戦いは熾烈を極めた。
外法によって生み出された魔性の傀儡達はいかなる攻撃をも無表情に受け止め、淡々と己の役割だけを果たそうとしている。一体一体の強さはさほどではないものの、感情をどこかに置き忘れてきたかのごとき動きは、命の尽きる瞬間までやむことがなかった。
仲間達にも疲労の色が見え始めている。
「なあ、ひーちゃん方陣技を使ったほうが早いんじゃねェのか?」
短期決戦にしたいって言ってたのは、ひーちゃんだろ?
周囲の鬼火を振り払い、京一が龍麻の隣に並んだ。倒しても倒しても押し寄せてくる敵の行軍は軍隊蟻を連想させる。京一は俄に蟻が嫌いになった。
「急ぐ必要があるのは確かだけど、今は体力の温存を図ることを優先したい。宗崇の《力》も無尽蔵じゃない。少しずつだけど近づいているし、このままいけるだろ」
「んなこと言ったってよー。……劉ッ!ひとりで突っ込んでいくんじゃねェ!!」
味方の陣から少し離れたところで、劉が剣を握るヒトガタの妖に包囲されている。舌打ちした京一の肩に龍麻が手を置いた。
「俺が行く。京一はここにいて」
劉が怪我をして動けなくなっているようなら、回復役の美里が辿り着くまで少年を護って孤軍奮闘することになる。対象を自分に限れば回復技も使える龍麻の方が京一よりも適任だ。
「おいッ、ひーちゃん」
引き止める間を与えず、走り出す。『掌底・発剄』で黒山となっている一角を切り崩すと、隙間に強引に躰を滑り込ませた。
「劉、無事か?」
呼びかけに、劉がびくりと肩を震わせる。
「アッ、アニキ」
早めに気づいて援護に回れたのがよかったのだろう。大過はなさそうだった。龍麻は、ほっと息をつく。
「はやる気持ちはわかるけど、ここは慎重にいこう」
「……そうやな、すまんかったアニキ」
龍麻の笑顔に煮詰まっていた頭が冷めた。先走りしすぎた自覚のある劉は、恥じ入り指で頬を掻く。一族の仇を取ることも大事だが、大切な仲間を危険にさらしてまですることではない。
青龍刀を構え直し、大きく息を吸い込んだ。劉の技の基本である《剄力》は、呼吸によって体内を巡り蓄積される。乱れていては技の威力も半減してしまうのだ。そんな初歩的なことでさえ、闘いの中では見失いがちになってしまう。
どのような戦況であっても、大局を見極め常に自然体でいること。基礎中の基礎ともいえることが、実は一番難しい。苦もなくそれをやってのける龍麻に敬慕の念が募った。
「ほなら、しきりなおしや。いっくでーアニキ見ててやっ!!」
半月に反り返った刀身が、一閃、二閃とひらめく。浄化作用を持つ劉の《力》は、瘴気より生まれた人形に絶大な効果を及ぼした。刃に触れた妖達がつぎつぎと土に還る。
龍麻は固めた拳を腰の脇まで引くと、親指の付け根で地を擦るようにして足を前に踏み出した。
『螺旋抄』
繰り出される拳に、大気が唸り渦を巻く。《氣》の作り出す竜巻にヒトガタが将棋倒しにされた。叩きつけられ藻掻いている躯を、逆手に持ち替えた白刃が地表に縫い止める。
「京一。早かったな」
龍麻が飛び出した後の穴を埋めていた京一が、いつのまにか追いついていた。
「ああ、強力なメンバーがいるからな」
微笑とも苦笑ともつかない表情で肩を竦める。指し示す先で、紗夜が歌っていた。
高く、低く。紡ぎ手の感情のままに編み出された音階が、あたり一帯を満たしていく。
刻一刻と色彩を変えていく響き。儚くも力強さを感じさせる七色の歌声が、星明かりさえ射さぬ空に虹の橋を架ける。
聴覚を震わせる旋律と、外皮に押し寄せてくる《氣》の波に。耐えきれなくなった異形の生物達が次々と弾け飛んだ。
「たいしたものだ」
壬生が感嘆の息を漏らす。《力》の系統は舞園と同じだが、威力の桁が違う。
