第拾伍話 朝まだき/壱

 ひときわ濃くなる闇に。大気は冷え、生き物たちは息を潜める。



 目を射抜く閃光。
 続いて訪れた深い闇。
 波打ち際の貝殻のごとく、京一達は大いなる《力》の波によって異空間へと引きずり込まれていた。
 夜の海に石油を流し込んだかのような大気と、そこかしこに浮かぶ多彩な色をもつ宝珠。
 この1年間、様々な不可思議を体験し大抵のことには動じなくなっていた京一だったが、それでも目の前の光景に口を開かずにはいられなかった。
「なんだァこりゃ?!」
「龍……だな」
「龍だね」
 口を揃える醍醐と小蒔に「んなことはわかってんだよ」と毒づく。
 黄金に輝く巨大な全身。
 赤銅色の鬣。
 ゆるゆるとうねる長い2本の髭。
 どうみても、空想世界の住人であるところの生き物の姿がそこにはあった。
「やっぱ、コレと戦わなきゃなんねーのか……?」
「冗談かと思ってたんだがねぇ」
 予見者を守護する勝負師は、苦笑を浮かべる。龍麻を中心とした宿星の未来を予見したのはマサキだったが、まさか本当に龍なぞというものを相手取ることになろうとは思いもよらなかった。
「渦王須……」
 龍麻は放心して龍を見上げている。
「渦王須。それがこいつの名前なんか?」
 劉の疑問には、別の場所から答えが返った。

―――ワレハ渦王須

「うわっ、喋った!」
 小蒔が仰け反る。
 龍の動きに合わせて黄金色の鱗が震え、鈴の音に似た響きをたてた。

――――コノ世ニ破滅ト混乱ヲモタラスモノ

「世界の破滅やて?!」
「柳生にかけられた催眠暗示が解けてないんだろう。死してなお妄執を残すとは、やはり一筋縄ではいかない相手だったね」
 素っ頓狂な声を上げる劉と、相反して感情を乱さない壬生。
「だめだ渦王須。《黄龍》に引きずられては……っ!」
 虚しく響く、龍麻の叫び。

