やった、……のか?」
 雪乃が顎からしたたり落ちる汗を拭う。
「そのようだね」
 如月が苦笑を漏らした。
「ふっ、さすがは龍麻。僕達だけでは九角にとどめを刺せないことをお見通しだったというわけか」
「万が一に備えていただけだよ」
 気負うでもなく答えて、龍麻は周囲にちらりと視線を走らせる。
 悪鬼こそいなくなったが、地面は抉れ石畳はめくれ上がったりと、あたりはちょっとした惨状を呈していた。
「……これ、片付けた方がいいのかな?」
 意見を求めて振り返ると、一同はあからさまに視線を逸らした。
「オレもう嫌だぜ。疲れちまったよ」
「ボクも」
 雪乃が辟易した顔をすれば、小蒔が同意し、
「後日またあらためてということではいかがでしょう」
「いや、不用意な行動をとって周囲に不審感をもたれては困る。僕達の事情は公にできないからね」
 雛乃の譲歩案を、如月が即座に却下した。
「いつまでもここに留まっているのは好ましくない。速やかに撤収すべきだ」
 発言は立派だが、要約すれば「めんどくさいからパス」ということになる。
「まあ……その、なんだな、俺達も疲れているし、今日の所はここまでということで」
 真神メンバー随一の良識派である醍醐までもが、口を揃えた。
「日本の文化遺産も大切デスが、まずはマイスイートラバー葵が戻ったことをお祝いしまセンか?」
「おっ、アランもたまにはいいこと言うじゃねーか。そうそ、ひーちゃん、ラーメンでも食って帰ろうぜ」
 アランの発言の尻馬に乗り、京一が龍麻を後ろから抱え込んだ。いざとなれば、力づくで引きずっていくつもりなのだ。放っておけば、龍麻はひとりで後始末をすると言い出しかねない。
「さんせーっ、せっかくだから皆で行こうよ!」
「マリィモ、オ腹スイチャッタ」
 戦闘の時より数段見事な連携プレーに龍麻は呆れる。
 しかしすぐに、まあいいか。と考え直した。結局の所、龍麻だって疲れているのだ。
「……誰かここら辺で、いい店を知ってるのか?」
 お許しが出たことで、皆の顔に喜色が浮かぶ。
「どうせなら新宿まで出ようぜ。やっぱいつものところが一番だよな」
 龍麻を羽交い締めにしたまま、京一が先頭をきって歩き出した。
「いまから新宿にでるのか?」
「いいじゃない、醍醐クン。雪乃も雛乃もまだ時間大丈夫なんでしょ。如月クンもたまには付き合ってよ」
「そうだな、たまには悪くないか」
 小蒔に誘いに如月が珍しく微笑みを浮かべ、織部姉妹も揃って頷く。
「小蒔ヒドイネ。ボクのこと忘れてるよ!」
「だって、アランクンは誘わなくったってついてくるじゃない」
 冷たい仕打ちにアランだけは少々不服顔だ。
「葵オネーチャン、早ク行コウヨ」
 マリィに手を引かれ、葵が2、3歩前進する。
 すでに先を歩いていた龍麻が振り返って手を差し伸べた。
「美里、帰ろう。俺達の新宿へ――」
 皆が遅れた葵を足を止めて待っていてくれる。

(ああ、そうなのね)
 葵は心が暖かくなっていくのを感じた。

 自分の身を犠牲にすることばかりが、誰かを守る術ではない。
 立ち止まり、手を差し伸べ、時には後ろから支えてあげる方法だってある。
 そのためには、まず己の足場がきちんと確保されていなければならない。ちゃんとした土台があって初めて、人は他者を気遣う余裕が出てくるのだから。
(私はもう迷わないわ)
 栗色の髪の少女と、同じである必要はない。
 葵は葵のやりかたで、皆を守ればいいのだ。

(そして龍麻、いつかあなたにこの手の温かさを返せたなら――)

 それは、きっと遠くない未来――。

 葵は仲間達に笑顔を返すと、マリィの手を引いて走り出した。

2001/03/18 UP
最初にごめんなさい。鬼道衆出番ナシ。これ以上長くなるのはちょっと……と思ったので。
前回予告通りの会話が本編の裏でされていたとしたら、彼等の給料は一銭も出ないことでしょう(笑)
血沸き肉踊る戦闘シーンを書くのは、それはそれは愉しゅうございました♪(←危ない奴)
方陣技もたくさん出せて満足でした。この先、ラブラブと比べてどちらが多くなることやら……。

【次号予告(偽)】

草木も眠る丑三つ刻。瀟洒なマンションの一室で、今夜も絶叫が響き渡る。
龍麻:「そこっ!違ーうッ!!!(ビシッバシッ)」
京一:「うおッ!?痛ぇッ!!何すんだよひーちゃん」
龍麻:「京一、パブロフの犬って知ってるか?」
京一:「えっと、確か犬に餌を与えるときに赤いランプを灯すと犬がそれを覚えるってやつだろ」
餌の前にランプがつくことを覚えた犬は、餌が出てこなくてもランプがついただけで涎を垂らすようになるとかなんとか。
龍麻:「京一にしてはよく知っていたな。あれは条件反射の実験だ」
京一:「それと勉強中、俺を殴ることにどんな関係があるんだよ」
龍麻:「人も犬と同じだ。間違えたら殴られるって覚え込ませれば、間違えないよう気をつけるだろ?」
京一:「ひーちゃん、ひでえ。俺を犬と一緒にすんなよッ!!馬鹿になったらどうしてくれるんだ!?」
龍麻:「それ以上はならないから大丈夫だ。言っておくが、これは犬神先生の立案だぞ」
京一:「(犬神の野郎、覚えていやがれ!)じゃあ、その手にしているハリセンは……」
龍麻:「もちろん、犬神先生の提供だ。マリア先生が作ってくれたのもあるからな」