「虹は龍の化身だといわれている。彼女は龍の眷属なのかもしれないな」
いまだ、紗夜の宿星を聞かされていない如月は、思いつきを口にした。負けてはいられないと、忍刀を胸の前に引き寄せる。
『玄武変』
四神最大の力を持つ玄武の本質が解放された。北の守護獣が発する《氣》は重力となり、鬼火の昏い輝きを奪い去っていく。
「これはどうかな?」
続く壬生が地を蹴った。鋭く闇を絶つ足技は、牙を剥いた龍が顎(あぎと)に獲物を捕らえていく様を連想させる。鳴瀧伝授の最高奥義を前に、半端な妖魔が立ちはだかることは許されなかった。
「いくぜ――『赤短・舞炎』!!」
村雨が花札を高く放り上げる。赤い短冊の描かれた札は炎を呼び寄せ、土塊(つちくれ)でできた傀儡を舐め尽くした。水分を奪われ、皹割れの入った表層を、天上より降りそそぐ聖光が灰燼へとかえる。
美里が発動させた『ジバード』だ。
京一の得物に結露が浮かび上がっていた。刃文が徐々に白く濁り、やがて刀身全体を霜が覆い尽くす。
『剣聖、陽炎細雪――』
吐く息さえ凍りつく《氣》が吹き荒れた。
白虎の咆哮に足止めを喰らったものたちが、荒れ狂う吹雪の餌食となる。
「小蒔ッ!」
「わかってるって!必殺ッ」
弦緒(つらお)を震わせ、出来上がったばかりの氷のオブジェを小蒔の矢が貫いた。砕けた破片が、霜花となりパラパラと散っていく。
宗崇の創り出す魔物より龍麻達が倒す数の方が多くなるにつれ、両者の距離が縮まっていった。
「思ったよりはやるようだ」
嘯きと共に突き出される腕。天上を掴むがごとく伸ばされたその手に、一振りの刀が現れた。
「……宗崇の間合いに入った」
龍麻の目が鋭さを増す。
「各自分散。宗崇を包囲するんだ。醍醐、宗崇の攻撃を直接受けるなよ。小蒔、比良坂、翡翠は周囲の邪魔な雑魚を片付けて」
宗崇が右手を大きく振りかぶる。
過日の出来事を髣髴させる構えに、京一の顔から血の気が引いた。
「龍麻ッ!!」
金属が擦れ合い、火花が弾け飛ぶ。龍麻の手甲が、宗崇の刀を正面で受け止めていた。
「無茶すんなッ!!」
醍醐には避けろと言っていたくせに。
泡を食っている京一に、返答する余裕は龍麻になかった。
「ふっ、同じ手は食わないか」
きちきちと圧力をかけてくる刃。受け止める手首に反対の腕も添え、懸命に耐える。
「……宗崇、『彼』では龍脈の力は受け止めきれない」
食いしばる歯の隙間から漏れる言葉には、何故か哀れみが宿っていた。宗崇は苛立ちを覚える。
「それがどうした。あれが《黄龍》となる必要はない。我の悲願が成就を見るまでの間だけ、持てば良いのだ」
力任せに龍麻の躰を押しやり、ふわりと浮いた刃を右側面に振り下ろす。
「……ちっ」
「うっ!」
攻め込む機を図っていた、村雨と壬生が剣圧に吹き飛ばされた。
「二人とも、しっかりして!」
倒れ込んだ二人のフォローに美里が動く。上手に受身を取っていた二人は、派手な転び方の割には身軽な仕草で起き上がった。
「やれやれ、ついてねーぜ」
「僕のことなら心配ない。それより龍麻を」
剣圧で、これだけの威力があるのだ。直接喰らっていては、いかな龍麻といえども長くはもたないだろう。
押し負かされた龍麻は、軽くたたらを踏む。その隙を狙って、襲い掛かる斬戟。
龍麻は《氣》を集中させると、再び受け止めるべく構えを取った。避ければ飛び散る余波が、他の仲間を傷つける。受け止めざるを得なかった。
「ヤッロォ……ひーちゃんに何しやがる!!」
切っ先が龍麻にあと一寸で届くところを狙い、割り込んだ京一が鍔近くに鋭い一刀を浴びせ掛ける。
通常なら手が痺れ、得物を取り落としただろう一撃は、平然と受け止められた。
「邪魔だ」
間髪入れず飛び込んできた柄頭を京一は紙一重で避ける。