―――ワレハ渦王須。ワレハ……ワ、レ……ハ……

「なんだか様子がおかしい。皆、下がったほうがいい」
 如月が龍麻の肩を抱き、自分のほうへ引き寄せた。

「渦王須!!」
―――ワレハ……こう……りゅう……

 龍麻と渦王須の声が重なり、空間に黄金の稲妻が走った。
 一同は防御をとる暇もなく、弾かれて倒れ込む。

―――ワレハ……黄龍……ワレハ、《黄龍》……
       ワレハ《黄龍》。コノ世ニ破滅ト混沌ヲモタラサン

 《黄龍》の気配が一段と強まった。近くにいるだけで重圧を感じ胸が苦しくなる。
 全身を激しく律動させ波打つ様は、己に満ちる《力》に対する喜悦か、あるいは苦悶する姿なのか。
「だめだわ。彼は龍脈の《力》を制御できていない。早く止めないと暴走してしまうわ」
「しかし、こんなもの相手にどうやって戦えというんだ?」
 美里の訴えに、醍醐が戸惑いを表した。側によるだけでも多大な気力を消耗する化け物を相手に、どう対処したらいいのか皆目見当がつかない。得物や拳を振りかざしたところで、硬い鱗に阻まれ傷ひとつつけることは適わないだろう。
「方法はあるよ醍醐」
 如月に庇われていた龍麻が上半身を起こした。
「ちょっと危険だけどな。試してみる気はあるか?」
「これまでも危険じゃなかったことはないと思うけどね」
 壬生はそう言いながら、青年が立ち上がるのに手を貸す。
「もうひと勝負といこうぜ」
 村雨が学生帽を深くかぶり直した。
「ちょっと待ちたまえ君達」
「なんだよ如月。怖気づいたのか?」
 龍麻の背後から掛かった制止の声を、既に立ち上がっていた京一が見下ろす。
「そうじゃない……僕が言いたいのは、ここがおそらく龍穴の中だろうということだ」
「龍穴?」
 わいから説明するわ、と劉が身を乗り出した。
「龍穴っちゅうのはな、龍脈の《力》が結集して特殊な力場が形成された場所のことや。火山でいうなら、マグマの中で最も力を蓄えた部分、『マグマ溜まり』ちゅーところやな」
「龍麻の言う危険ってそういうことだったのね……」
 硬い表情で美里が手を組み合わせた。
「どういうこと葵?」
「ある科学薬品で満たされた試験管に、別の液体を垂らすと例え一滴でも爆発する怖れがあるでしょう?龍穴で私達という異質な者が《力》を使うのにも同じ事がいえるわ」
 我が意を得たりとばかりに如月が頷く。
「この龍穴は《黄龍》のために流れ込んでくる《力》で、既に飽和状態となっている。僕達の軽はずみな行動が、大惨事を招かないとも限らないんだ」
「でもサ、ボク達がなにもしなくたって、《黄龍》が暴れてたらなんにもなんないんじゃないの?」
「《黄龍》と龍脈の《力》はもともとが同じものですから、龍穴に対する影響だけをとらえるなら、皆さんが《力》を使うより、よほど安全です」
 試験管にどれほど液体をつぎ足そうと、同じ物質であるならば反発することだけはない。
「ですが、いっぱいになった龍脈の《氣》が、外に溢れ出すことはあります。《黄龍》のもたらす災禍と合わせれば、東京の被る(こうむる)被害が小さくて済むとは思えません」
「それでも、龍穴を暴発させ、東京はおろかこの国全体を焦土と化すよりはましかもしれないだろう、比良坂君。あの《黄龍》が龍脈を受け止めきれていないことは僕の目にもあきらかだ。ならば下手に刺激せず自滅を待つのが最善であるとも考えられないか?」
 後ろ向きの案ではあるが、多少の被害はこの際しかたがないと目を瞑るしかないのではないか。
「問題は俺達が《黄龍》の暴虐を乗り切れるかだな。時間が掛かりすぎてもやっかいだぞ」
 顎に手を置いた醍醐は、カラカラと音を立てて背後に迫る宝珠に身を捩った。空気さえも漆黒に染め上げるこの場において、仄かな光源となっているそれは全部で四色。よく見れば、色を違えて燃ゆる焔の核が、透明な外殻に映し出されているのだということがわかる。直径は醍醐の背丈ほどもあった。
 ひとりでに宙を転がりながら時折、他のものと接触して甲高い音を打ち鳴らす宝珠を、仲間達は器用に避ける。
 得体の知れないものには、過剰な警戒を示しておいたほうが間違いが少ないことを、ここにいる者達は身をもって知っていた。
「渦王須があの姿を保てるのは1時間が限度だと思う」
 力量を推し量るように、龍麻が《黄龍》に視線を這わせる。
「へ?そうなんか?なんやそれやったら……」
 頬を緩めた劉は、次の一言に凍りついた。
「それだけあれば、世界を崩壊させるには充分だ」

 《黄龍の器》は龍脈の力を得て《黄龍》となる。
 龍脈は地脈――大地を司る《力》――に通じている。
 《黄龍》にとって大地のエネルギーを操ることは息をするほどにもたやすきこと。
 世界中の火山を活性化させることはもとより、大都市をひとつ丸飲みするほどの大津波を引き起こすことや、地熱を操り南極の氷を溶かすことさえ可能となる。
 自在に地殻変動が起こせるのだ。
 《黄龍》は自然の枠を超えて《力》を振るうことはできないが、自然に関与することでなら、ほぼ『万能』ともいえる《力》を保有している。大地に根を張る生き物も、枝に羽根を休める小さきものも。育むも枯渇させるも望むがままに。