「手首の骨に皹が入ったっておかしくねェってのに……、やっぱ化け物か」
背筋を伝う冷たい汗を払うべく、剣把をきつく握りなおした。
『四光夢幻殺!!』
宗崇の背後で《氣》が膨れ上がった。村雨の札から放たれた式が、敵対する者を絡め取らんと周囲を取り囲む。
「むっ!?」
完全に阻むまでには到らなかったが、心持ち動きの鈍くなった男に、醍醐と壬生が左右から渾身の蹴りを打ち込んだ。
両腕を胸の前に引き寄せガードする宗崇。死角から劉の青龍刀がせまる。
受け止めた攻撃は腕を拡げる勢いに乗せて弾き飛ばし、返す左腕で小五月蠅くまとわりつく少年を打ち払った。
「うおーっと!」
劉が頭から後ろに転がる。手から放れた青龍刀が回転しながら男の顳を掠めた。つっと流れ出た紅が視界を曇らせる。宗崇はむっと眉を顰めた。敵が意識を散じた刹那、生まれた僅かな隙を龍麻は見逃さない。
躰中の《氣》を集め、一気に爆発させた。
『秘拳・鳳凰ッ!!』
拳が敵将の鳩尾にめり込んだ。離れた場所の敵でも瞬殺するほどの威力を秘めた技は、宗崇の躯を遙か後方にある本堂の扉に叩きつける。
「ひーちゃん、一段と技が冴えてんじゃねェか……」
京一が呆然と呟いた。龍脈の影響が《黄龍の器》に出始めていることを、美里と紗夜は感じ取る。
劉が転がったままだったのは幸いだったといえよう。さもなくば巻き込まれていただろうから。龍麻のことだから、それすらも計算に入れていたのであろうが。
「…………ぐっ」
腹を押さえ、よろりと宗崇が立ち上がる。
「柳生、お前の専横もここまでのようだな」
右手に忍び刀、左手にくないを構えた如月が最後通告を下す。
周囲に蔓延っていた妖魔は、龍麻の一撃が宗崇を捕らえると同時に消え失せた。それは宗崇の《力》を龍麻の《氣》が陵駕したことを意味する。
「龍脈の《力》が集結したこの場所で、俺に勝てる者はいない」
微かな憂いを含んだ顔で、龍麻は男に近づいた。
「それでも《黄龍》は万能ではないんだ。例えそれが完全なる《黄龍の器》であったとしても」
死んだものを甦らせること。
失われし時を取り戻すこと。宿星の定めし運命を変えること――。
自然により近しい力であるが故に、《黄龍》は自然によって定められている枠を越えて《力》を振るうことは出来ない。
偉業を成し遂げるのは、むしろ人の持つ強い願いの方なのだろう。
紗夜の両親が、墜落する飛行機の中で我が子の命を護ったように。
宗崇が怨嗟と狂気の裡に、自らに流れる時の流れを止めたように。
そして、龍麻が《陰の氣》を奪われながらも、再び『人』として生きることができたように。
自然が織りなす『常識』を潜り抜け、発現する数々の『奇跡』。
大いなる代償を必要としながらも、森羅万象の理をも覆す異形の《力》。
「宗崇は方法を間違えたんだ。本当に願いを叶えたかったのなら、《黄龍》なんて望んではいけなかった。永久(とこしえ)の生など欲してはならなかったのに」
龍脈の《力》を手にすることこそが、悲願を達成する道だと男は考えた。
あくまでも手段でしかないそれを、目的と勘違いするほどに強く『欲して』しまったのだ。
男の望みが、龍脈の《力》の及ばぬところにある限り、いかな《黄龍》を操ってみたところで成就をみることはない。
そして、《黄龍》を己のものとするために止めた時は、宗崇と彼の望みの間に深い溝を作りだしてしまった。
そう、願いの叶わぬ事こそが、『時を止める』という宗崇の『奇跡』に対して与えられた代償となってしまったのだ。
「己の手で、自らの野望を潰してしまったというのか……?」
残酷であろうとも、変えようのない事実に龍麻はこくりと頷いた。
宗崇の脳裏に、かつて戦った男の叫びが蘇る。
―――無駄なことはよすんだ。お前の望みが叶うことはない!
龍麻に良く似た、強い輝きを宿す瞳。言葉を尽くして繰り返された科白は、しかし宗崇の心に届くことはなく。
宗崇が生涯のほとんどを費やし望みを託した《黄龍の器》が、当の男の息子だと知ったときには運命の皮肉を笑ったものだったが。
(嘲笑われていたのは、俺のほうだったのかも知れん)
覚束ない両足に力を込め、顔を上げる。
「だが、もう引き返すことはできぬのだ」
全身の《力》をかき集めた。
「我が悲願が成せぬというなら、もろともに滅びるまでよ!!」
命を燃やして膨れあがる深紅の《氣》。
圧力に耐えかね、美里が顔を覆った。
「きゃあっ!」
「つッ!」
吹き飛ばされそうになった小蒔を、醍醐が横から支える。
「まだこんな《力》を残してやがったのか」
京一が臍を噛む。
「最期の悪あがきってか。やれやれ、めんどくせぇな」
白い学生帽に手をやる村雨を如月が睨んだ。
「落ち着いている場合じゃないぞ村雨。なんとかしないと……」
「大丈夫ですよ如月さん。ほら」
宗崇の動きを事前に予測していたのだろう3人が、行動に移っていた。
「比良坂」
龍麻が栗色の少女の名を呼ぶ。紗夜は笑顔を浮かべて頷いた。
「うん――黄泉を照らす火之迦具土の炎よ――燃える花となり我が道を照らせ――」
『黄泉津・迷符陣!!』
宗崇の放つ命の輝きを、闇が侵食していく。
深く、どこまでも昏く――。
「劉!」
龍麻の呼びかけに答え、劉が拾い上げた青龍刀を漆黒のベールに覆われた人影に向かって突き出す。
『天吼前刺ッ!!』
肉を斬り、骨を絶つ確かな感触。
「一族の無念を思い知れや!」
猛り狂う憎悪のままに、力を込めて刃をねじ込んだ。
左の脇腹から心臓を通り右肩の後ろへと胴を刺し貫かれた男は。
咆吼を上げ、自らを縛める闇の檻を引き千切った。
腹から突き出た刀の地肌を左手で、ぐっと握る。指の間から新たな血が流れた。
「あ……」
底冷えする双眸に凄まれ、柄を握る劉の手が緩む。男は刃を一気に引き抜いた。
飛び散る紅の上に、渇いた音を立てて青龍刀が落ちる。
「龍麻よ、その闇をどこで手に入れた」
ごぼりっと口から血の泡を吹き、1歩、2歩と近づいてくる修羅の姿に。京一はとっさに龍麻を背に庇った。
「京一」
龍麻は緩くかぶりを振る。男の命運は尽きていた。
自分から近づき手を伸ばす。
「これが俺の得た『奇跡』だよ」
俺は……だから。
立っていることさえ覚束ない躰を両腕で支える。
「なるほど、そういうことか。――時代の趨勢はお前達を選んだというのだな」
「違う、これは俺が選んだことだ」
星も運命も関係ないと、青年は言い切った。
弦麻は灼熱の溶岩を身の裡に持つ男だった。熱く強く。己の信念を貫き、志を同じくする仲間とともに戦い抜いた猛者だった。
龍麻は。
例えるなら永久凍土。深い静寂に包まれ、透明でありながら深淵に潜むものを窺わせない。仲間などなくとも、彼は独りで戦い続けていくのだろう。炎のように揺らぐことさえせずに。ひとたび罅が入れば、あっけなく砕け散る危うさを抱えながらも。
(これが、緋勇龍麻か)
黄龍の《力》の正当なる継承者にして。
相反する虚無をも同時に内包する青年。
黄泉平坂(よもつひらさか)への導き手として、これ以上の相手は望むべくもない。