―――そして、いまの渦王須にあるのは、破戒と滅亡の欲求のみ。

「じゃあ、どうすればいいの!」
 泣き顔に目尻を下げた小蒔の頭を、京一がくしゃりと掻き回した。
「んな顔すんなって。美少年が台無しだぜ」
「馬鹿!こんなときにふざけないでよッ」
 とたんに頬を紅潮させて怒鳴り返す少女に、そんだけ元気があれば大丈夫だと笑う。
「難しく考えるこたァねェぜ。あいつをぶっ倒しゃいいんだからよ」
「蓬莱寺君。君は僕の話をちゃんと聞いていたのかい?」
「おう!ちゃんと聞いてたぜ。けどよ、ひーちゃんが『方法がある』っつってんだ。だったらそれに乗っかりゃいいじゃねーか」
 はたっ、と如月の動きが止まった。
「どうやら余計な気を回しすぎてしまったようだ。蓬莱寺君に諭されるとは。僕も、まだまだだな」
「どーいう意味だ」
 不覚とばかりに額を抑えた如月が、京一の不況を買う。龍麻は相棒の腕を叩いて宥めた。
「まあまあ、京一落ち着いて。翡翠、余計だなんてことはないよ。俺の意見が絶対ってわけじゃない。いろいろな手段を模索したほうが良い結果が得られるだろ」
「……ありがとう龍麻」
 龍麻がいたからこそ。個性的な仲間達は纏まり、こうして絆を深めることができた。
 根底に打算や思惑が張り巡らされているのだとしても。龍麻が真剣に自分達を案じてくれていることを疑う者はいない。彼の精神は清明たる泉で満ち溢れているから。側近くにあって感銘を受けずにはいられないのだ。
「それで龍麻。僕達は何をしたらいいんだい?」
 気を取り直して、己の命さえ預けられる相手の指示を待つ。
「周囲に浮いている大きな宝珠。あれを破壊して欲しいんだ」
「これをかい?」
「宝珠は龍脈の《力》が具現化したものだ。《黄龍》はこれを通して龍脈の力を受け取っているから……」
「壊しちまえば、あいつは龍脈の力を得られなくなるってわけか。ノルマは……ま、ひとり2個ってとこだな」
 村雨がざっと数を数えた。
「そういうことだよ祇孔。ただし、宝珠はエネルギーの塊。不用意に近づくのは危険だ」
「遠距離攻撃主体にしろってぇことか?俺達が《力》を使うのはまずいんだろうが」
「皆の《力》は俺が中和する。どのみち宝珠は《氣》でなければ壊せないんだ」
 龍麻が普段、周囲と己の《氣》を同調させているのと同じ要領で、仲間達の《氣》と龍脈とを調和させるよう働きかければいい。
「あと渦王須……《黄龍》からもできるだけ離れて。彼の《力》は俺が抑えるけど、直接攻撃はどうしようもないからな」
「抑えるってひーちゃん」
 懸念を浮かべる京一に、龍麻は微笑みを返した。
「俺だって陽の……《黄龍の器》だよ。これは、俺にしかできなんだ」
 美里が眉根を寄せる。
「大丈夫なの龍麻。私達と《黄龍》の両方の《力》を制御するなんて」
「龍脈の影響で俺の《力》も上がってるから、なんとかなると思う。そのかわり俺はほとんど動くことができなくなる。後は皆に頼むしかないんだ」
 面倒を押し付ける形になるけど。
「何を言ってやがる。一番、苦労を背負い込むのは先生じゃねぇか」
 龍麻の選んだ手段は荒技もいいところだ。青年が少しでも制御を誤れば、その瞬間にも世界は幕引きを迎えることになる。
 だが、いまはそれに賭けるしかない。村雨祇孔一世一代の勝負所というわけだ。
「アニキ、済まんなあ。わいが一刻も早く宝珠を壊すから」
 がんばってーな。
「なさけねェ声出してんじゃねーよ劉!さっさと始めてさっさと終わらすぞ」
 京一が劉の襟首を掴んで引きずった。向きを変える僅かの間、龍麻と視線を交し合う。
「宝珠は五行の法則に基づけは壊せるから。……期待してるよ京一」
「へへっまかしとけ!」
 京一が不敵に笑った。

  

「こうなってくると、龍麻が柳生戦で方陣技を禁じたのは正解だったといえるね」
 方陣技は威力はあるが、気力を著しく消耗させる。柳生との戦いで使っていたとしたら、今ごろ余力が残ってはいなかったろうと、朱い宝珠に技を仕掛けながら壬生が述べた。如月は軽く肩をそびやかす。
「龍麻にとってはこれも、予測の範疇だったんだろう」
 宝珠は想像以上に強靱で、やっかいな相手だった。生半可な技では、表層に引っ掻き傷ひとつ付けられない。直線的な動きは単純でさほど早くもなかったが、他の宝珠との接触により思いがけぬ方向から現れることがあった。エネルギー体というだけあって、掠めただけでしばらくは動けなくなるほどの衝撃を受ける。
 中核をなす焔は、度々外側にまで触手を伸ばし、自分達に害心を抱く相手を排除しようと働きかけてきた。
 さすがにひとりひとつというわけにはいかず、3、4人で集中攻撃を加える。
「ちぃっ、なんだってダメージを与えられねェんだよ」
 勇猛果敢に挑み続ける京一が、大きく舌打ちした。
「そりゃあ。そんな方向から攻撃したって無駄に決まってんだろうか。先生が言ってたろ。『五行の法則』に従えってな」
「だからなんだよ、その『五行』って!」
 京一の攻撃に反応した宝珠の核が勢いを増し、爆ぜた火の粉が頭上から降りそそいでくる。
 《氣》を防御壁代わりにしてそれらを跳ね返しながら、京一は村雨に怒鳴った。
「蓬莱寺君……」
 こいつはまだ、風水を理解していなかったのか。如月は眩暈を感じた。
「五行というのは、この世界をつくると考えられている要素のことだ。火水木金土の5つで、互いに密接な相互関係を生じている。火生土や木剋土といった言葉があるだろう。あれは火は土を生かし風を剋する。木は……」
「だーっ、面倒くせぇ、長ったらしい説明なんか聞いてられっかっ!要点だけ言え!要点だけ!!」
 くつくつと祇孔が喉を鳴らした。
「つまりな、ここにある宝珠はあんたも知ってる四神と同じ属性を持ってる。こいつを倒すには、決まった法則に基づいて攻撃する必要があるってぇことさ」
 例えば玄い宝珠なら、対応するのは玄武。守護する方角の北が、攻撃有効範囲となる。
 反対に朱い宝珠なら、聖獣は朱雀。南からの攻撃のみダメージを与えられる。
「それってなんか変じゃねェのか?」
 北を護る守護獣を相手にするなら、他の方角を攻めた方がよいのではないか。
「考え方が逆だよ蓬莱寺君。残りの方角は他の聖獣による絶対の加護を受けている。つけ込む隙があるとしたら、その聖獣が直接護っている方角しかないんだ」
 聖獣の周囲を四つの門が取り囲んでいるとしよう。左右と後ろの3方向は、他の聖獣の領域であるため門が閉ざされているが、担当する正面のみは門戸が開かれている。門の内側に入るためには、開いている正面を通るのがもっとも近道なのだ。
「ちょっと待て!北ってどっちだ!?」
 京一が根本的な疑問に気づいて突っ込みを入れた。なにせ、ここは人外魔境の地。東西南北はおろか上下の感覚だって覚束ない場所なのだ。
「《黄龍》の頭が向いている方角が北だよ。試してみたから間違いない」
「……壬生」
 解らなかったのは、もしかして俺だけか?
 京一は冷汗をかいた。
 いや待て待て。こんなもの知らない方が普通なのだ。オカルトマニアどもに毒されてはいけない!京一は己を叱咤激励した。
 如月あたりが聞けば『オカルトと風水をいっしょにするな』と怒り出すこと請け合いだが、幸か不幸か、彼は目の前の敵で手一杯で他人の思考に気を回すどころではない。
「蓬莱寺君!納得したなら戦闘に復帰してくれたまえ!覚えられないなら、僕が教えるとおりの場所から攻撃してくればいいから!」
 なら、最初からそうしてくれ。
 京一は得物を構え直しつつ、そういえばと小蒔と醍醐を目の端で探した。
 あの二人もオカルトな話からは縁遠かったはずである。紗夜だって、多少(かどうかは疑問だが)マッドサイエンティストな兄を持っていたものの、本人は至って普通の女子高生だ。
 ところが――案に反じて小蒔と醍醐は善戦していた。どうやら美里と劉がフォローを入れたらしい。紗夜といえば、歌に込めた《力》が宝珠全体を包み込み、内と外の両方から圧力をかけている。彼女に限っては方角など考える必要もないようだった。
 ……やっぱりちょっと普通の女子高生とは違うかもしれない。