髪に触れる、白い指。
そういえば、こうして直接触れ合うのは初めてだったと思い返しながら、宗崇はゆっくりと瞼を下ろした。
「我を倒したところで、アレは止まらんぞ」
龍麻に体重を預け、肩に顔をうずめる。
「自らの力で運命を切り開くというのなら、アレを――お前の片割れを止めて見せるがいい」
龍麻は穏やかな顔で、少しだけ目を細めた。
「俺達は、負けるつもりはないから」
心配はいらないよ……。
誤解するな。心配ではなく挑戦だ。と唇を動かしたが、声にはならず。
宗崇の意識は、しだいに薄れていった。
―――これで、やっと眠れる。
本人も自覚していなかった、もうひとつの望みが叶えられた充足感を最期の囁きに残して。
宗崇の意識が離れると共に、躯も紅塵に散った。
人にあらざる年月を生きた男の、それが末路。
「おやすみ、宗崇……」
己の人生と心の全てを傾けた存在が送り出す声は、果たして男に届いたのであろうか――。
「ひーちゃん……」
重みの消え失せた腕をそのままに立ち尽くす龍麻に、京一がそっと声をかけた。
「……わい柳生を倒したら、画竜点睛っちゅうか、胸がすかーっとするような気がしとったんやけど……」
なんや虚しゅうてかなわんわ、と劉が呟く。
「それが普通なのよ。復讐なんて何も生み出さないわ」
美里が眼を伏せた。
「柳生の望みってさ、なんだったんだろうね」
誰にともなく小蒔が言う。
悪い奴だったとは思う。でもあんなに一途に『何か』を求めている姿をみたら、なんだか可哀相になってしまった。
「本人が死んでしまった今となっては、永久にわからないだろうね」
冷淡とも取れる声音で、壬生が答える。
「壬生クンは気にならないの?」
「別に」
如月と醍醐も口を揃えた。
「今さら知ったところで、どうしようもないことだ」
「道心先生は、龍麻の親父さんしか知らないことだといっていたしな。壬生達の言うとおり、気にしても始まらんだろう」
そうは言ったものの、きっと龍麻ならば知っているだろうと一同は思っていた。だが、今の青年に問いかけるほど無神経な者はここには存在せず、また彼がそれを言葉として形にする日はこないだろうことも分かっていた。
「あとは《陰の器》とやらを保護すれば、一件落着ってぇわけか」
制服の埃を払う村雨の足元が、どくんっと脈打つ。
「うわっ、何コレ!?」
これまでの地震とは違う、地表のすぐ下を蛇が這っているかのごとく波打つ地表に小蒔が戦慄した。
「だめだ、いけない――渦王須っ!!」
これまでに聞いたことのない龍麻の悲鳴に、誰もがはっと身を強張らせる。
「ああ、大変だわ、塔が……破滅をもたらす塔が完全に姿を現してしまう」
美里が自分の躰を抱きしめた。上野からは新宿に出現した双頭を戴く塔を仰ぐことはできない。しかし《菩薩眼》である少女には、龍脈を集約させる役目を持った塔の様子が手に取るようにわかった。
地響きとともに揺れが激しさを増していく。
「《黄龍》が、目覚める――」
紗夜の声に従うがごとく、本堂の奥から光が溢れた。
夜の闇を裂き、曇天の空を貫く閃光。
葉を落とした木も、赤茶の地肌をさらす地面も、すべてが真っ白な輝きに覆われていく。
龍麻達は、成す術もなく膨れ上がる光の束に呑み込まれていった。