 さらに目を転じると、龍麻が《黄龍》と睨み合い、まんじりともせずに立っていた。
 幻獣が長い尾を振り上げ、青年に向かって打ち下ろす。
「ひーちゃ……」
 龍麻は唇を噛み締め、睨みつける眼光にさらに力を込めた。華奢な躰を叩き潰そうと迫っていた尾の勢いが弱まる。
 その体勢のまま対峙することしばし。《黄龍》の瞳孔に霞がかかり、くたりと尻尾が下に落ちた。
 龍麻は詰めていた息を僅かに吐き出すと、再び神とも称される獣との静かなる攻防を展開していく。
 両者の間で行われている《力》の葛藤がどれほどのものなのか、京一に窺い知ることは出来なかったが。龍麻の額に玉のように浮かぶ汗を見れば、彼にも余裕がないことが見てとれる。
「ひーちゃんのためにも、マジでがんばらねェとな。お誂え向きに玄の宝珠が目の前にきていることだしよ」
 京一は舌で上唇を舐めた。相手が如月――の属する力を司るもの――だと思えば、ここへ来る途中で龍麻にちょっかいを出された分のお返しを存分にしてやれる。
 ついでに、あの能天気なメキシカンの青い宝珠もぶち毀してやろうと密かに決意した。
 迫り来る宝珠を充分にひきつけ、《力》を解放する。
『剣聖 天地無双ッ!!』
 方角をばっちり測っての一撃は、宝珠の表面に罅を入らせた。艶やかに光っていた表面がびきりと音を立てて、白く濁る。
「やったぜ!!如月め。ざまぁ見やがれ!!」
 京一は拳を天高く突き上げた。
「………………蓬莱寺君。君が僕をどういう風に思っているのかよくわかったよ」
 如月が呆れ果てる。
「いいじゃないですか。彼がやる気になっているのなら」
 他人事だからか、壬生がさらりと言った。
「如月さん。村雨さん。二人の力……お借りしますよ」
 龍麻とよく似た無駄のない動きで、他の二人と均等の距離を測る。
「ああ、用意はいいか?村雨」
「へッ。……いつでも来な」
 青い宝珠を中心に据え、如月と村雨は意識を集中させた。
「では……参る!!北の将、黒帝水龍印!!」
「南の将、赤帝火龍符!!」
 あたりに立ちこめる水の《氣》と、相克をなす炎の《氣》が壬生に向かって流れ出す。
「今ひとたび、相克の理を違え、我が忠義のもと、相応となさん!!」
 龍麻と表裏を為す青年によって、二つの《氣》が混じり合い、新たな《力》として生まれ変わる。

『紫龍黎光方陣!!』

 宝珠の内側に薄紫の影が滲みだし、音もなく中核を呑み込んだ。

「あっおいーっ!いっくよぉー!」
 《黄龍》を挟んだ反対側で、快活な少女の声があがる。
「ええ、いつでもいいわよ小蒔」
 白の宝珠に向かって立て続けに矢を放ち、動きが鈍ったところを狙い澄ました。

『楼桜・友花方陣』
 花の香が漂う、二人の方陣技が色鮮やかなる威力を発揮した。

 ひとつ、またひとつと空間を照らしていた灯火が失われていく。
 それは破滅への序章ではない。夜明け前の闇がもっとも色濃くあるように。曉を――新しい明日を迎えるために必要な儀式なのだ。

『落虎牙劈!』
 劉の気合いが、鋭い牙となって獲物をつんざく。弾けるプラズマを避け、穿った穴から青龍刀を突き通した。宝珠のエネルギーが手に伝わり、じんと痺れる。それが劉を感電死させるより早く、白刃を媒介とした《氣》が焔の勢いを鎮めた。足下に落ちた珠の残骸が、破片を散らす。
「はーっ、えらいしんどかったわ。後どのくらい残ってるんや?」
 痙攣が残る膝に手を置き、肩で息をする少年の背を醍醐が叩いた。
「よくがんばったな。これで打ち止めのようだ」
 気を奮い立たせて顔を上げると、いままさしく紗夜が最後のひとつを壊すところだった。
 幽玄でありながら、強い《力》を秘めた旋律が宝珠を粉砕する。
「これで終わったんやろか?《黄龍》は……」
 劉の声に応ずるがごとく。

 瞑暗に清煇(せいき)が拡がった。
 咄嗟に目を細めた者達の耳に、玲瓏とした声が届く。

『――秘拳・黄龍ッ!!』

 圧倒的な《力》が滝のごとく溢れ、波のように拡がりながら龍穴の気配を塗り替えた。
 龍麻の《氣》は、まんべんなく異空間に行き渡り、大気に融解する。

 寄せていた波が引いた後――静まりかえった異界の空には。

 満天の星が出現していた。

2001/09/09 UP
前回同様、戦闘シーンで明けて暮れた回。でも、ひーちゃんは立ってただけでしたけど。
クライマックスまで後少し。辛抱強くお付き合い下さると嬉しいです。

【次号予告(偽)】

京一:「なあ、腹すかねェか?」
弦月:「そうやな。わいもそろそろ限界やで」
壬生:「君達、この状況でよくそんな暢気な会話ができるね」
如月:「心頭滅却すれば、空腹も我慢できるはずだ」
京一:「できるかッ!!俺は、腹が減ると寝てても目が覚めるタイプなんだよ」
村雨:「もうかれこれ一晩は闘ってるしな。健康な高校生としちゃ腹ぐらい空くよなぁ」
壬生:「とはいっても、こんなところに食べ物はないしね」
弦月:「なあ、黄龍って食えるんやろか……」
如月:「……ッ!?君はどこからそんな発想が生まれてくるんだい?」
弦月:「中国では古来より四つ足で食べれないものは机だけと相場がきまってるんや」
村雨:「まあ、珍味中の珍味ではあるだろうな。案外旨いかもしれねぇぜ」
京一:「この際、多少の事には目をつむって……」
壬生:「あれは多少のことなのかい?」
龍麻:「お前達もっと現実的にものを考えろ。調理器具もないのにどうやってアレを捌くつもりなんだよ」
弦月:「わいの青龍刀があれば捌くのは簡単やけど。火が使えないのはつらいかもしれへんな」
会話を耳にした渦王須は怯えている!
刺身か天ぷらか揚げ物か。果たして黄龍の明日はどっちだ!?